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【星の魔術大綱】 -本格ケモ耳ミステリー冒険小説-  作者: 宝鈴
第41章【Transceiver】トランシーバー
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3 銀行に行かなきゃ!

「——銀行に行かなきゃ!」

 ショーンは、ノア地区の東南部フォフォーケ3区の片隅で、猿の目ん玉をひん剥きながら、人生で初めての言葉を口にした。

 財布はすでに、雪解け餅を包んだ笹の葉のように薄くなっており、昼飯代も買えやしない。

「お、銀行ですか、いいですね。メシ時ですし、誰かに奢ってもらいましょう」

 元銀行員ロビー・マームは、ウキウキしながら『エイブ・ディ・カレッド社』の向かいにある、『ノア銀行』に右手を振った。


「これが……ノア銀行?」

 ショーンは、ひん剥いた猿の目ん玉を戻すどころか、マジョラムキャンディー並みに巨大化させた。

「えっと……建物全体が銀行なんですか? 丸ごと全部?」

 紅葉は背中をそらし、全体像を見ようと瞳を細めた。

 サウザス銀行の数十倍はある……いや、ここが役場だと言われても信じるかもしれない。それほどにノア都市を支える金融倉庫は、巨大な要塞だった。

 銀行特有のドーム屋根の塔は、地上10階まであるようだった。(サウザス銀行は3階しかない。)さらに、左右には8階建ての両翼棟が伸び、窓には細かい数字の垂れ幕がかかっている。

 コートを着こんだ利用者が引っきりなしに来訪し、十数人もの銀行員がヒソヒソと客と打ち合わせしながら出入りしている。

 古い白磁色の塔壁に、青地に金色の装飾が施されたドーム屋根は美しかったが、客はだれも空など見向きもせず、鋪装された地面を見つめて、金勘定をブツクサ呟いていた。



「やあエドウィン! ちょうどいいところに!」

 ちょうど入り口で客を見送っていた銀行員に、ロビー・マームは屈託なく声をかけた。

「お、ロビーか。久しぶりだな裏切り者め、今日はどうした?」

 エドウィンと呼ばれた朱犬(あけいぬ)族の彼は、少しイタズラっぽくこちらに答えて、拳をあげた。

 紺色の銀行服をぴっちり着こみ、金色のボタンと袖口がキラリと光る。もちろん、スーツの下はたくましい筋肉が盛り上がっており……

 マッチョ2人に挟まれたショーンは、居たたまれずにカラダを縮こまらせた。


「エドウィン、ランチを奢ってくれ。その代わり、我が町とっておきのアルバ様を紹介しよう」

「アルバ様……まさか、例の事件の……?」

「なるだけ良い店で頼むよ」

 ショーンは完全に、爽やかそうな青年エドウィンに世話になるつもりで頭を下げた。が、

「おっほおおおおおおおッ、アルバ様ですとなっ‼︎ あーいやいや、ンっワタクシがお相手しましょうッ!」

 チョビ髭の禿げて太った中年銀行員が、周囲をふき飛ばす勢いで握手を求めてきた。

 一瞬、オーガスタス・リッチモンドが脳裏によぎる、体型と性格の持ち主だった。

 ショーンは猿の尻尾をビンっと伸ばし——笑顔の石像と化して彼の求めに応じた。


「ンっワタクシの名はイヴァーン・ペトロヴィッッチ、雪虎(ゆきとら)族、ノア銀行の広報部長を努めておりますぞ! あいやお目にかかれて光栄ですなっ!」

「よ、よろしくお願いします……僕は羊猿族のショー」

「あいやや、滅相もない! サウザスのアルバ様、ショーン・ターナー様の御芳名はこちらにも轟いておりますぞ! ささっ、ンお食事に参りましょう‼︎」

「……はぁ……」

 イヴァーン・ペトロヴィッッチに肩を抱きつかれながら、ショーンは首を180度曲げて後ろを振り向いた。

 エドウィンとロビー・マームは、スポーツマンよろしく旧知の仲を深めていたし、紅葉は完全に他人の顔をしている

「——彼らも一緒にいいですか?」

 自分だけ苦労はさせまいぞ。



 3月26日金曜日、時刻は昼の1時30分。

 一同は、イヴァーン部長の計らいで、ノア銀行から少し奥まったところにあるレストラン『峯月楼』に案内された。

 銀白に黒の窓枠が映える、優美な3階建ての建物だ。市民に愛されるお店というよりは、ひっそりお忍びで利用されるような趣だった。

 峯月楼の店員はこちらの顔を見るなり、2階の個室に案内し——そこは青い雪の結晶のタイルが壁に施された白い部屋で、大きな木製の円形のテーブルには、赤い花火の紋様が描かれていた。


「ンっワタクシの同胞たる、雪虎族の女優『花火』がノアに移住し、こちらを立ち上げましてね。ご存知ですかな、花火は。ちょっとお若い方にはワカリマセンかねっ?」

「あ、いえ、子供の頃に、サウザスの移動映画館で観ました。『帝都の花びら』って映画で。確か主演の女優さんだった気が……」

「おっっほーーお子さまの時にッ⁉︎ それは少々シゲキテキだったでしょう。花火のお色気ベッドシーンもありますからねッ!」

「ああ、母に目隠しされて観てないんですよ、そこは」

 ショーンは、往年の大女優の顔をまぶたに思い出した。ぽってりした白い頬に、黒く長いパッチリとしたまつ毛、赤みのある頬は、白き空に打ちあがった花火のようだった。


「しっかし『帝都の花びら』をご存知だとは、たっはー、参りましたな! んっワタクシのお薦めは『夕陽の射景』でしてね、あれは主にクレイトで撮られたものなんですが、一部ノアで撮影を。そいでノアをお気に入りなすって、引退後に移住してきたわけですねッ!」

 ぽっちゃりした白い肌のイヴァーン部長は、バサバサの黒まつ毛を揺らし、酒で頬を赤らめさせ、氷河ウイスキーを片手に叫んでいた。

「そうでしたか。花火さんは、あの……お元気なんでしょうか? けっこうお年だった気が……」

「あいや、もちろん、今年で70になりますねっ。ンっ人前に出てくることは滅多にアリマセンがッ、まだまだ言葉も流暢に話されますぞ」

「『花火』さんって——本名なんですか?」

 紅葉が手をあげて質問した。


 イヴァーンは露骨に顔をしかめ、(この時点で、ショーンは彼を信頼するのを辞めた)吐き捨てるように返事した。

「ええ、もちろん本名ですッ。ひとこと『花火』と、オックス州のお生まれで!」

 店員が入ってきて、食事が運ばれてくる。

 峯月楼の食事は、繊細な小物細工みたいに見ためも凝っていて、食材も高級、美味しかったが、イヴァーン広報部長の、豪快な世間話と自慢話がすべて帳消しにしてくれた。

 緩衝材として連れてきたはずのエドウィンとロビーは、夏シーズンのマルタリーグについて2人きりで盛り上がっていたし、紅葉はあれから一言も喋らず食事していた。

 ショーンだけがひたすらイヴァーンの唾液を浴びつづけ、峯月楼でのランチが終わった。

 そしてノア銀行での本来の用事……現金の引き出しを終え、ようやっと悪夢から解放された。

 3月26日金曜日、時刻は昼の3時半になっていた。

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