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【星の魔術大綱】 -本格ケモ耳ミステリー冒険小説-  作者: 宝鈴
第44章【photograph】写真(ノアの大富豪の怪異 ②大富豪と陰謀編)
272/339

3 こんなんじゃ仕事にならねーって!

《ビーッ、ビーッ、ビーッ!》


「ユー、触らないで、わたしが出るわ」

 ビネージュ警部は、黒いピンヒールをショーンの膝近くにガツンと打ちつけ、けたたましく鳴るトランシーバー『ムース』を奪った。

「アーハン、どなたかしら」

『誰? ショーンはどこ!?』

「落ちついて、ノア警察よ。彼は重要参考人としてここに居るわ」

『本当に? いま時計塔にいるの? それとも警察?』

「署に来てちょうだい、コントラフォーケ2区の北にあるわ」

『待って、あなた本当に警察の人な…… ——ブツッ』

 警部は容赦なくトランシーバーを切り、優雅にショーンに返却した。

「ずいぶん疑りぶかいオツレサマね」

「……あの」

「ンマ、どなたか見当はついてるわ、サウザス事件の紅葉さんでしょう」

(まずい。)

 妙に厭な予感がするのは、悪臭と死臭のせいだけではなかった。ショーンの猿の尻尾がざくざく毛羽立っている。


「警部、どうしますか」

「彼女を見つけ次第、拘束してちょうだい」

「キアーヌシュ殺害の可能性が?」

「エエ、もちろん、あるでしょう。非常にきな臭いわ」

(マズイまずい。)

「だっておかしいじゃない。彼らは今までトレモロ地区にいたのよ。なのにノアに来たとたん大富豪が死亡するなんて。ふかーい関係があるとしか思えないわ」

 ビネージュ警部の、豹の白ぶち尻尾がピンと立ち、探知機のように周囲を探っている。

(マズイまずいまずいまずい!!)

 今まで、警察とは良好な関係を保ってきた

 なのに、今は犯人だと疑われてしまってる。

 このままだと、今後の捜査にまで支障が出てしまう…!

 ショーンは思わずロビー・マームの顔を見つめたが、彼は無言で肩をすくめるだけだった。

「んひぃ♡ あん、だめえ、食いこんじゃううう♡」

 大富豪秘書キューカンバーの野太い声を聴きながら、ショーンはひそかに【真鍮眼鏡】のレンズを拡大し、警察にバレないよう部屋中を観察し、アルバにしか知られることのない無音のシャッターを押し続けた。





「うっわ—、混んでる!」

 紅葉はつんのめりながら足を止めた。

 これまでも、有名人の事件がおきて、野次馬が集まるのは幾度も見てきた。

 しかし、ノアでのそれは、尋常ではない混み方だった。

「ひゃほおおお、弔いだーーーっ!」

「ちょっと押さないでよ!」

「おおおいっ、誰か自殺か他殺か知ってるやつぁ、こン中にいねえのかい!?」

 『時計塔』が都市の中心にあるせいか、ノアの全7区中から住民が集まり、人の波と怒号でごった返している。

 交通整理の警官たちが、口々に帰るよう叫んでいたが、叫ぶたびに人が増えていき、普段暗い顔をした労働者が、日ごろの憂さ晴らしをするかのように、葬礼饗宴 (メモリアル・パーティー)を勝手に開いて騒いでいた。

「く……!」

 水桶のなかを泳ぐ無数の豆のように、ひとの頭と角と耳が、道幅いっぱいに詰まってうごめいている。

「こんなんじゃ、進めない……よ!」

 現在、紅葉がいる場所は、トリンケェーテ7区とバウプレス5区の区間道路。時計塔の大文字盤がなんとか視認できるくらいの位置だったが、その先の歩をすすめるのが難しい。警察署はここから時計塔を挟んで真反対の位置、コントラフォーケ2区にある。

「通して、とおしてぇ……っ!」

 怪我をしてなければ、押しのけて突破してたかもしれない、が……【鋼鉄の大槌】を杖代わりにしている紅葉には、まだ無理な難題だった。

「だぁああ、こんなんじゃ仕事にならねーって!」

 見知った声が前方から聞こえてきた。ほんの少し甲高い、だみ声交じりの男の声。人ゴミからぴょこっと飛びでた長ーいモップの柄は、途中で枝分かれして掃除バケツをぶら下げている。

「ノアさん?」

「おおっ!? その声はなんか聞き覚えがあるぞー?」

「ノアさーーーん!」

 ペンギン族の掃除人、ノアの姿を一瞬とらえたものの、あっという間に波に押されてどこかに消えてしまった。

「あっ、あっ、まあいいか………はあ」


 3月27日銀曜日、時刻はランチが終わる昼14時。

 地上の喧騒のせいで、体中の傷がまた開いてきた。濃く血がにじみ、服の生地にへばりつく。

「はぁ、くっ、……もうやだよ!」

 時計塔がリーンゴン、リーンゴンと、14時の鐘を鳴らしている。

 紅葉はビルとビルの間の、路地裏とも呼べないような、ごく狭い隙間に身を寄せた。

「ぜえ……も、やだ……いったん、ホテルに帰って……着替えて…」

 とぼとぼと、ホテル『デルピエロ』があるバウプレス5区側に向かって歩を進める。

 ホテルのほうがここから近い。警察署は混雑が収まったあと行けばいい。

 冷たいシャワーを浴びて、きれいな包帯を巻くこと以外、何も考えていなかったし、前もろくに見ていなかった。

 そう。道ですらない土地の上に、水道整備用のマンホールがぽっかりと空いていることなど、知る由もなかったのだ。

「うそ……うそうそうそ嘘うそぉおおおおお………!」

 全身赤く染まった紅葉は、黒い虚空に落ちていき、白く煙たい粉塵だけがその場に残った。





「さ! そろそろ彼らを下の階に連れて行ってちょうだい、捜査のジャマよ」

「警察署に連れていきます?」

「ノン! 外に出すのはムリね……民衆が暴徒化してるもの。ドアを開けたら、塔に雪崩こみかねないわ」

 ビネージュ警部が部屋の窓から覗きこみ、外の様子をうかがっていた。ショーンのそんなによくない耳でも、『時計塔』の周囲に、民衆が集まってるのがはっきり聞こえる。

「なんか意外だな……ノアの人達って、こういうの冷めてるのかと思ってた。キアーヌシュが英雄ってわけでもないだろうに」

「そうですね。彼が死ねば、金持ちがここから去って、元のノア都市に戻ると期待しているのかもしれません。あと夜行性が多いですから、急に起こされて気が立ってるんでしょう、はははっ」

「そこ! 喋らない! 下で待機してなさい」

 ビネージュ警部のムチがしなり、ショーンら3名は手錠をかけられたまま、下層階へ連行された。時計機構がある階だ——転ばないよう、螺旋階段をゆっくり下る。

「さ、諸君。黙って座りたまえ」

 階段を降りた先の床には、3名分の椅子が置かれており、幸いにも座りっぱなしの待遇ではないようだ。

「……あれ?」

 ショーンは、椅子を誘導してきた警察官に、妙な見覚えを感じた。


『そこのキミたち! ギャリバーで町に入っちゃダメダメ』

『えっ、すみません、知らなくて……どこかに停留場があるんですか?』

『ああ、私に鍵を貸したまえ』

『——おっと。ノアに住んでからチョビっと経つけど、そんな法律は知らねえな』


「————お! ま、え、は!」

 ノア地区に来た日の夜、ギャリバーを盗もうとした警官に違いなかった。

「ぬぬぬぬん!? なんだ! 貴様は、口答えするな!!」

 盗っ人警官は焦りからか、ショーンの頭にげんこつを一発食らわせた。

 痛みはそれほど無かったものの、それ以上の心の衝撃がショーンに落ちた。

「ノンノンノーン、乱暴はやめなさーい、こちらの落ち度になるでしょう」

 螺旋階段の上方から、ビネージュ警部の忠告が降ってくる。

(こいつ……、本物の警官だったのか!)

 ショーンは予期せぬ邂逅に冷静さを欠きつつも、無言で椅子に座った。

「ショーンさん、大丈夫です? たんこぶはできてませんか」

「そこ、喋るな!!」

 盗っ人警官は乱暴に、手錠を椅子に掛け直してきたが、ショーンは静かに耐えて従った。

 今は、こんな奴を気にしている暇はない。

 警官がその場から離れたのを確認し、深く息を整え、先ほど【真鍮眼鏡】に透写した、大量の写真を見返しはじめた——

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