6 閉じ込められたアルバ様
「……おかしい」
ショーンはイライラと髪を掻きむしり、尻尾をバタバタさせて、狭い会議室で待機していた。
待機、といえば聞こえはいいが、ドアは外側から鍵がかかっていて廊下へは出られない。部屋の中には、小さいながら便所と洗面所が付いていて、トイレを口実に出ることもできない。
最初はなんの疑問もなく部屋に入った。
警察署を出た後、まっすぐ役所へ連れていかれ、2階の裏棟にある南小部屋に通された。中はごく普通の会議室で、座って静かに待っていた。
そのまま3時間が経過し、さすがに様子をうかがおうと部屋から出ようとしたら……鍵がかけられているのに気づいた。
外部と連絡をとる手段はない。窓には鉄格子が嵌められている。
現在、完全に閉じ込められた。
「──こんなの容疑者じゃないか!」
ラヴァ州警察から『アルバとして事件に協力してほしい』と請われ、『いいですよ』と快く受けたら、この処遇だ。
「いやもしかしてアレか? 町長と銀行で昨日会ったのが、何か誤解されて伝わってるのか? ふざけんなよ、おい!」
尻尾の検分が終わり、昼食後に州警察から取り調べを受けた。特に、前日の銀行での様子を詳しく聞かれ、なるだけ正確に会話のやりとりを伝えたつもりだ。
その後、待機と協力をお願いされ、気がつけばこのザマだ。
死体検案室に入る際、荷物は全て警察署のロッカーに入れられた。現在の所持品は、あのロッカーの鍵しか持っていない。唯一の味方であるこの鍵は、あまりにも脆く小さく、儚かった。
「……クソっ!」
町長の面会なんかのせいで、なぜこんな目に遭わなきゃならないのだろう。
2階南側の小部屋の窓から、1階西側の中央にある町長室を恨めしく見つめた。他の役所の窓にはすべて鉄格子が嵌められてるのに、豪華な作りの町長室だけは、なぜか鉄格子がない。
「こんな事でアルバを閉じ込めたつもりか? 破壊呪文でいつでも出ていけるからな!」
手元に【星の魔術大綱】がなくても、この程度の鉄格子やドアの蝶番くらい、いくらでも呪文で壊せる。が……もちろん社会的信用に関わるので実行には移せない。
イライラを発散するため、ショーンは自分の尻尾をギュッと掴んで、プロペラのようにブンブン振り回した。昼間、オートミールをかきこんでから何も口にしていない。
「あああ、お腹空いたあ! メシメシゆうめし夕飯早く持ってこい!」
ダンダンダンダン!
と、怒りに任せて部屋のドアを蹴り飛ばしてたら、何の前触れもなくドアが開いた。
アッ………という間もなく、ショーンの脚が、
目の前の人物の、腹部めがけて飛んでいく。
その人物はキョロッと目を見開き、パッと重心を後ろへ逸らし……
──ショーンの踵は勢いよく、固い床にめり込んだ。
「痛い痛い痛いイダイぃいいいい!」
「何してんの」
脚を抱えて悶絶するショーンを見下ろし、呆れた顔をした背の高い女性が、銀のプレートを持ちドアの前で立っていた。
この声には聞き覚えがある。というか、ほぼ毎日聞いている。
「はぁい、ショーン。夕飯よ」
役場の警備服を着こんだマドカが涼しい顔で、後ろ脚を伸ばしてドアを閉めた。
「ま、マドカ? なんで警備員が夕飯なんか……」
「職員みんな州警察の手伝いよォ。で、これは差し入れ」
彼女は、深緑色のツナギのファスナーを開けて、たわわに実った胸の間から、クシャクシャになった新聞の束を取り出した。
情報に飢えていたショーンはすぐに飛びつき、体温であたたまった新聞のシワを、急いで伸ばしてテーブルに広げた。
「事件の進展どうなった⁉︎」
「新聞、渡したのがバレたらまずいから、証拠は食べて隠滅してね」
「食えるか!!」
新聞は、今日の朝刊、昼の号外、そして夕方の号外の全部で3紙だ。
朝刊で『町長の失踪』が軽く触れられ、昼に『尻尾吊り下げ事件』が大々的に報道。夕方の号外には、事件のまとめや住民インタビューが載っている。
「今日出た新聞はこれで全部」
「ん……んん……」
ざっと見た感じ、尻尾の吊り下げ事件以降は、スキャンダラスなことは起きておらず、めぼしい進展もない。
「何か気になることあるぅ?」
「んーんー……あっ!」
昼間、監察医ベルナルドが調べた、尻尾の検分結果が出ていない。
掲載が間に合わなかったのか。それとも警察が隠しているのか。
「検尻尾の結果が出てない」
「検尻尾って何よ」
「だって死体じゃないし……検尻尾だろ」
ショーンは新聞の礼に、昼間の検分で分かった事や、現在に至るまでの経緯を、ザッとマドカに説明した。
「へぇ、アルバ様も大変だったのねぇ〜。お疲れさま」
「で……僕は今、拘束されてるのか? 州警察はなんて言ってる?」
「知らない。まあ疑われてるんでしょうね〜。ほら、アルバって、呪文で何でもできると思われてるから」
「なんでもはできない」
「アンタの魔術の腕なんて、誰も知らないもん」
灰耳梟族のマドカはこんな状況下でも、相変わらずトボけた顔で、首をゴキッと動かしている。
ぐぬぬ、とショーンが唸ってると「そろそろ食べなさいよ」と、夕飯を促された。
銀のプレートには、バター付きパンと、トマト煮の豆とトウモロコシ、イチジクのパイが載っている。ストレスで甘いものを欲していたショーンは、真っ先にパイをむしゃむしゃ食べた。
「——ま、やましい事がなければ堂々としてればいいのよ。そのうち帰れるでしょ」
「むぅ……」
「州警察は私達が面識あるって、まだ知られてないから、ショーンも言わないでよね」
「面識って……田舎町なんて……みんな知り合いみたいなもんだろ」
ショーンは少しずつパンをちぎり、トマトソースを掬って口に運んでいる。
「だからって隣人バレはマズイでしょう。そうそう、紅葉は夕方ごろ酒場に帰ったわよ」
「……そっか…」
紅葉とは、早朝に引き離されて、それっきりだった。
「で、私は警備の出勤に来たんだけど、勝手にウロチョロするなっていうんで、州警察様の小間使いをやってるワケ」
「………ん」
なるだけマドカとの会話を長引かそうと、ゆっくりゆーっくりスプーンを運ぶ。
「はやく食べてね、疑われる。──けっこう役場の警備はヒマしてるから、警察に頼んで誰かまた送り込むわよ」
「できるのか?」
「だって、アルバ様をひとりにしておくのも、かえって危険でしょ」
マドカは、さらりとアブないことを言い残し、パンくず一つ残さず食べ終えた銀プレートを持って、行ってしまった。
ショーンは差し入れの新聞記事を、目を皿のようにして読み込み……情報を頭に叩きこむと、がんばって咀嚼し飲みこんだ。紙が粗悪なのはまだしも、青インクが非常に不味い。舌の表面がピリピリして、しばらくトイレの中にこもった。
呪文で治すこともできたけど、警察に疑われてはならないので、ここにいる間は呪文を使わないと決めていた。
そして、じっと待つこと1時間。
ついに、待ち侘びたドアが開かれ…………、
「えっ、」
そこに立っていたのは、昨日、病院でさんざん喧嘩したドラ息子。
洞穴熊族の夜間警備員、アントン・ハリーハウゼンだった。
彼の顔は、なぜか青ざめており、紺色の大きな毛布を抱きしめるように担いでる。
お前かよと、ショーンは最悪の人選にガッカリしていると、アントンは大きな黒い鼻をブルブル震わせ、小さく低く声を抑えて、こう叫んだ。
「大変だショーン────ユビキタス先生が、拘束された!」




