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【星の魔術大綱】 -本格ケモ耳ミステリー冒険小説-  作者: 宝鈴
第41章【Transceiver】トランシーバー
252/339

2 エイブ・ディ・カレッド社

 3月26日金曜日、時刻は午前11時11分。

「おや、いらっしゃいませ」

 丸メガネをかけたチョッキ服の老紳士が、作業台から顔をあげて挨拶した。

 茶色と深緑色をした落ちついた店内には、トランシーバーや電信機が並んでおり、天井からは巨大なアンテナがぶら下がっている。

 電子機器を扱う店というと、雑多でネジだらけの安いイメージか、青白い空間に整然と陳列されている高級なイメージがあるが……

『エイブ・ディ・カレッド社』は、アンティークな雰囲気を残しつつ、適度にジャンク臭もある良いとこどりの店だった。

 壁にかけられたレコードアルバムには、シックな黒ドレス姿の歌手 (名前はジル・ジーナという猫狼族だ)が描かれ、店内にはCMソングが流れている。


『エイブ・ディ エブリディ♪

 エイブ・ディ・カレッド〜

 毎日大切な人と連絡を取りたいなら

 エイブ・ディ・カレッド社へ!』


「当店は初めてでらっしゃいますね、お客様。失礼ですが、身分証を拝見させていただいてもよろしいでしょうか」

「あ、はい、どうぞ——」

 ノアに来てからずっとこんな調子だ。

 3人は自分の州身分証を店員に見せた。

 ショーン・ターナーはさらに【帝国調査隊】のバッジを渡し、身分を明かした。

「トランシーバーを2台ぶん購入したいんです。支払いは州のアルバ統括室にツケていただけますか」

「ふむ……」

 黒輪猿族の老紳士は、幾重にも折り重なった拡大鏡で、バッジ裏にある刻印を観察した。

 金色にきらめく星バッジには、『帝国』『ラヴァ州アルバ統括室』『帝国調査隊』の3つの紋章と、『ショーン・ターナー』の実名が、星屑よりも小っちゃく掘られている。

「……なるほど……いや初めて拝見します。アルバ様でしたか」

 彼は分厚い紋章事典を棚からひっぱり出し、微細なロゴの詳細を、仔細に確認してから——バッジを返却した。


「購入できますか?」

「ええもちろんです、ターナー様。失礼ですが念のため——もう一つ確認させて頂いてもよろしいでしょうか」

「な、何でしょう」

「まだまだお若いのでね。信用できないのでしたら、私のほうで保証してもいいですよ」

 ロビー・マームがありがたく懐から証書をひっぱり出そうとしてきた、が、カレッド社の老店員は片手で制した。

「アルバ様、その眼鏡は【真鍮眼鏡】かと存じます。わたくしに触れさせていただけないでしょうか」

 老紳士の、黒輪猿の長い尻尾の先端がクッと曲がった。

 ショーンは思わず、横にいる紅葉の顔を確認した。

 こんな新鮮な反応は久しぶりだ。すぐに紳士に向き直り——

「——いいですよ。慎重に持ち上げてください。変に力をこめないで」

 作業机に真鍮眼鏡をそっと置き、レンズとレンズの間にある鼻のツルを、指で押し上げるように指示した。

 この眼鏡を触らせるのは紅葉以来だ——彼女も固唾を飲んで見守っている。

 店員は、深く皺が刻まれた人差し指を差しこみ、そっと持ち上げようとしたが……眼鏡はその場からピクリとも動かず、完全に机と接地したままだった。

「なるほど……これが、例の『ルドモンドで最も重い鉱石よりも重たい』重さですか。……魔法のようです……」

 彼は心に感じ入るように感心し、アルバという存在を信じた。



「では、商品はこちらになります」

 カレッド社の紳士店員は、厳重に施錠されたガラス棚を開けてくれた。

 ショーンと紅葉は、トランシーバーの説明書きとカタログを交互に見つめ、現物を手に取って確かめた。


『グリズリー』……大型の遠距離、チャンネル登録数12個、長時間充電、11500ドミー

『エルク』……ラジオ付きの中距離、登録数8個、中充電、7500ドミー

『ムース』……中距離、登録数5個、中充電、5500ドミー

『カスター』……近距離、登録数5個、短充電、2500ドミー


「『カスター』2つでいい?」

「だめ! 『グリズリー』と『エルク』にしようよ」

「こっ……んな高いのムリだって! あとで絶対自分で払えって請求される!」

 ギャリバーの最新車種なみに高い値札をみて、ショーンは猿の尻尾を震わせた。

「そうですね。『エルク』と『ムース』でしたら、ノア地区内なら半分以上カヴァーできますよ。『グリズリー』でしたら全域に使用できますが、そのぶん荷がかさばりますので……」

 一番高額な機種グリズリーは、ズッシリと文鎮のように重たく、充電機の大きさも半端でなかった。(ちなみに充電機は別途費用がかかる。)

「そうだよ、【真鍮眼鏡】よりも重いよ、これ!」

「なんでそう及び腰なの? 連絡が取れるかどうかは大事なんだよ、命の値段と同じだよ!」

「うるさーい! 値段どうこう言うなーーっ、自分のサイフで払わないからって‼︎」

 ショーンと紅葉は、ジル・ジーナのCM曲よりも大音量で喧嘩していた。


挿絵(By みてみん)


「……お客様、そう焦らず……」

「ま、デカいのは司令官がひとり持っていれば通じますよ。雑兵はみんな近距離用です」

 アルバ様の醜態にさすがの老店員も慌てるなか、ロビー・マームは涼しい顔でアドバイスのウインクをした。

「ハッ、そうだよ——何かあったら警察へ連絡して、警察が持ってる大型機種でっ、電波を飛ばして貰えばいいさ……それで充分!」

「んー、わかった、じゃあ『エルク』と『ムース』にしてっ! さすがに『カスター』じゃ性能が弱すぎるよ!」

 なんとか交渉は終了し、購入するトランシーバーが決定した。


 紅葉のものは『エルク』。

 塗装は紅葉したカエデ色で、装備ケースの革も、同じ赤いカエデ色。

 右脚の外腿に吊り下げることにした。

 

 ショーンのものは『ムース』。

 塗装は少々濃いめの若葉色で、装備ケースの革は、服と同じベージュ色。

 左裏の腰ベルトに引っ掛けることにした。


 装備ケースはそれぞれ22ドミー。

 加えて『エルク』と『ムース』用の中型充電機を1台、1800ドミー。

 中型充電機『コブラ』は、トランシーバー専用の充電機械で、ご家庭にある給電機から電気をとれるほか、ギャリバーに繋いでも充電可能だ。


 紅葉は念願の携帯ラジオが手に入ってホクホクし、ショーンはげっそりしながら必要書類を記入した。

「ターナー様、信用勘定として1割ほど、この場で現金でのお支払いをお願いします」

「うぐっ、は、はい……」

「本体の1割のみで大丈夫です、ケースと充電器の分はおまけしておきますので」

 1300ドミーが、ショーンの長財布から飛び立った。

(合計、14844ドミーか……これって本当にアルバ統括室に払ってもらえるのかな……なんの連絡も入れてないし……いざとなったらフランシス様の靴裏にバターを塗るしかないぞ……)

 3月26日金曜日、時刻は昼の1時15分。

 キラキラした新品のトランシーバーを身につけ、ふらふらになって店を出た。

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