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【星の魔術大綱】 -本格ケモ耳ミステリー冒険小説-  作者: 宝鈴
第45章【Old geezer】変な爺さん
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5 悪に振りかざす力もまた、

 3月27日銀曜日、そろそろ夕方を意識し始める午後3時54分。

 ようやく移送用の大型警察車輌が、時計塔の前にノロノロと到着した。

「さあ、積み込んでくれ! 早く早く!」

《おい、ラフマニーの死体が出てくるぞおお!》

《うおおおおお!》

《いよいよか! 顔を見せろ!!》

 死の一報からしばらく経ち、葬礼饗宴で一時的に盛り上がっていた群衆も、熱が収束したかに見えたが、遺体の輸送と聞いて、再び異様な興奮状態に燃え上がってしまった。

「ほら早くいけ、早く!」

「いやっ——無理ですって!」

 一度はドアから出た警官たちも、これには再びキアーヌシュの遺体を抱えて時計塔に逆戻りするしかなかった。警察車輌に乗っていた運転手らも命の危機を感じ、全員車を出て、塔内へ逃げこんできた。


「ったく、交通課の連中は何をやってるんだ!」

「もう警官だけじゃ限界だ。都市長に要請するしかない。上にまだいるだろう」

「先輩、地下水道から通ったほうが良くないですか? たしか塔と繋がってるでしょ」

「ダメダメ、あんな狭い穴、遺体をぶつけちまう!」

《うおおおおおおおおおおお!》

 群衆の怨叉の声が、塔のレンガ壁を波状に襲う。

「しかし、まさかこの爺さんがここまで恨まれとるとはなあ? 不思議なもんだ」

「ええ、ノア出身でもないのに、毎年多額の税金を納めてくれてるんでしょう」

「そうだそうだ。こんな質素な暮らしぶりでなあ、誰も住みたくない所だろうに」

 その場にいる警官たちは、大富豪キアーヌシュが恨まれる理由にピンと来ておらず、一様に首をひねった。



『オーレリアン、4区長と6区長に至急連絡をとれ、まだ寝ているはずだ、起こしたまえ』

『いやいや、放銃はいかん、アルビル大尉。とにかく各区間道路に人の波を流すよう命じろ』

『そうだ、特に北へ北へと流してくれ、ワッツ工場長。物で釣っても構わん』

『消防車は各区、出動準備を。水道局員も念のため招集してくれ、放火犯がでる恐れがある』

 都市長ゲアハルトは、一番ホットな現場から、トランシーバー【グリズリー】で関係各所に指示をいれていた。

「ふむ……ここへ来た時より、さらに民衆がライオットするようになるとは。計算外だな」

「ええ。ノア都市民たちが、こんなにお元気だなんて意外でしたわ! いつもこうであればいいのに」

 外の騒ぎは収まるどころか、ますます酷くなっていた。死を悼む雰囲気はすでに消えうせ、花火や爆竹がドンパチあがり、発煙筒の煙がもくもくと漂っている。

 そんな地上の喧噪をよそに、地下は静寂な戦場となっていた。



「アーサー……今月10日の風曜日に死亡した森狐族の新聞記者だな。サウザスの」

 紅葉は、濁青色の地下水道のなか、白い顔を浮かべていた。頬には赤黒く変色した血液が、刷毛で払ったように描かれている。

「クク、なぜノアに住む、しがない水道局員のオレが、そいつの父親だと思った? 昔の家族写真でも見たかい……嬢ちゃん」

 ベルガモットの苦く甘い香りが、ほんの僅かに空気に漂う。

 紅葉は深く息を吸い、あらためて目の前にいる爺さんの姿かたちを凝視した。


『……アーサーさんは誰から聞いたんですか?』

『親父だ。クレイト市でジャーナリストをしていた……今は、消息不明』


 あの日、夕方のオレンジ色の光に照らされて、あの時のアーサーの横顔が浮かび上がる。

 顔も背丈も、雰囲気も似ていた。息子と違うところは、深く刻まれた皺、細く傷んだ髪、そして何もかも諦めたような厭世観……

「そんなこと、わざわざ聞く必要あります? 自分でよく分かってるでしょ。私は父親も母親も居ないけど……それでも分かるもの」

 紅葉の知ってる一番身近な親子——

 ショーン・ターナーと、その父スティーブン・ターナーは、外見上はあまり似ていない。2人が実の親子だと、初見で見たら分からないだろう。それでも細かい癖や、短気な性格、怒り方は、親子としての繋がりを端々に感じられた。


「御託はもういい。あなたがどうやってここで偽名で暮らしてるのか、クレイトで消えた後、どうしてノアにやってきたのか、大富豪キアーヌシュについて何を知っているのか……全部教えて」

「ふふふ……欲張りだな、お嬢ちゃん。なぜそんなことを教える義務がある。金でも払ってくれるのかい?」

 ジョバンニ・ベネディットはシニカルに笑っていたが、ベルガモットの葉巻を持つ手は、わずかに震えていた。

「金はない。暴力で吐かせる」

 物語のヒロインにあるまじき発言を、紅葉は平然と放言し、【鋼鉄の大槌】を突きつけた。


「ふハハハハハ! なるほど!【Fausts(ファウストス)】を追う人間は、彼らと同じくらい暴力的なようだ!!」


 爺さんは突然、あっハハッハと、タガが外れたように笑いだした。【Fausts】の言葉を聞いて、紅葉は唇を強く噛む。

「ははは……確かにそれぐらいでないと追えないだろうなあ、悪に打ち勝つには、やはり暴力……! 暴力的な強さがなくっちゃああ!」

 紅葉はうろたえたり、揶揄したりすることなく、まっすぐジョバンニ・ベネディット——いや、アーサーの実父、フィリップ・フェルジナンドを見つめていた。


『聞きましたよ。なんと愚かな……持たざる者が追いかけていい代物ではありません』

 これはサウザス町長オーガスタス・リッチモンドが、新聞記者アーサーの訃報を聞いて、ショーンにかけた言葉だ。

(そうだよ。しょうがないよ。悪を倒すには、強い力を使うしかない…!)

 紅葉は、心に決めた信念を、再び胸のうちに呟き、罪悪感を打ち潰すように、自分の拳に沁みこませた。

 悪が善に振りかざす力は、暴力だが、

 善が悪に振りかざす力もまた、暴力なのだ。

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