表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【星の魔術大綱】 -本格ケモ耳ミステリー冒険小説-  作者: 宝鈴
第45章【Old geezer】変な爺さん
277/339

2 おじいさんの詰め合わせ

「よう、空から落ちてきたのかい、お嬢ちゃん」

「あ……はい。あ、あのう、お名前は……?」 

「フッ、なぜ水道局員の名前なぞ聞く? ジョバンニだ。ジョバンニ・ベネディット」

 あの人によく似た森狐族の爺さんは、帽子をとって名乗ってくれた。

(フェルジナンドさんじゃない……だよね、当たり前か)

 同じ民族なのだから、そりゃ似ているはずだ。雰囲気と顔も……

「ベゴ爺さん、時計塔に行くつもりかい、ナカに入るなよ。容疑者扱いされるぞ」

「わーーっちょるって! 上の穴に向かって、ちょいとムニャムニャするだけだっちゃ」

「警察は、この地下水道の存在をご存じなんでしょうか? もうパイプの下にも降りてるんじゃ……」

 紅葉が何気なく発した言葉だったが……


「嬢ちゃん、あんた、詮索好きかい——普通の娘じゃねえな」

 水道局員、ジョバンニ爺さんのエメラルドの瞳が鋭く光った。

 そもそも巨大な鋼鉄トンカチを持ち歩いてる女が、まともなわけがない。

「今すぐ家に帰って、メシでも作んな。……長生きできねえぞ」

「——————!」

 突然殴られたような衝撃に、紅葉は全身の毛と髪を逆立て、【鋼鉄の大槌】を握り直した。いったいなんだ、この爺さんは?

「なんじゃい、なんじゃい、喧嘩はやめい! 神聖な水道内で、殺傷沙汰なんて許さないぞい!」

 小さなベゴ爺さんは、短い腕をきゅっと真横に伸ばし、諍いを封じた。

「怒りと苛立ちは水に流すっちゃ。いほら・さしゅよ、見守りくだされ! ホレ、三人でいのるっ」

 彼は作業着の下から、【水の神 イホラ】のネックレス像を取りだし、ムニャムニャムニャ……とお祈りし始め、渋々、ジョバンニ爺さんと紅葉も従った。

(この人、ジョバンニさん……きっと絶対なにかあるはずだ!)

 しかし紅葉は闘志を失うことなく、心密かにサウザス第一信奉伸【火の神 ルーマ・リー・クレア】へ、爺さんの正体を暴くことを誓っていた。





「よっと、そいじゃ、ま、整備の前に【時の神 リビチス】に祈りましょうか……っと」

「ノンノーン、お待ちなさい、そこのアナタ! 州身分証と職員証をお見せなさい!」

 ビネージュ警部が、ツカツカと下へ降りてきて、謎の時計技師の爺さんに命令した。

 爺さんは分厚いゴーグルを目につけ、飛行士のようなキャップを被っており、遠目から何民族かは分からなかったが、肩まで届く長いチョコレート色の尻尾だけは確認できた。

「ダンデ・ライトボルト、歳は70……確かに時計塔の整備士の一人ね、……フゥーン、いいでしょう、ノア都市民の時を狂わせる訳にはいかないわ! ガウル警官、見張ってなさい」

 盗っ人警官はガウルという名前のようだ。ショーンたちの監視から外れ、代わりに下層階にいた警官が、交代で見張りについた。

「えーと、どうも……」

「…………」

 新しい青羆熊族の警官は、図体はでかいものの仕事熱心なタイプではないようで、ショーンらが小声でお喋りし始めていても、特に注意せずぼーっとしていた。


「キューカンバーさん……あの時計技師の方って、どのくらいの頻度で出入りしてるんですか?」

「あっら、気になるう♡? 2日に1回はいらっしゃるわよー。月に1度、清掃員も入るわね♡」

「じゃあ、もちろん外の警備員も名前を覚えてて、顔パス……ですよね?」

「当たり前じゃなーい♡ でも毎回、身分証はちゃんと全員チェックするわよ、身分証が無くても通れるのは、アタシだけのト・ッ・ケ・ン……♡」

 大富豪秘書は恍惚そうに体を揺らし、空気中にピンクのハートをまき散らしていたが、青羆熊族の警官は特に気にせず、ぼーっとしていた。

「キアーヌシュ氏は、彼らが来る間、何を……?」

「そうねえ、いつもはお部屋に引きこもってるんだけどぉ、たまーに降りてきて挨拶することもあるわよー♡ あのダンデさんとはお年も近いし、わりと喋ってたわね♡」

「えっ、大富豪は人嫌いと聞いてましたが、彼らと会話はしていたんですね!?」

「んもぅ、やーだ、ご主人はおカネ目当てのヒトタチに疲れちゃっただーけ♡ 時計塔の整備士サンは、みーんなおカネより時計を愛する変人サン達なのよォ、当然でしょ~?」

「…………そうです…か」

(関係者なら出入りできる……前のトレモロ図書館の地下室みたいに、業者なら定期的に出入りできるんだ。今回もやっぱりそうなのか?)

 ショーンは少し肩を落としたが、

(いや、さすがに設計図の盗難と違って、人がひとり死んでいるんだぞ。しかも大富豪……犯人が業者だったらすぐにバレるじゃないか……安易に決めつけちゃダメだ)

 すぐに考えを改め、背筋を張りなおした瞬間、


「ショーンさん、何を捜査してるんです? 探偵よろしく、犯人を見つける気ですか」


 思いがけず、左に座るロビー・マームから声をかけられた。

「え!……うん、そうだけど。自殺にしては不自然な状況だし……」

 ロビーの声掛けに、なぜか心臓がドクンと唸った。悪いことを咎められている悪戯っ子の気分だ。

「これは役人としての予想ですけど、探ろうとすればするほど、ノア警察はコチラを疑い、警戒してきますよ」

「……そうかもね」

 それはじゅうぶん予想できることだ。第一発見者になったのは、運が良かったのか、悪かったのか……。

「ショーンさんが、大富豪キアーヌシュに会おうとしていた理由は『サウザス事件との関係が濃厚だったので、直接彼に話を聞くため』……でしたっけ?」

「そうだよ」

 ショーンが眉間に皺をよせ、青い顔色をする一方で、ロビーは相変わらず能天気に髪をくるくるカールさせて、マイペースな表情を浮かべていた。

「じゃあ、もうここに長居する意味はないですね。帰りましょう」

「は!? ダメだよ、ちゃんと捜査しなきゃ……!」

 思わず、時計塔内で大声を出してしまったが、青羆熊族の警官は反応せず、ぬぼーっと突っ立っていた。


「ええ、ですから、我々の方針はこうです。

 サウザス事件との関係が途切れたなら、サウザスにいったん帰って、他の線をあたらなければならない。ですが、人ひとり亡くなった重大な事件ですし、ノア警察の捜査には全面的に協力しましょう。

 彼の死を悼み、祈りましょう。余計な詮索は無しです」


 ロビー・マームは、社長に言い聞かせる秘書のように、ゆっくりと上方を向いて呟いた。気まぐれで傲慢、暴力的なサウザス町長の下で、キズひとつなく生き抜いている彼の、処世術を垣間見れた気がする。

(そうか、あくまで大事なのはサウザス事件の解決だ……大富豪の死は、ギャリバーの会社関係や、ノア都市の政治情勢がらみの可能性も高い。自由に捜査ができない以上、警察には、自分たちが無関係ということを強調し、すみやかに去ることを目標にしないと、拘束時間が増えるだけだ!)

 だが——それでいいのか。

 ショーンは唇を強く噛み、己の良心と好奇心、そして罪悪感との天秤に悩んだ。

 そもそも【Fsの組織】が関係している以上、無関係を装って「ハイさよなら」なんてできる訳がない。

「くそおおお、僕はどうしたらいいんだ、こんな時、紅葉がいてくれたら……! もみじーーーっ、紅葉ぃいいいいいいいい!」

 ヤケクソになって紅葉の名前を叫んだら、ついに青羆熊族の警官は振り返った。女の名前を情けなく叫ぶアルバ様を、まん丸のつぶらな瞳で見つめていた。





「ここが時計塔の真下ですか……」

 紅葉とベゴ爺さん、ついでにジョバンニ爺さんもついてきて、ノア都市の地下水道、時計塔直下にやってきた。

 地上では、時計塔を中心に、区間道路が放射線状に伸びている場所だったが、地下も同様に、パイプが十数本も交差する、地下水道の主要交錯地点となっていた。

 壁には点検用パネルやボード、予備の部品や工具に、水道局員の休憩用ベンチなどなど……詰め所のような空間まで存在している。

 そして『時計塔』との出入り口——天井にぽっかり空いたマンホールは、明かりもなく、光る印もなく、真っ暗で見えない黒点となっており、上へ吸い込まれたら最後、モルグの神の世界へと到着してしまいそうだった。

「ここを上っていくと、塔の内部に入れちゃうってことですよね、マンホールのフタには鍵が掛かってるんですか?」

 己の忠告むなしく、探偵よろしく詮索してくる紅葉に対し、

「……フゥ、仕事熱心なこったな」

 ジョバンニ爺さんは肩をすくめ、謎の小娘の捜査ごっこに付き合うことにした。


挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ