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【星の魔術大綱】 -本格ケモ耳ミステリー冒険小説-  作者: 宝鈴
第44章【photograph】写真(ノアの大富豪の怪異 ②大富豪と陰謀編)
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5 君は『時計塔』を知るだろう

 ここで、ショーンが撮影した死亡現場の様子と合わせて、あらためて『時計塔』の構造を説明しよう。


 ノアのシンボルである『時計塔』は、全部で3層に分かれている。


 時計塔の1層

 ここは通常の1階から4階ほどの高さにあたる。

 内部は高い吹き抜けとなっており、上方は螺旋階段以外なにもない。

 そのため部屋として使えるのは1階だけだ。事務的な家具やキャビネット、食料置き場に冷蔵庫など、物置として機能している。

 1階の床には地下室に繋がるハッチもあり、地下には電気や水道などの制御室、シャワー室とトイレがある。

 塔の壁に沿ってつくられた巨大な螺旋階段の壁には、塔の設計図や機構図、昔の風景画などが額縁で飾られている。



 時計塔の2層

 ここは5階から9階ほどの高さにあたる。

 時計塔の心臓部であり、最も重要な層だ。

 上方の壁には、東西南北に大時計盤が4面、設置されている。

 4つの時計盤は、部屋の中央にある心臓機構と歯車で繋がっており、すべての面が狂うことなく、同時刻を指し示している。

 中央の心臓機構は、歯車が複雑に組み合わさって作られ、電気や瓦斯のような燃料なしに動いており、その特殊な設計は外部に公表されていない。

 心臓機構からは鋼鉄の細糸も垂れていて、下方の床スレスレに真円球が吊り下がり、一定間隔で揺れている。

 ここの螺旋階段は、時計整備用の階段や廊下も伸びているため、1層と比べて多少つくりが複雑だ。階段の壁には、歴代の『守り人』の肖像画や版画が掛けられている。



 時計塔の3層

 ここは10階から12階ほどの高さにあたる。

 3層は、1層2層よりも床面積がひと回り小さい。けれど、螺旋階段も普通階段もないため、思ったより広く見える。

 中はもちろん吹き抜けで、最上部は塔の先端になっており、円錐状にすぼんでいる。

 ここが『守り人』が住む場所だ。

 住み心地は——ハッキリ言ってよろしくない。電気も水道も通っておらず、緊急用の尿瓶が用意されている。

 ストーブはあるので、煮炊きはできる。ただし煙突はないので、使うときは窓を開けておく必要がある。

 床は、オーク材が交互に敷かれており、その上に紫の丸い絨毯が乗っかっている。

 紫の絨毯は床の半分ほどを覆っており、そこそこ大きい。部屋の中心に存在し、絨毯の上には、ベッドやテーブル、ランプ、ストーブなど、大事な生活用品がぎゅっとまとまって置かれている。

 壁は8つの窓に、2つのクローゼット、南側にあるドア以外は、壁づけの本棚がずらっとそびえ立っている。本棚は約2階分の高さがあり、棚ごとに梯子も付いている。梯子は棚に直付けされてため、解体しないと取り外せない。

 そして天井。天井からは何もぶら下がっていない。明かりも、シャンデリアももちろんない。唯一、手すりのようなの鉄棒の飾りが、塔の先端と胴体の境目に、円周に沿ってくっついている。

 塔の尖塔である円錐の壁には、大きな丸窓が4面、鉄棒の少し上に取り付けられているが、下から自動で開けるような機構はないため、長ーい梯子でもかけないと開閉することは不可能だろう。



 時計塔の内壁は、外壁と同じ、卵殻色のレンガがみっしり積まれている。窓は多いので昼間は明るい。ただし1層と2層の窓が開かれることはほとんどない。

 吹き抜けが高いぶん、床は非常に分厚くなっている。普通の家の床が、板チョコレートのような薄さだとしたら、ここの床は高級なハンバーガーのようだ。床にはオーク材が敷かれており、螺旋階段もオーク材でできている。

 塔の出入り口は南にある、警備員が左右を守る正面ドアのみ。

 窓からの出入りは——可能。ただし監視の目をかいくぐればの話。


 塔の周囲は、のどかな植木とベンチ。そして物々しい警備員が少々。

 大きな円形道路が、塔のまわりをぐるっと囲んでおり、ペティフォーケ1区からトリンケェーテ7区までの区間道路6本と、枝分かれしている。

 塔の周りのビルからは、株式会社キンバリーに雇われたヒットマンが、大富豪キアーヌシュを常に守っている、というのが都市長の息子ジークハルトの談だ。

 以上が、ノアのシンボル『時計塔』の紹介となる。


挿絵(By みてみん)


「ふぅー……」

 ショーンは改めて、【真鍮眼鏡】から現場の様子を見直した。


(キアーヌシュは、首を吊られた状態で死んでいた。

 自殺だとしたら……かなり不自然だ)


 もし自殺だとしたら、およそ3階の高さから、自力で縄をかけていることになる。だが周りにはそこまで到達する梯子も棒もないし、縄を重石でひっぱっている感じでもない。

 腰猿族は背が低く、腕が長く、木登りが得意な民族だ。けれど壁の本棚からは腕を伸ばしても2m以上は離れている。

 縄の長さは1.3メートルほどで、よくある麻のロープだ。鉄棒から垂れてる以外に、余計な縄も見当たらない。

(この鉄棒みたいな飾りは一体なんなんだろう。単なる装飾か、建物の補強か……窓掃除につかう足場かな? 足場だとしたらちょっと物足りない気もするけど)

 用途は謎だったが、キアーヌシュの体がぶら下がれるくらいには、強度があるということだ。

 鉄棒の上の丸窓は、固く閉じられている。採光用の窓と思われるけど、画面を拡大してハッチの存在は確認できた。

(天井の窓は開けられる……。犯人はここから出入りした可能性がある)



 今度は、下に目線を向けることにした。

 床の中心には直径3メートルほどの大きさの、紫の絨毯が敷かれている。

 絨毯の北西にベッド、北東に書斎デスク、南東にストーブと食事用の丸テーブルが乗っている。

(ストーブの状態は……消えてる。テーブルには食事の跡……大鍋と小鍋が積んである。でも直前まで食べてたって感じじゃないよな)

 部屋の中央には、乱雑なスリッパ。脱ぎたてのようだ。ベッドの上も、ぐちゃぐちゃな毛布が適当に乗っかっていて、美しくベッドメイクした感じではない。

(脱ぎたてのスリッパ……なにか関係あるかな)

 心理学者なら分かったかもしれない。


 画面を周りに移そう。

 まずは本棚だ。2メートル以上ある本棚は全部で6架。

 中身は辞書、図鑑、伝記、名作小説に歴史小説、各種専門書。もちろんギャリバー名鑑もある。70代の老人が揃えてそうな本のセレクトだった。

 目を凝らしてタイトルを探したものの、魔術書のたぐいは無さそうだ。もちろん【星の魔術大綱】も見つからない。

 壁には本棚のほかに、全部で8面の窓があるが、すべてカーテンは閉め切られている。この窓は常に閉め切ってるのか、あるいは……

(昨日の夜に閉めて以降、昼になってから開けてない、ってことか?)


「キューカンバーさん。あの部屋って、昼間カーテンは開けてますか」

「んんっ♡」

「なんだ? ムダな会話をするな!」

「んもう、しょうがないじゃない。この部屋ちょっと暑いのよぉ♡ 窓を開けてくださらなぁい?」

「窓だぁ!? ダメに決まっとるだろう!」

「いいじゃなーい。たまーに開けるくらい、ご主人だってやってたわ♡」

(たまに開ける……か。あんまり参考にならないや)

 せっかく手がかりをつかんだと思ったのだが。



 天井付近と、床まわりはひと通り確認し終わった。

「………はーっ」

 ショーンはいったん目を閉じ、【真鍮眼鏡】をとって、目頭を押さえた。

 ひどく消耗していた。もう1度眼鏡をかける気力もなかった。

 アルバになって以降、【真鍮眼鏡】が重いと感じたことは数あれど、これほど眼球の疲労を感じたのは初めてだった。

 ——でも、これで終わっちゃだめだ。

 ショーンは、息をつまらせながらも、今まで見ないようにしていた、キアーヌシュの状態を凝視することにした。

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