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【星の魔術大綱】 -本格ケモ耳ミステリー冒険小説-  作者: 宝鈴
第44章【photograph】写真(ノアの大富豪の怪異 ②大富豪と陰謀編)
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4 真鍮眼鏡の隠れた機能

『ふふふ、ふふっ』

 母が、妙にニヤつきながら、ベッドに横たわっていた。

 いつも寝そべる時は外している【真鍮眼鏡】を掛けたままだ。レンズが謎にキラキラ光っている。

『何、思い出し笑いしてんの?』

 ショーンは訝しげな表情を浮かべつつ、母親の横で川の字になった。

『昨日、移動映画を見たでしょう。花火主演の『帝都の花びら』。見返してるの、ふふっ、相手役のディータボルゲが格好いいのよー』

『えっ、そんなことできんの? 見せて、みせて!』

 ショーンは、母シャーリーの【真鍮眼鏡】のレンズを覗かせてもらったが……映画なぞ映っておらず、下宿の天井だけが見えていた。


『なんだよ、ちぇっ、なんもないじゃん!』

『これはね、眼鏡の持ち主にしか見れないの』

 シャーリーは我が子に見せた真鍮眼鏡を、自分の顔にカチャッと掛け直した。彼女の小さな顔と比べて、ひと回り大きな丸眼鏡だ。

『カメラは知ってるでしょう。あれと同じことができるの。真鍮眼鏡でも写真が撮れちゃう。実際の写真と違って、これはマナが消えちゃう速さと同じ、数日間しか見れないけどね』

 シャーリーは子供の左手を握り、淡い星のランプの下で、そっと指を絡めて遊んだ。

『へえ、知らなかった。アルバになったらすぐ試そー!』

 幼い息子は足をバタバタさせて、星の瞬きと同じくらい、自分の大きな瞳を煌めかせた。


真鍮眼鏡(アイヴィー・ヴァイン)

 それは魔術を志す者にとって、憧れのアイテムであり、謎に満ちたアーティファクトでもあった。

 魔術師の教科書である【星の魔術大綱】にも、あまり説明は載っておらず、詳しい使用法は本物の【真鍮眼鏡】を入手するとき——つまり、アルバの試験に合格したときに、初めて知ることとなる。

 勉強中の身で使用法を知るには、現役のアルバに質問するしかない。が、悪用乱用を防ぐためか、あまり深くは教えない慣習となっている。


『どうだろう。合格してすぐできるかな? けっこうマナを消費するから、一人前になったらねー……』

 ゆらゆらと、ショーンとシャーリーの指が舟を漕ぎ……親子は星海に漂いながら、いつの間にか眠ってしまった。



(……まさか、この僕が何十枚も撮れるようになるとはね)

 【真鍮眼鏡】の写真透写は、ただレンズを望遠拡大させるだけとは違い、レンズに映る画面すべてをマナに吸着させて記憶させ、固定化させる必要がある。

 ショーンがアルバに合格した時のマナ量では、1枚撮るのがやっとだっただろう。結局、面倒で試すことすらしていなかった。

(はー、さすがに消費しすぎたな……この先、大呪文を使う場面が来ないといいけど)

 はたから見れば、高速で眼球を動かしている不審者となってしまうため、ショーンはできるだけ身をかがめ、椅子で寝るふりをしながら、撮影画を見直していた。

(スーアルバくらいになれば、映像なんかも記録することができるかな。音声も、匂いとかもさ……)

 たび重なる《マナの集中》に疲れ、ときおり雑念を挟みながらも、大富豪キアーヌシュの死亡現場を、不審な点がないか洗い直した。





「くうううぅうーーーのおおおお!」

 紅葉は虚黒内で落下しながらも、腕をもがいて壁をひっかき、梯子位置の見当をつけた。

「んがッ!……が………がッ!!」

 ドダ、ダ、ダッ! と金属と肉片が交わる鈍痛音を立て、指の大半を打撲させながらも、梯子を掴むべく右両指を曲げた。

「……はっ、こんなっ、ところで…、死んでたまるかあぁーーーっ」

 鉄の梯子に指がかかった。

 梯子一段だけに、すべての落下衝撃がかかってしまう寸前——

 両足をグッと伸ばして、マンホール壁の途中でふんばり、

 衝撃荷重を低減した。

 無事、落下寸前で止まることに成功し……

「いよっ……と」

 なんとかボロボロになりながらも、地下水道の整備パイプ内に降り立った。

「はあ…ふう、よし……無事だね。【鋼鉄の大槌】が傷つかなくてよかった」

 落下中、【大槌】を斜めにして壁穴に引っかけることも考えたが……自分の指の打撲と引き換えにしてでも、却下した。こんな何でもないところで壊したら、制作者である、天才鍛冶師オスカー・マルクルンドに申し訳が立たない。

「この子にも、何か名前をつけてあげようかな? いつまでも【鋼鉄の大槌】じゃ、ちょっとかわいそうだもんね……」

「——うおおーおい、アンタぁあああ、何しちょる!?」

 地下水道の奥から、カン高い老人の声が聞こえてきた。



 紅葉が落ちてしまった、ノア都市の地下水道。

 配水管に下水管、雨水管といった太いパイプが通っており、そこから細いパイプが何本も枝分かれして、各家庭に水を供給している。

 ココココココ、と絶えず流水音と機械音を立てており、あまり臭いは(下水管でさえ!)しなかったが、ツンとする湿った土と錆、セメントと水の匂いは、絶えず辺りから漂っていた。


「まーったく、勝手に降りてきちゃダメじゃろうが!」

 水道局のツナギを着た、森狐族の小柄な爺さんが、スパナと尻尾をフリフリさせて、紅葉に駆けより注意してきた。

「えっと、すみません、自分の意志で降りたんじゃなくて、落ちちゃったんです」

 紅葉はあわてて事情を話したが、

「落ちちゃったあ? 道路じゃないとこを勝手に歩いちゃダメだろうが! 他人の土地を勝手に歩くやつがあるか、ううん!?」

 さらに怒られてしまった。

「……すみません。」

 自分が田舎者でこれほど恥ずかしかったことはない。

「んんん? アンタよく見ると血まみれじゃねえか! 殴られたみてえだな、歩けんのかい? 病院へ行ったほうがええぞ!」

「歩けます……病院ってどこですか?」

「知らんのかい。コントラフォーケ2区の北にあるじゃろ、警察署の隣だで。アンタぁ、もしや別んのトコの出身かい?」

「はい、サウザス地区です」

「おおーん! サウザスか! ムチャなことやる奴が多いっぺな!」

 ガッハッハと、森狐族の爺さんが銀歯を見せながら笑い飛ばすのを見て……

 紅葉はふと、エメラルド色の瞳をした新聞記者を思い出した。



「ま、このままパイプんなかとーって連れてっちゃるか、そっちのほうが早くつくじゃろ。歩けっかい?」

「あ、ありがとうございます!」

 怒られてどうなることかと思ったが……ひとまずはホッとした。数週間前のクレイト地区で、白銀三路の下の秘密通路を、ショーンと歩いたのを思い出す。

「今日の仕事は終わちったのよ、これから一杯引っかけっから、ちょうどええわ。2区の奥にやっすい酒場があってな、行きつけなんじゃわ」

「ノア都市ってどこもお高いですよね。安いお店もちゃんとあるんだ」

「ま、大声じゃ言えねんだけど、モグリのあれでな。“すぴーく・いーじー(密造酒酒場)” ってやつよ。お前さんにはちっと場所は教えられんな」

「えっ、は、はい。ナイショですね」

「そ! そーだお前さん、サウザス出身なら三輪式けーじどー(軽自動)車の、ギャリバーちゅうもん、みんな乗っとるじゃろ?」

「は、はい、よく乗ってました」

「ほう、やっぱり! 4区の外れにギャリバー屋があるんだけども、州法スレスレの改造もじゅーる(部品)が売っちょるから、見てくとええぞお!」

 親切な水道局員の爺さんは、ベゴ・ブルカと名のり、紅葉に “楽しい都市案内” をしてくれた。ベゴ爺さんの、癖毛だらけのキツネの尻尾が、ゆらゆらフラフラ揺れるのを見るたび、紅葉の体の痛みと疲れが少しずつ取れていく。

「——にしても、さっきから地上がワサワサうっせーなあ。急にお祝い事でも起きたんかい」

「いえ。たった今、大富豪のキアーヌシュ・ラフマニーが亡くなったんです。……ご存じですか」

「なにぃ? あいつがぁ? あーまー、そうか、死んだかあ。わいより年上だべなあ、ううん」

 威勢よく歩いていた水道屋のベゴ爺さんは、それを聞いて、少しキツネの尻尾をふぁさっと落とした。



 湿った水道内をぺちょぺちょと、ノアの北北東からノアの南南西へ向かって2人は歩く。

「まあ、あんなに金もっちょるのに、わざわざ1人でさむーい塔に住むなんてよう、しゃあねえよな、うーむ。ちと寄ってってデんズの神にお祈りすっか」

「寄るって……このパイプって、『時計塔』にも繋がってるんですか?」

「おん、そりゃもちろん直接いけっぺ。塔はノア都市の心臓部じゃし、とうぜんよ。わいの同胞がしょっちゅう調整しちょる。なんせ古くて壊れやすいからのう」

「——本当ですか!?」

 紅葉の血流が一気に上昇し、蒼白い頬を赤く染めた。

「行きましょう、ぜひ行きましょう!」

「んあ? アンタ、病院にいかんでいいんかい」

「いいんです、唾つけとけば治ります!」

(すごい、これでキアーヌシュのことが一気に分かるかも……!)

 紅葉は生まれて初めて、穴に落ちたことを感謝した。


挿絵(By みてみん)

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