表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
246/339

2 金と歯車と台形の都市 ノア

 コンベイ警察署を出たショーンと紅葉は、街の屋台で串焼きと煮込み麺をつまんだ後、ニーナ号に給油し、せっかくだから歓楽市でショッピングもしていって……

 すっかり暗くなってからコンベイを経ち、州街道をぶっ飛ばし、ようやく本来の目的地が見えてきた。

「わ、夜でもだいぶ明るいよ……!」

「あれがノアか……。夜の州街道から見るのは初めてかも」

 3月25日森曜日、時刻は夜の11時に差し掛かろうとしていた。

 平らなラヴァ州の大地に、突如そびえる巨大な台形——

 そこは黒い煙が吐かれ、白いサーチライトが夜を切りさくように動いている。その光は、侵入者を監視しているのか、あるいは外客を歓迎する光なのか、何とも判断しがたい。

「……ビルが多いんだね……あんなに発展してるなんて知らなかったよ」

「ノアは土地が狭いぶん、上を伸ばしてくしかないからな……クレイトより開発されてるって意見も聞くし」

 ラヴァ州西部の田舎で、のんびり暮らして来た2人にとって、この都会の夜景は少々眩しい。

 巨大な歯車がギチギチと動き、夜でも鈍い金属音を立てているこの地区は、ラヴァ州でもっとも夜行性民族が多く住み、その数は脅威の3割を超えている。

 かつて【箱と歯車と台形の都市】と呼ばれたこの土地は、社会産業が変わるにつれ、徐々に名を変えて、今に至る。


【金と歯車と台形の都市 ノア】


 そう呼ばれる夜の都市は、大地の海原に停留する巨船のように、有然とショーンと紅葉の前に佇んでいた。


挿絵(By みてみん)




「さ、進もう、紅葉」

 ニーナ号をブロロロと操り、地区の入り口まで車輪を進めた。

 ノア地区——

 州都クレイトの東隣にあり、ラヴァ州のはじまりの頃から、州の右腕として発展に寄与してきた都市。

 同じくクレイトの西隣にあるグレキスが、農業と牧畜を生業とし、『衣と食』を支えた地区だとしたら、ノアは、工業と軍事を主業とし、『住』を培ってきた地区である。


 ノア山、あるいはノア岩盤と呼ばれる超巨大岩盤。

 高さは約300メートル、横5キロ、縦10キロ。横から見ると台形のかたちをした山のようなこの大岩に、古のラヴァ州民は、都市を形成することを選択した。 

 人が住むには広く、都を作るにはやや狭い。ろくに開墾はできず、積み荷を運び入れるにも、水を汲み上げるにも、多大な苦労がかかるこの大岩に、なぜ人々は移り住んだのか?

 ノア地区自体が、堅牢な城——防衛施設を担っているからである。

 古き時代の戦争中、ラヴァ州は何度も政府をノアに移転させた。政治機構を止めることなく戦線を維持し、抗戦し、勝利の面舵をつかみとったのだ。

 もし原初のラヴァ州民が、ノアに都市建設することを選ばなかったら——、

 今頃とっくに隣州に併呑され、ラヴァは歴史の海に沈んでいただろう。


「えーと、どこから入るんだっけか……」

「案内板があるみたい。ショーン、真鍮眼鏡で読んでみてよ。ほら、ピカーって光るんでしょ」

「あー……あそこか! 街灯もないなんて不親切だなあ。夜に入らせる気ないだろ」

 州内でもっとも防衛設備に優れたノアは、今でも変わらず警備が厳しく、この地区に出入りするには、東、西、南にある入り口門から、必ず州の身分証を見せる必要がある。

 他の地区では、州名簿の登録なしで一生を過ごす者も多いが、ノアの住民は、上記の理由により97%が登録している。

「そういや、紅葉って州名簿に登録してるんだっけ?」

「うん。州名簿に載ってないと、ギャリバーの免許が取れないもん。ターナー夫妻が後見人になってくれたから、すぐに登録許可もおりたんだけど……、私みたいな身元不明人は、本当ならもっと時間かかるみたい。何年も真面目に働いてね」

「ふーん、……そっか」

 春夜風に吹かれ、少ししんみりしたところで、東の門が見えてきた。

 さすがに門前には街灯が立てられ、左右から門の外観を照らしている。

「………………っ‼︎」


 門の上から、吊り下がっている人間がいた。

 頭を下にし、力を失い、僅かにユラユラと揺れている。


 紅葉は蒼白し、ニーナ号をギャギャギャッ——‼︎ と悲鳴のような音を立てさせた。


「……ショ、オオーオ……ンッ‼︎」

 紅葉がわなわなと振り向いてショーンの方を向いた。

「紅葉、落ち着けっ——!」

 ショーンが、サイドカー席から身を乗り出し、紅葉の背中と肩を抱いた。

「——あれま、どうしたい、お客さん。死体でも見たような顔しちゃって。ヒャッヒャッヒャっ」

 それは門に吊り下がった死体……ではなく、背蝙蝠(せふくろう)族の警備員の男が、ニチャニチャと笑っていた。



 背蝙蝠族、夜行性。

 彼らはコウモリらしく、頭を下にして、ぶら下がった状態が一番落ちつく民族である。

 睡眠中や食事中もぶら下がり状態でいるらしく、家でも仕事場でも、彼ら専用の捕まり棒の上で生活している。

 警備員の彼もまた、門の棒にぶら下さがり、馬車3つぶん上の高さから通行客を監視していた。

「ンーじゃま、証明書を拝見しまヒョか、お客さん。2人とも見せて」

 警備員の男が頭をカリカリかき、ショーンと紅葉に指示した。(彼のフケがパラパラとギャリバーの車体にふりかかり、ニーナはご機嫌斜めになった)

「紅葉、ほら、証明書は?」

「う、ん……大丈夫、おサイフにはいってる」

「ほほーう、お2人はサウザスからネぇーっ。夜逃げかい? ヒャッヒャッ。追加でギャリバーの証明書もあるかヒ?」

「えーと、確かサドルの下に入れてたっけ。ちょっとどいて、紅葉」

 まだ心が戻らない紅葉に代わって、ショーンが対応した。

「フむ、【A−27型 ニーナ】……今月にドップラーの倉庫で購入。元所有者はカランダッシュ、中古品っと。ほいほいOK、通ってヨシ!」

 ショーンは、腕を頭上に伸ばし、警備員からカード紙を返してもらった。


「……ギャリバーまで調べるなんて、厳しいんですね」

「んまーなっ、サウザスで事件が起きたせいで、上からのオタッヒよ。おかげで仕事が増えてヒーヒーよう。さすがに昼間の警備員は増やしたけども、夜警備はそのままんでネ。夜がいっちゃんキケンだっつのに、上のやつぁ分かってねぇーなー」

 コウモリの彼はおしゃべりのようだ。後続車も来ていないし、もう少々聞き込み調査することにした。

「サウザス事件……僕も故郷がああなってしまって大変でしたよ。ノアの様子はいかがです? 治安とかは変わりましたか」

「ははーん、ノアもそりゃーヤッベェぞ。金持ち連中がキリキリひてりゃあ、『大工事のせいで人がいっぱい入りこんでる! コトが収まるまで工事中止したまえ‼︎』ってんで、州議会で紛糾してるネェー、いつ収まっかは誰も知らんニョに」

「……犯人が全員捕まったら、おさまりますよ」

「ヒャッハッ、そんなんいっつすんだい! ちゅーかもうムリだろ、州外に逃げちったんだから! ヒャッヒャッヒャっ」

 警備員は笑い転げて、ブランコのように自分の体を漕ぎ始めた。

 彼の頭がグングン揺れる下を、ブロロロ……と、ゆっくりノアに向けて進むと、


「おっーと、ちょい待ちちょいマチ、お客さん! ギャリバーは通行料もいるのヒョ。払ってちょ」

「ええっ、ドミーを取るだって⁉︎ そんなの知らないぞ!」

 ショーンがノアに来たのは、人生で3度ほど。

 1回目は赤ちゃんの時で覚えてない。2回目は家族につれられて小旅行。3回目は魔術学校に入る直前に、クレイト市に行った帰りに寄った。いずれもえっちらおっちら、ノア岩山の斜面歩道を数十分かけて登ったものだ。

「ギャリバーは上がるのに電動昇降機を使うのヒョ、そのお代金ネ。タダで入れるのは人間だけ」

「え、ええぇ、そんな……いくらです?」

 冒険は、すべての旅路にお金がかかる。

「1台30ドミー、2台だと割引して58ドミーっひゃ」

「さんっ、——じゅう⁉︎」

 ノア地区は、もっともセキュリティが厳重で、もっとも金持ちが住まう土地。

 そして、もっとも金がかかる土地だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ