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【星の魔術大綱】 -本格ケモ耳ミステリー冒険小説-  作者: 宝鈴
第41章【Transceiver】トランシーバー
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5 夜行性の地区長

 3月26日金曜日、時刻は夕方4時すぎ。

「これからどうしよう、ここでレイクウッド社の人たちを探すか……それともトレモロに連絡を取るか……」

「見て、ショーン! 大工事に関しての問い合わせは都市役場の3階だって! ここで聞けば、レイクウッド社の本営の場所が分かるかも」

「待ってくれ! 大富豪キアーヌシュの調査は、アルバート社長じゃなくてヴィーナス町長に伝えてるんだ。だからトレモロで町長に連絡を取って、有力者を紹介してもらうほうが……そう、電信機の店を探さなきゃ!」

「なーにをゴチャゴチャと作戦会議してるんです?」

 次の一手を決めきれない若者2人に対し、少し年上のお兄さんが、あきれて爪を差しこんだ。


「先ほどから聴いていれば、トレモロトレモロと……貴方はサウザス出身なのですから、サウザスの人間をもっと頼ればいいじゃないですか」

「あ、はい……サウザス……そうですね……」

 ごもっともなご指摘だった。

 ショーンの【帝国調査隊】としての初任務がトレモロだったせいか、まだどうしてもトレモロ町に肩入れしてしまう。

「まったく、オーガスタス町長が、僕を丸腰でノアに寄越したとお思いですか? ちゃんと事前に根回し済みですよ。『さる方』にも伝えてありますし」

「さる方——キアーヌシュに⁉︎」

「いえ、まさか。大富豪はガードが硬すぎでしてね。さすがに町長のご威光も届きません。が、『さる方』のお力添えがあれば余裕でしょう。ま、今日の今日でご本人に面会できるかは分かりませんが。そろそろ出勤される時間ですし、アポイントを取りに参りますか」

「しゅ、出勤? アポイント?」

 この時刻に出勤とは、もしかして夜行性……?


「ええ。ノア都市長、ゲアハルト・シュナイダー、洞穴熊族。

 ラヴァ州の地区長のなかで、唯一の夜行性です」


 かくしてショーン御一行は、ノア都市長に会いに行くことになった。



 夜行性民族——

 ルドモンド大陸に、およそ1割ほど生活している。

 洞穴熊族、灰耳兎族、円梟族、背蝙蝠族、光瞳猿族、沼猫族などが代表的だ。

 この人口は、減ることはあっても増えることはほぼ無い。たとえば空鼬族などは、昔は夜行性として暮らしていたが、ある時期に民族をあげて昼行性に転向してしまった。

 もちろん昼行性民族でも、夜間を好んで夜に生きる者もいるし、円梟族の出版社社長ジョゼフ・タイラーのように、夜行性でもムリやり昼間に働いている者もおり、その境目は混沌としている。

 ほとんどの地区では夜行性民族の働き口を用意しており、夜間時のトラブルにはみな大いに助けられているが……トラブルはあくまでトラブル。人口の9割を占める昼の生活行動エネルギーには及ばない。彼らの所得平均は昼行性と比較して、おおむね2割減で推移している。

 夜なら性産業があるじゃないかと、下世話な者はチャチャを入れがちだ。しかし夜行性民族の性職業従事者は、意外にも割合は低い。夜行性にとって、夜は通常の生活時間帯であり、ムラムラしづらいせいだろう。

(また、こうした夜行性民族に対しての職業偏見を正していく必要があると、『夜行性民族の豊かな生活を目指す会』の会長バルバトン氏は主張している。)


 それと、夜行性民族の行動時間についても問題がある。

 多くの企業や学校で、夜行性民族の出行時間は「午後4時」と設定されているが——彼らにとって、これはかなり早起きな時間である。

 昼行性民族と顔を合わせるのに、都合のいい時間帯なのだ。

(夜行性の出行時刻は「午後6時」が望ましいと、『夜行性民族の豊かな生活を目指す会』の会長バルバトン氏は熱弁している。)

 このように、何かと不便な生活を強いられる夜行性民族は、やはり政治の世界でも、地位を築く者は数少ない。



「地区長が夜行性って、そんなに珍しいことなんですか? 我らがサウザス創始者ブライアン・ハリーハウゼンも洞穴熊族……夜行性だったじゃないですか」

「はっは。創始者ブライアンは逸話によると、勃興期には仮眠しか取ってなかったようですね。鉱山にベッドを持ちこみ、部下に指示を出しつつ、工事現場の大音量の隣で寝ていたとか」

「へー……なるほど。じゃあ昼も夜もなかったんですね」

 魔術学校の創始者であり、【星の魔術大綱】最初の編纂者であるアディーレ・エクセルシアも、多忙を極め、かなりの短時間睡眠だったようだ。

(何かを成し遂げるには、僕も睡眠を削るべきかな……?)

 ショーンは歩きながら、自分の手をじっくり見つめてしまった。

「ま、だからこそ、現在のハリーハウゼン家は町長職が続かず、他家にとって代わられることになった訳ですがね。そもそもブライアンは鉱山開発の活躍が主で、町の運営はリッチモンド家やコスタンティーノ家など、家臣に任せきりでしたから——おっと、そろそろ役場ですよ!」

 ロビー・マームは嬉しそうに、時計の針6時の方向を指差した。

「わー……ここが……役場かー……」

「何も見えないね……」

 案の定、鉄骨が縦横無尽に周囲を伝い、蔦の葉に巻きつかれた東屋のごとく、四角い建物を覆い隠していた。



 ノア都市役場——

 熟れたイチジク色をした壁の8階建ての建物は、ノアの住民を見守り、観光客を歓迎する重要施設である。

 8階という高度は、現在では周りのビル群に少々埋もれてしまっているが、一昔前まで、それはそれは立派で堅牢な城郭であった。

 場所は時計塔から見て真南、ペティフォーク1区の中心に建っている。

 最南端にある州鉄道の駅とは、駅前広場を挟むかたちで、都市民の生活を担っている。

 北側に住む都市民民にとっては、もちろん不便な位置どりだ。金持ち連中はノアの南部に集中しており、その格差はサウザスの東西差とは比べものにならず、溝はウィスコス峡谷よりも深い。


「この裏に『時計台』があるんだよね、『時計塔』とは別物の……」

「ええ。駅前広場の中心にありますよ、ちょっと覗いていきますか?」

 ショーン一行は役場にいく前に、裏手にある駅前広場へ、寄り道することにした。



「わ、ここって舞台になってるんだ! 『ラタ・タッタ』を思い出すねー」

 役場の南の裏手は、半円形をしたすり鉢状の、屋外舞台となっていた。

 ここでノア都市長によるスピーチがあるほか、演劇や演奏も聞けるらしい。

 客席がわりの階段を30段ほど下った、中央のくぼみに役者が立つための演壇がある。

 そして演壇の背後には、巨大な黒銅色のオブジェ——

「あれって、……ノア岩盤?」

 その物体は、この大地——ノア岩盤を模した大オブジェだった。

 巨大な銅版を、大胆にねじったり、切ったりして作られている。

 岩盤の上には、これまたミニチュア化したノア都市が、銅板を細かく刻んで姿を見せていた。

 現在の発展した都市ではなく、少し前の都市……このオブジェが作られた時代のもののようだ。背の低いビル群のなか、『時計塔』がとりわけ目立って、ニョキっと都市のシンボルとして存在していた。

 銅製のミニチュアの『時計塔』にも、本物と同じように時計盤が埋めこまれており、演劇を鑑賞しながらでも、時刻をバッチリ確認できるようになっていた。


「ここが『時計台』と呼ばれる場所ですよ。ま、台って感じでもないですがね」

「それは分かったけど、なんでこんなに鳩が……?」

 ノア岩盤のオブジェには、おびただしい鳩の模型が、その数30羽ほど存在していた。

 10羽ほど岩場から飛び立たんと羽を伸ばし、残り20羽は時計台の周囲を旋回している。

 一羽ずつ腹に鉄棒がしこまれ、飛翔の様子を表した鳩たちは、細部までダイナミックな動きをしていて、優れた意匠だったが——

 本物のノア都市は標高が高いせいか、肝心の鳩はほとんどいない。

「えーと、マーチウス・ゴブレッティの設計なのか……! なるほどね」

 疑問に思ったショーンは、地図帖に書いてあった『時計台』の説明を読み、納得した。


 時計台はさらにさらに、岩盤を取り囲むように人工泉が作られ、飛行する白鳩に水を噴きかけんと、魚のオブジェが口から湧水を吐きだしている。

 ……そんな観光スポットのはずなのだが……

 現在はこれもまた大工事の影響か、泉の水が絶たれ、寂しい状態になっていた。



「あれ、時計台の奥にテントがいっぱい並んでるね。演劇の人かな、それともサーカス?」

「いや……イカつい作業員しか出入りしていないぞ」

 時計台のさらに南に、カーニバルよろしく、カラフルな簡易テントが立ち並んでいた。茶色と錆色でコーティングされたノアの地に、赤、青、緑、黄の原色の大テントがよく映える。

 どうやら、ノアの大工事のためにやってきた、各建設会社のテントのようだ。

「ショーン、見てみて、あっちの左! レイクウッド社の看板があるよ!」

「え、どこ?」

 2人は緑色のテントの下に、見覚えのある『木工所レイクウッド社』の看板を見つけたが……

「まったく、いつまで道草くってるんです、ヒツジじゃないんだから! さ、都市長のお住まいへ行きますよ」

 仕事熱心な土栗鼠族にひっぱられ、あえなくまっすぐ目的地へと向かわされた。

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