3 都市長と再び相対す
「昨日ぶりですな、ショーン様」
「都市長……すみません、身だしなみが間に合わなくて……」
「お構いなく、この時間、珍しいことではありませんので」
3月27日銀曜日、鳥達が鳴きはじめる午前5時。
ショーン・ターナーは、ノア都市長ゲアハルト・シュナイダーに、役場の都市長室で再び相対していた。
「——失礼、アルバ様。こちらをお向きくださいませ」
都市長の夜秘書、土鼠族のトルーキンが、ボサボサのショーンの頭をササッと櫛でとかしてくれた。
大柄で尊大な昼秘書オーレリアンと違い、寡黙で小柄な夜秘書トルーキンは、まめまめしく辺りを整え、ササッとミルクたっぷりのコーンコーヒーを淹れた後、一礼して都市長室から出ていった。
「うむ、美味い。1日の終わりはこれに限りますね」
「お仕事おつかれ様です、都市長。貴重なお時間をさいていただき光栄です。コーンコーヒー、朝に最適ですね」
ショーンは世辞呪文を唱えつつ、コーンコーヒーをゆるく啜った。
甘ったるい野菜のコーンは、コーヒーとあまり合ってない気がしたが、自分の個人的嗜好とともに呑みこんだ。
「あのー、失礼、コーンコーヒーって美味いんですか? 僕的には、どっちかというと、」
「ロビー、君も席を外してくれないか。内密な話があるんだ」
「おやおや、了解です。……ま、しょうがないですね」
余計なことを言いだす前に、ロビー・マームも追いだし——
あらためて都市長と相対した。
「都市長、じつは——」
「我が息子と娘が、ショーン様とお話ししたそうですね。お役に立てましたか?」
「えっ、は、はい、もちろん! おふたりとも聡明で、ご協力的で……非常に助かりました」
「フッ、貴方とそう歳は変わりません。まだまだ未熟者でしてね……それは良かった」
厳格と公正を顔に貼りつけたようなゲアハルトは、少しふやけた親の顔で笑った。
「ご兄妹はおふたりだけですか? 確かジークハルト君は、次男だと言ってたような」
「いえ、5人おります。下2人はクレイトに在学中です。長男は帝都におりましてね、おそらくノアには戻らないでしょう」
「そうでしたか、優秀な人は都会に残りますよね……」
「あえて故郷に戻る者のほうが志はありますぞ」
そうだろうか……
ショーンは自分の胸がうずき、この話題は考えないようにした。
「都市長——僕は、大富豪キアーヌシュに会いたいんです。彼は極度の人嫌いで、塔のセキュリティも厳しいと聞きました。直接会えるルートはありますか?」
これ以上、世間話を続ける余裕はない。単刀直入にお願いした。
「 “カレ” ——ですね。昔はまだ交流もできたのですよ。時計塔の暮らしを快適にするために、外から趣味人を呼び寄せたりもしていましたよ。わたくしも何度か塔に入れていただき、茹でたそら豆を頂いたものです」
「そら豆?……というと」
「ええ、晩餐まで居るなという意味です。食事を出してもらえるだけ、ありがたいですがね」
フフフと肩で笑った。
「ですが、今は難しいでしょう。彼には金目当てで近づく者が多すぎた……。年々、強固な人間嫌いになっていき、もはや誰も受けつけなくなりました。塔にひとり閉じ籠もり、大工事の計画進行でさえ、すべて紙ベースでやり取りしております。カレの秘書、キューカンバーだけがお世話を」
「——やはり、秘書しかないですか」
大富豪キアーヌシュの時計塔に自由に出入りできるのは、彼の秘書だけ——
そう話には聞いていた。
「ええ、キューカンバーでしたら簡単に会えますよ。九官鳥族でしてね、我が昼秘書オーレリアンとは “親友” ですから」
「本当ですか⁉︎」
「週に2日はここへ来て、大ゲンカして帰っていきます」
「わー……そ、そうですか……」
光景が目に浮かぶようだ。いや、キューカンバーの顔は知らないが。
「それはいつも何曜日なんでしょう。いつ来ますか?」
「直近では、銀曜日の今日、昼11時に参ります。あまり長居はしません。カレもまた、時計塔と関係各所を行き来するのに大忙しですからね。貴方とも話ができるよう、オーレリアンと手配はしますが、そこから先の交渉は、我々も口添えできかねます」
「はい、ご協力ありがとうございます。後はこちらで何とかします。……うーん、正直に事情を話して、どうだろう。会わせてもらえるかな……」
ショーンがデスクの前で考えこんだ。
空がだんだん白ばみ始める。
ギチッと、ゲアハルト都市長が革張り椅子を鳴らした。
「アルバ様……高齢の頑固な金持ちに、簡単に近づける職はなんだか分かりますか?」
「職? いえ、えー、警備でしょうか?」
「答えは医者です」
では失礼、退勤しますので。と、老都市長はコーンコーヒーを飲み干し、部屋からコツコツと出ていった。
「そうか……また《ミル・フイユ》作戦か。」
トレモロの時は、治癒呪文を唱えて、狩人族長ドンボイに取りいり、首尾よくいった。
しかし、真の頑固者は、医者すら拒否して死を遂げる——
ショーンは湧きあがる不安を抑えようと、コーンコーヒーを一気に飲み干し、逆に吐き気をもよおした。
3月27日銀曜日、朝5時40分。
ショーンはしばらくぼおっとした後、主人なき都市長室を退出した。
真っピンクの秘書室のソファーには、ロビー・マームが大いびきをかいて寝ており、丸太のようにゆすって起こした。
「ロビー、起きてくれ……紅葉はどこだか知ってる?」
昨晩、フェアニスリーリーリッチを追って、北北東のトリンケェーテ7区で別れてしまった。
「おっと、いいえ。出かける時、ホテルの部屋には居ませんでしたよ」
「……まさか、あれから戻ってきてない?」
ショーンは寝不足の隈のまま、昨日購入したばかりのトランシーバー『ムース』をいじり、紅葉のトランシーバー『エルク』へ電波を飛ばした。
「こっからトランシーバー使えますかねえ、壁が分厚いですよ」
「外に出よう……」
役場の建物を出て、しばらくかけ続けてみたものの、応答はなく……
そもそも南端のペティフォーケ1区からでは、紅葉の居場所まで通じているかも分からなかった。
『だめ! グリズリーとエルクにしようよ』
『こっ……んな高いのムリだって!』
『エルクとムースでしたら、地区内なら半分以上カヴァーできますよ。グリズリーでしたら全域に使用できますが……』
『——なんでそう及び腰なの? 連絡が取れるかどうかは大事なんだよ、命の値段と同じだよ!』
『うるさーい! 値段どうこう言うなーーっ』
「紅葉の言うとおり、『グリズリー』にすれば良かった……」
ノアの南西、バウプレス5区にある、ホテル『デルピエロ』に到着するまでかけ続けたものの、やはり応答は一度もなく……
ショーンは己の選択を悔いつつも、眠気と疲労にあらがえず、再びおふとんにダイブした。




