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【星の魔術大綱】 -本格ケモ耳ミステリー冒険小説-  作者: 宝鈴
第45章【Old geezer】変な爺さん
276/339

1 本日はギャリバー免許の試験でございますわ!

【Old geezer】変な爺さん


[意味]

・老人、男性、男性の老人

・(偏屈な、ほら吹きの、変な服を着ている)風変わりな爺さん

・(親しみやすいが道義的に疑わしい)爺さん


[補足]

古フランス語「guise (ファッション、方法、思うままに)」に由来する。ロンドンの労働者階級の言葉であるコックニー語で「guiser (仮装者、変わった衣装を身に着けている大道芸人)」を示す言葉から、変わり者の爺さんのことを「geezer」と呼ぶようになった。親戚に1人はいるものだ。




『皆さま、本日はギャリバー免許の取得試験にお集まりいただき、光栄でございます!』

 湖牛(こうし)族の女性講師が、おほほほと微笑み、教室内を見回した。

 ふくよかな顔立ちに丸眼鏡、お堅い紺色ジャケット服の下には、ピッチリとした牛革のライダースーツを着こみ、肉付きのいい下半身がミチっとはみ出している。

 彼女は指示棒をピュピュっとしならせ、黒板をピシピシ叩いた。


(大人、おとな、大人ばっかり……私、一発で受かるかな)

 紅葉はきょろきょろと周りを見回し、つい不安になって胸を押さえた。

 ここはサウザス役場の一室だ。2カ月に1度開かれるギャリバーの免許試験のために、学校で目にすることのないような、様々な職種と年齢の受験生たちが集まっていた。

『まずは試験の前に、我が社の成り立ち——そして【三輪式軽自動車ギャリバー】の発明についてお伝えいたしますわ。ああ、失礼。もう何十回も聞いてらっしゃる方がこの場にいるのも存じてますわよ。ご心配なさらず。わたくし何千回とおんなじ話を語っておりますけども、何べんしゃべっても興奮し、毎回感動の涙を流しますわッ!』

 このとき、まだ純粋だった年頃の紅葉は、胸を弾ませて講師のおはなしに耳を傾けた。



『さあ、まずはこの写真をご覧になって。

 栄光あるソフラバー兄弟の叙事詩。

 時は皇歴4523年、今から40年以上前のこと!』

 黒板には、大きく引き伸ばされたガリ版刷りの写真が張りつけられている。

『ささ、この3名がご存じ、偉大なる発明家、

 長男カーヴィン、次男カヤン、三男カディールね。

 兄弟の中央にある鋼鉄の塊が、ギャリバーの原型……

 まだエンジンすら出来てなかった時代のものよ。

 このときは『ギャリバー』という名前すら付いてなかったの。

 カメラマンはお向かいに住むキアーヌシュ・ラフマニー。

 彼らはこれから数年後、大いなる試練に立ち向かうのです!』



『よくやった、カディール!!』

『凄いぞぉ、カディール、モヴァファギット川の激流を下りきるなんて、すごい偉業だ!』

『はぁ、はぁ……僕は機動力があるからね……! こんなの……カンタン、楽勝…さ』

 皇歴4530年、夏が終わる手前の8月末日。

 三男カディール・ソフラバーは、シュタット州の北東から南西にかけてのモヴァファギット川沿いを、〇〇〇〇〇で横断することに成功した。

 舗装路などない、明かりもない、馬車すら通れないような細い山道や急な滝道をえんえんと約100キロ、20時間かけて踏破してみせた。

 到着地である、シュタット州の都シュレーンの郊外にて、次男カヤンと隣人キアーヌシュが大歓待で出迎え、ねぎらい、ケガの手当と栄養補給をする横で……


『いかがですか、頭取』

『うーーーん、遅いなあ!』


 ひとの努力を否定することに長けた銀行幹部たちが、次々と文句をいってのけた。

『ええ、20時間ならば、脚効きの郵便夫とさほど代わりありませんよねえ』

『それに車体もボロボロじゃないか。もっと頑丈にせにゃあかんだろう、1日で壊れちまう』

『腕も骨折してますでしょう? 軽さが魅力のようですが、負傷者を続出させるようじゃあ、保証も保険も持ちませんよ』

『ま、馬車に代わる発明品を作るぞ! という意気込みは感じられるがね。だが、今のままでは……』

『延期だ、延期、1年猶予をあげるから作り直しなさい!』

 時刻は深夜2時。

 テント下で待機していた銀行幹部たちは、ゾロゾロと帰宅していき……一人残っていた新聞記者も、泥だらけで横たわるカディールをパシャッと一枚撮って、去っていった。



『うわああああっ、うぁあああああああああん!』

 カディールはその場で大号泣し、骨折した腕をなんども地面に打ちつけた。

『カディール、ムリしちゃだめだ、怪我が……!』

『こんなに頑張ったのに、がんばったのにいいいい』

『だ、大丈夫さ。本当にダメなら打ち切られている。期待されてるってことだよ……』

『だって、だって、あいつら1年延期した分のお金は出してくれないじゃないか!! どんだけ損すると思ってるんだよ゛お゛お゛おお!』

 キアーヌシュは慌てて慰めたものの、カディールの問いに答えることができずに詰まった。

 次男カヤンは、フゥーと深いため息をつき、

『作り直そう……大丈夫、売れれば、貧乏生活とはおさらばできる……』

『もうやだ! 最初から頑丈なヤツなんて作んなきゃいいんだ、そうだ、買い物用を作ろうよ、オバサンが近所に買い物するのに使うようなやつ! それなら歯車だって良い物にする必要ないし、製造延期だってしなくて済む! わぁ~、僕ってばなんて良いアイディアなんだろう、そっち方面でいこう、兄さん!』

 三男カディールは、血だらけと汗まみれの顔で笑顔をつくって叫んだ。白い歯だけが、暗い夜空にニヤリと浮かぶ。

 隣人キアーヌシュはとまどいながらも、感心した。確かにそのアイディアは、全ての悩みを解決する方法に思えたが……


『だめだ……。一番だいじな初代機なんだ。最初から本格的なものを作らなきゃだめだ。買い物用を出すわけにはいかない、そういうのは売れたあと、3代目に出すくらいでいい……』


 次男カヤンは、静かに首を振った。

『——ッんでだよ! 売れるまでにこぎつけなきゃ意味ないじゃないか!』

『いいか…、最初にオバサン用だと思われたら……カッコつけたい若者や金持ちに売れなくなる。……とにかく駄目だ』

『んもおおおおおぉおおおっっ!』

 納得するしかない根拠を言われ、返す言葉も出なかった。〇〇〇〇〇の下敷きになりながら、三男カディールは吠え、容体はますます悪化していた。

 キアーヌシュはどうすることもできず、ただ見守るだけとなり、次男カヤンは設計図を書き直すべく、背中を向けて帰っていった……。





『おお、何という試練でしょう、可哀そうな末弟カディール……! しかし、ここで初代ギャリバーの方向性が固まったのです。目指すものは本格派、山も川も超えて見せるような、頑丈でカッコいいギャリバーでしたの!』

 紅葉は思わず興奮し、パチパチと小さく拍手した。

『それからというもの、次男カヤンはますます開発に没頭し、三男カディールは資金繰りに奔走……さて一方、長男のカーヴィンは?』

 湖牛族の講師の熱弁は、そのから2時間タップリ続いた。

 周りの大人たちがウンザリしながら耳を閉じ、この後にある試験勉強にいそしむ中、紅葉だけが瞳をときめかせ、三輪式軽自動車ギャリバーの発明秘話に聞き入っていた。

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