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5 謎の『守り人』

『う〜ん、入ってないー!』

『……またそれ買ったのか、紅葉』

 紅葉は、トレモロ病院の受付で買っておいた、ギャリバーチョコのカード袋をひん剥き、ホテル『デルピエロ』の一室で両目をひん剥いた。

『【ニーナ】のね、夜景バージョンが欲しいんだよ。私も見たことないんだけど、キャンプ中の風景らしいの』

『それって別に珍しいカードってわけじゃないんだろ。質屋か玩具屋かジャンク屋に行けば、売ってるんじゃない』

 ショーンは、ギャリバーチョコを一口つまみ、ツンとする臭気に吐きそうになった。

『それはやだ。自分で集めるからいいんだよ。こういうのって一度始めちゃうと止められないんだよねー』

 そういって紅葉は、入手したカードの端をテーブルで揃え、【A-27型 ニーナ】が描かれたトランク缶に収納した。

『いいけど、僕もあんまり給料は出せないんだから、ほどほどにね……』

 ショーンは何気なくそのトランク缶を手にとり、しげしげ見つめた。缶の底をひっくり返すと『株式会社 キンバリー』の金属印が押されている。

『へぇー……キンバリー社の印章ってこういう感じなんだ……。馬車とガレー船?』

 三輪式軽自動車ギャリバーのシルエットでは無いことに、意外な声をあげた。

 横長の楕円形印のなかに、馬車とガレー船が入れ違うように左右に描かれている。

『うん。ギャリバーはガレー船を参考に作られたんだよ。あと創始者のソフラバー兄弟は、馬車の修理店をやってたの。その2つが組み込まれた、由緒ぶかーい…』

『……へぇぇー……』

 ショーンは気の抜けた返事をしながら、紅葉のもとへ缶を返却した。



「大富豪キアーヌシュは、『株式会社 キンバリー』の筆頭株主ですよ。ルドモンド大陸で最も売上高のある企業のだ」



 ジークハルトは苦悩の顔でそう告げた。

「彼はあのギャリバーの生みの親、ソフラバー兄弟のご近所様でしたの。質屋を営んでいて、町では裕福なほうだったのですわ。お貧乏な3兄弟を支援し、生活とお金を工面しておりましたのよ。ギャリバーが発明されるまでずっとですわ! その間、奥様に逃げられてしまったり、ご自身のお店がお潰れになったり、散々な憂き目にありまして……。ですので、恩を感じた兄弟たちは、現在でもキアーヌシュがひもじい思いをしないよう、彼を御支援しておりますのよっ!」

 ベルゼコワは、学校で習いましたのとばかりに、流暢な説明を披露してくれた。

「そう、キアーヌシュは1日生きるごとにイゴ単位のお金が転がりこんでくる。ヌーヴォー・リッシュを超えたプリヴィレージュ……特権階級の人物です」

「毎日イゴおッ?——そんな大物が……なんであんな時計塔に⁉︎ いや、もちろん塔自体は立派なんだけど……セキュリティも低いし、もっと豪勢な屋敷とかに住んだほうがいいんじゃ」

 ショーンは夕飯を食べるのも忘れ、カラシ麺の箱を叩くように置き、興奮して尻尾をビンッッと伸ばした。

 1イゴは、100グレス、あるいは10000ドミーにあたる。

 1グレスは、貧乏な4人家族が1週間お腹いっぱい暮らせる額だ。

「あら、アルバ様ったら。もしや時計塔にいる兵隊さんだけが警備員だと思ってますのね。ビル街が周りにありますでしょう? あそこにはグルッと『キンバリー』が雇った警備がその数10名以上、窓から昼夜監視しておりますのよ。何度かおイタしようとした強盗さん達は、皆さま蜂の巣にされていますわ!」

「えっ……」

 興奮でいきりたった猿の尻尾が、フニャッと曲がった。

(不用意に塔に突入しなくてよかったね……)と、紅葉が遠くから痛感の視線を送っている。



「時計塔——あの場所には『守り人』という古くからのコンベンションがあるのです。文化人や学者、為政者などが居住し、その威光によりノアを見守ってきました。『守り人』を務めるには、それなりにオーソリティーが必要なのですが、ショーン様の仰るとおり、塔は住みづらいため、現代で『守り人』を希望する者はほとんどいません」

「先代の『守り人』はわたくし達のお爺ちゃまである、今は亡きゴットハルト・シュナイダーでしたわ。父のゲアハルトと同じく都市長を務めましたの、1期だけですけどね。当時『守り人』探しに難航し、シブシブ引き受けたとのことでしわ。『守り人』は1人で塔に住むことが条件ですの。家族も使用人も帯同できませんから、生活がとっても大変ですのよ」

「ひとりで⁉︎ そりゃ思ったより大変だ……」

「ええ。キアーヌシュが、ノアへ移住してきたのは17年前です。奇妙なことに彼は『守り人』を希望しており、そのまま祖父と入れ替わったのです。ノア地区はおろか、ラヴァ州ですら何のアチーブメントも残していない彼が、『守り人』を務めるなど異例のことでしたが、相手が有無を言わせぬ大富豪で、祖父ゴットハルトは肺病を患っていたのもあり、快く譲ってしまった……」

「——待って、ギャリバーってシュタット州の会社でしょ? ソフラバー兄弟のご近所さんが、なんでこんなに遠く離れたラヴァ州に越してきたの?」

 これまでずっと黙っていた紅葉は、つい尻尾を挟んでしまった。

 シュタット州はここから遠く西にある州だ。面積はファンロン州と同様に大きく、ここラヴァ州とは、帝都のあるコンクルーサス州を間に隔てた位置にあたる。



 3月26日金曜日、時刻は午後9時をとうに回っていた。

 役場の都市長室は、秘書室を含めて、シンと冷たい空気で沈んでいたが、横づけのプライベートルームだけは、サイロのように高温の熱気をまとっていた。

「大富豪キアーヌシュが、ラヴァ州に移住したのはなぜか、それは……我々もノットアンダースタンドなのです。彼は親族縁者みなシュタット州の生まれで、ラヴァ州には縁がないどころか、『株式会社キンバリー』がギャリバー事業を成功させるまで、自州から出たことさえ無かったと聞いています」

「移住の理由はすべてノーコメントですわ。キアーヌシュはインタビューにもほとんど応じませんし、一部の者をのぞいて誰も寄せつけませんの。もちろん疑問に思い、調査すべく動いたジャーナリストの方々も何名かおりますのよ。ですが、皆さんどこかへ消えてしまいましたの! なぜでしょうね?」

「消えた……ジャーナリス……ト……?」


 ショーンと紅葉は、思わずテーブルの対岸から見つめあった。

 ショーンの顔色は青ざめ、逆に紅葉の頬は赤く興奮している。

 サウザス新聞の記者アーサー・フェルジナンド、

 そしてその父も、組織を追ってるうちに消されてしまった。

 大富豪キアーヌシュ、やはり奴は【Fsの組織】の人間で、

 ジャーナリストたちは、アーサー父の仲間なのか……?


「ちょっと良いですか? ショーンさんって、大富豪キアーヌシュを調査してるんですよね。もしかして、その消えたジャーナリストたちと同じ事しようとしてます?」


 弁当箱を8つ喰らいつくしたロビー・マームは、9つめの蓋をあけ、ハチミツたっぷりのスコーンケーキに齧りつきながら、軽い口調で問いを投げかけてきた。

「……そうかもしんない」

 ショーンが小さく呟いたとたん、部屋にかけていた防音呪文 《イントレラビリス・バロメッツ》の効果がプツッ……と切れた。

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