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5 ちょっと開示できないかなー

「ねえ、おふたりさん、長話なら明日にしなーい? もう夜もてっぺん超えちゃったしぃ、そろそろ眠たい時間でしょ~」

「いや、僕は全然大丈夫。今まで眠ってたから。誰かさんのせいでね」

「私も平気。昼間からずっと寝てたし。誰かさんのおかげでね」

「へえ……そうなんだー。2人ともぉ? 偶然だねー」

 フェアニスリーリーリッチはカクッと首を下げ、もの言いたげにコツコツコツッと嘴口の上下を開閉させた。


 3月29日火曜日、時刻は深夜2時17分。

 第一病院の一室で、ノア到来から実質3日目の夜が始まった。

 患者であるショーンが寝ているはずの寝台には、謎の女フェアニスリーリーリッチが、背中の翼ごとグルグル巻きにロープで縛りつけられており、紅葉はドアの手前で両腕を組み、頬に赤筋を立てて睨みを利かせている。 

 病室には防音呪文 《イントレラビリス・バロメッツ》が掛かっており、多少騒いでも外部に漏れることはない。

 ショーンは喉をごくんと鳴らし、改めて、ほんの数センチの傍にいる蒼翼族の女の全身を見つめ、自分が知っていることを脳内で整理した。



 フェアニスリーリーリッチについて、現在知っていることは数点。

 ルオーヌ州出身の21歳、蒼鷲族。

 エミリア刑事とラン・ブッシュの、クレイト警察学校時代の友人で、寮も相部屋であったが、フェアニスだけ途中で退学処分になった。

 現在、ノア地区のピザ屋『クロックモルゲン』にて偽名リリー・フェンディの名で働いており、ラン・ブッシュの手を借りて偽造証を作ったそうだ。

 ならず者の友人が数名おり、紅葉をボコボコするようそそのかした。銀のクロスボウを太ももに仕込んでおり、卓越した腕前である。

 限りなく怪しい人物だが、本人は【Faustusの組織】と無関係だと主張している。

 そうそう、サウザス新聞記者アーサーの父、フィリップ・フェルジナンドとも知り合いのようだ。


(数点……では、ないよな……)

 いったん脳内の草原の夜空に、箇条書きを起こしてみたものの、あまりにも情報が多すぎて、どこから手をつければいいのやら。ショーンは肩をすくめ、夜の草原から病室のタイルへと視界を戻した。


「えーと、君に聞きたいことは、たくさんあるんだけど……」

「私の【鋼鉄の大槌】はどこ!?」

 ショーンの疑問を遮り、いの一番にフェアニスに聞いた。

 さっき何度探しても、あのビルの尖塔と尖塔の間には存在しなかった。 (あそこからフェアニスを抱えて降りるのも非常に苦労したのだが、 それはまた後の機会に語ろう)

 組織の件やらラン・ブッシュとの因縁やら、大事な質問を吹っ飛ばしての問いに、ショーンは口出しできずに肩を縮めた。

「あーあれねー。ジャマくっさいトンカチ~」

 フェアニスは面倒そうにコツコツと嘴口を鳴らし、

「はぁ、フィリップおぢいが持ってったわよ。あんなん水道に置いとけるワケないじゃーん。ま、どこに持ってったかは知らないけどぉ」

「そっか、じゃあ……」

「フィリップ・フェルジナンドの本名を知ってるって事だよね⁉︎ 一体どんな関係⁉︎」

 紅葉は両目をかっぴらいて詰問している。

 フェアニスの扱いを身に沁みて(いろんな意味で身に沁みこんで)理解している紅葉に、この場は任せることにした。



「うーんとね。んーどこから話せばいいかなあ...…何しろコミいった話だしぃ」

 フェアニスは寝台に縛られたまま、しばらくコツコツと嘴を鳴らして考えこみ、

「そうだ、そもそもあんた達って、どんだけ事情を知ってるの? それが分かれば話しやすいかもー」

 と逆に質問してきた。

 紅葉とショーンは顔を見合わせ、しばし躊躇ったが、

「ええと、彼の息子で、アーサー・フェルジナンドっていうサウザス新聞の記者がいて……」


 約20年前のクレイト地区にて。

 ジャーナリストをしていた彼の父親が、危険な組織の存在を息子に告げて失踪した。

 時が経ち、サウザス町長の尻尾切断事件が起きた際、アーサーはその情報を紅葉に教えてくれた。

 しかしその翌日、彼は首を切られて死亡した……

 組織の協力者と思われる、元町長秘書エミリオ・コスタンティーノの手によって。


「んー。ご長男のアーサーくんねー、フェアニスも知ってるよー。こないだ殺されたんでしょ、かわいそうに」

 今まで彼女のスタンスが掴めてなかったが、ちゃんと人並みに幸不幸を感じる心はあるようだ。ひとに向けてクロスボウを打ちこんだ人物とは思えない。

「私は……父親のフィリップ氏について顔も名前も知らなかった。地下水道で初めて会ったとき、同じ森狐族で、緑色の目をしてて、顔と風貌が似ているなと思ったから……ピンと来たの。ひょっとして、あんたもアーサーさんと知り合いなの?」

 アーサー・フェルジナンドは、灰耳梟族のマドカ・サイモンと付き合いがあった。

 マドカはルオーヌ州出身で……たしかフェアニスも……ルオーヌ出身……?

「いやー、悪いけど、息子氏のほうは知らなーい。マドゥルカマレインがそばで監視してたんでしょー? あの子に聞きなよ」


 マドゥルカマレイン?


「灰耳梟族の巨乳の女だよーん。酒浸りでー、傍を通るといつもレモンビールの匂いがするから、あんま好きじゃないんだよねぇーん」

「それって……マドカの本名? マドカ・サイモンの?」


 トレモロ現神官長、イシュマシュクル。

 トレモロ元神官長、ボラリスファス。

 そして、フェアニスリーリーリッチ。

 ルオーヌ州の人々は、その多くが苗字と名前が一体化した長い名前を持っている。


「マドゥルカマレイン!? あのマドカにもルオーヌ風の本名があって、ずっと偽名で暮らしてたっていうのか?」

「待って……つまりマドカは、フィリップ・フェルジナンドと前からの知り合いで、失踪後はノア地区に潜伏していることを知ってて、その上で息子のアーサーと関係を持ってたっていうの? 全部アーサーさんに内緒で⁉︎」

(あの、がらんどうのアパートの部屋は何だったんだろう)

(家族が誰も居なくなった一室で、古いぬいぐるみを寂しそうに眺めていたのに……!)

 無常な怒りと悲しみが異常な速度で紅葉の血管を巡り、嘔吐寸前まで爆発しそうになる。

「そうなんじゃなーい、キャハハ! フィリップおぢいとは頻繁に手紙でやり取りしてたから、聞いてみたらあ?」

 フェアニスが頬をゴロゴロさせて、病室のベッドの上を顔と首だけで転げ回った。

 紅葉は、自分でも制却できないくらい憤怒のオーラをまとい、拳を限界まで握り、両肩の皮膚を逆立てた。


「なんで······なんでえええ………………っ!!」

 額の両角が、ドス黒く光を伴っている。

 自分でもこの怒りをどこに向けているのか分からなかった。

 フェアニスに向けているのか、フィリップ爺さんに向けているのか。

 あるいは、マドゥルカマレインへのものへなのか?


「も、紅葉……っ、落ち着け! あくまで僕らが追ってるのはサウザス事件についてだろ。あと大富豪キアーヌシュの関係と、ノア都市と、ええと……」

 ショーンはおろおろと両手をふり、肩を地響きのように震わせる紅葉をなだめることしかできなかった。なにせ、直接フィリップに相対したわけでもなければ、息子アーサーとも過去1度、新聞社で対面しただけで、彼ら親子のくわしい事情を把握しているわけではない。

 それぞれの思惑が蔦のように絡みつき、火曜日の夜に暗雲を立ちこめさせている。

「ふうーん……」

 フェアンスリーリーリッチは、白い顔色を浮かべるショーンと、ドス黒い頬をした紅葉の顔を見定めるようにじっくり値踏みし……。

「えーと、フィリップ氏は【Faustusの組織】を今も追ってて、君とマドカもその仲間、ってことでいいんだよな? フェアニス」


「さーね! やっぱ教えるのやーめた! 今は言う段階じゃないかなー」


 と、全身を縄で巻かれたまま、問いかけを突き放した。

「ハァ、なんで⁉︎ 全部教えるって言ったじゃない——!」

 紅葉が本格的に殴り掛かりそうになるのを、ショーンが非力な両腕であわてて押さえる。


「うーん、あんた達ってさあ、自分たちが正義の味方だと信じていて、自分たちには能力があって、 全ての問題を解決できるって思いこんでるでしょー? アルバ様だもんね、それくらいの自信は持ってないとねー(笑)

 んでも、こっちはこっちで大勢の命や生活や信念ってもんが懸かってるわけ。

 ちょーっと今の様子じゃあ開示できないかなー。

 かえって命の危険を晒すだけでしょ、お互いにねー」

 

 キャッキャッと嘴口をたたくフェアニスから正論の冷水を浴びせられ、紅葉の黒とショーンの白は、同じグレー色の顔に変わった。

「……や、それは、そうかもだけど、」

「ふざけんな! 教えてくれなきゃ縄を解かないよ! このままくたばれ……ッ!」

 紅葉は全身から汗を吹きだし咆哮していたが、フェアニスはどこ吹く風でヘラヘラしている。


「まあまあ、こうしましょ! 大富豪キアーヌシュの死の真相を解いたら、あんた達の能力を認めて教えてあ・げ・る。ついでにランの居場所探しもヨロシクね。そんじゃ、おやすみーぃ!」


 どこまでも生意気な女フェアニスリーリーリッチは、くワーッと欠伸して、縄で全身縛られたままグゥと爆睡してしまった。


挿絵(By みてみん)

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