2 現場検証が終わるまで
「ハイ、諸君、そこから動かないで!」
15人ほどの警官たちが、時計塔に突入してきた。
ノア警官らは赤銅色の服だったが、警部と思われる指揮官は、銀色にまばゆく純白の警官服を着こんでいる。
「動くな、そこを動くな!」
「えっ……ちょっ!」
「やだーーん♡」
現場にいた3名は、荒野の犯罪団よろしく取り押さえられた。
都市長ですら敬意を払ってくれる、偉大なアルバ様はもちろん、大富豪秘書キューカンバーも、秘書を取り押さえていたサウザス役人ロビー・マームも、揃って犯人扱いされた。
「署に連行しますか?」
「ノンノン、現場検証が終わるまで、時計塔から出さないで。特殊な状況よ。写真を撮って!」
大量の警察のカメラが持ちこまれ、バシャバシャとシャッターが切る音が響く。
もう30分以上、老人の躰は宙にぶら下がっていた。
体からは様々な体液がぼたぼたと落下し、絨毯にしみつき悪臭を放っている。
「……」
ショーンは膝を折ったまま、デズの神とモルグの神に祈りを捧げた。
《ラビュラビュ、ラビュラビュ♪ お口のおともに~
12歳のアライグマの女の子、
ソフィアが作った、ラキララ社の風船ガムよ!》
「そこ! ラジオを止めてちょうだい、精神が乱れるわ」
「あの…!」
「ハイ、あなた、知ってるわよ。サウザスのアルバ様でしょう」
白い服の女性は、警官というより舞台女優のような風貌だった。
白地に黒ぶち模様の垂れ耳、頭の上には巨大なカール髪、妖艶な涙ぼくろに、白地に黒ぶち模様の長い尻尾……犬豹族と思われる。
「すみません、ノア警察の方ですよね。僕はサウザス事件で、州警察とトレモロ警察に捜査協力してきました。だから今回もご協力できるかと……」
「スタップ! あなたのご活躍はもちろん聞いてるわ。悪いけど、ウチで特別扱いはできないの。アルバ様も容疑者になりうるのよ、アーハン?」
長ーくカールしたまつ毛を、バサバサッと、ショーンの頬先でしぱたたかせる。
「………ッ、わかりました」
無駄だと分かっていたものの、一応訴えてみたが、やはりダメだった。
「あらやだ♡ あたしもアンタのこと知ってるわー! タバサのビューティーサロンに週2で出入りしてるでしょう、割引クーポンばっかり使ってドケチだって有名よーん」
「おだまり! おしゃべり九官鳥ッ、第一容疑者のくせに生意気ね! 手錠をかけなさいッ」
「いやぁあーーーん♡ えっちぃー♡」
ショーンの膝が脱力し、サッチェル鞄が肩からズレる。ひょっとして彼女も、秘書オーレリアンやキューカンバーと同じ人種だろうか?
「んま、名乗ってあげてもいいわ、ノア警察のヴェルヌ・ビネージュ。犬豹族。警部よ」
彼女は立派なお名刺、ではなく、白薔薇でデコられた警察手帳をビシッと見せてきた。
ピルルルルゥーーーと鳥の鳴き声が響く。
「平和だなぁ……」
いつも遠くの大空にいる渡り鳥たちが、手に届きそうなほどすぐ近くを次々に横切り、ピルルと風を作っていく。
「……これからどうしよう」
傷の具合は深い。このまま眠りについてもよかったけれど、いつまでもノアさんの厄介になるわけにはいかないし、何より早くショーンに連絡しなきゃ。
「めんどくさいなー……」
紅葉はやる気を失って、天界のベッドに漂っていた。
鼻血や傷血、口腔内の血が、風と陽光にあたって洗濯物のようにカピカピに乾いていく。
(この先どうしようかなぁ……)
ノア地区で追いかけるなら、フェアニスリーリーリッチを追いかけたほうが早い。ピザ屋で働いてたくらいだし、痕跡もいろいろ残っているだろう。
でも本当に知りたいのは、ラン・ブッシュと【Fsの組織】のことだ。フェアニスは組織のことを「知らない」と言ってたし、追っても徒労に終わる可能性が高い……本命を仕留めないと……
「はは……いちいちこんなにケガしてたら、もたないよねー……」
紅葉は深く息を吸って、吐いて、痛みをなるだけ遠くへ飛ばした。
ラン・ブッシュには呪文の心得もある。
きっとフェアニスより何倍も強い。
「もっと強くなりたいな」と
空に溶けそうな声で呟き【鋼鉄の大槌】をぎゅっと握った。
《ラビュラビュ、ラビュラビュ~♪
ソフィアの風船ガム~♪》
デッカーのラジオが終わったあと、ソフィアの風船ガムのCM曲がエンドレスに流れるようになったので、チャンネルを変えた。
《ファンロン州に春がやってきました。新婚ツアーへ参りませんか? コンベイ街のポンペー旅行へ…》
ブツッ
《みんな大好き、ジョンブリアン社の黄金マカロン♪ 来週の金曜日から割引デーがはじまります! なんと驚異の2%引き…》
ブツッ
《緊急ニュースです。ノア地区の時計塔にて、現在の『守り人』である大富豪、キアーヌシュ・ラフマニーが亡くなって発見されました。》
「——————!?」
ダイアルを回す手が止まった。
《時計塔の最上階で、天井から首を吊った状態で発見されました。現場には彼の秘書を含めた容疑者3名が——》
紅葉は傷も忘れて、ベッドから飛び起き、駆け出していた。
《ラフマニー氏は、三輪式軽自動車ギャリバーの製造販売会社『キンバリー社』の筆頭株主であり、彼の死は経済界においても影響が——》
清らかで平和な天国の塔から脱出し、泥臭くてきな臭い、血に塗れた地に降り立つ。
《現在、時計塔には多くの住民が詰めかけていますが、ノア警察は交通が乱れるので家にいるようにと……》
「ショーン! ショーーーン、どこにいるの!?」
紅葉はトランシーバー『エルク』で、ショーンに呼びかけながら、時計塔へ夢中で向かった。




