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1 行こうノアへ、その前に寄り道

【Adventure】冒険


[意味]

・冒険、冒険旅行、非日常な体験

・予期せぬ出来事、ハラハラする体験、危険をおかすこと


[補足]

ラテン語「adventurus (出来事がまさに起きようとしている)」に由来する。冒険…! これほどワクワクし、心ときめくものはない。ベンチャー企業を表す「venture」も、冒険を意味する言葉である。三輪式軽自動車ギャリバーを発明したキンバリー社も、約40年前はベンチャー企業であった。今ではルドモンド大陸一の大企業だ。





 赤土と黄土色の風が交互に混じる、ラヴァ州街道。

 古くは多くの物資が馬車で運ばれ、人々が行き来し、地区と地区の間には、にぎやかな宿場村が形成されていた。

 鉄道が開通し、風来の健脚たちが鋼鉄の車輪に置き換わった今では、わずかに家の瓦礫が残り、土ネズミと野盗が住み着くのみだ。

「うん! 順調、順調っ」

 紅葉は汗をかき、気絶した5人の盗賊たちを、手持ちの麻縄できつく縛り上げた。

「はぁー、時間がないってのに……どこかで通報しないと」

 腰上に【帝国調査隊】の星バッジを光らせたアルバ様は、突然降ってわいた仕事に、うんざりと肩を落とした。


 人からギャリバーを奪い、闇市場に売りさばく窃盗団『煤塵(ばいじん)団』——

 普段は州警察が巡回し、厳しく取り締まっているため、そうそう出くわすことはないが、それでも月に十数件は被害が出てしまう。

 ショーンと紅葉も、ティータイム休憩中に強襲されてしまったが、カップのお茶が冷めきる前に、呪文と腕力でねじ伏せた。

「もしかして、州警察の警備が手薄になってるのかな。サウザスとトレモロに、そうとう人手を割いてるらしいし……」

 今いる場所は、グラニテとコンベイの中間地点だ。ラヴァ州全7地区——トレモロ、サウザス、グラニテ、コンベイ、ノア、クレイト、グレキスの中央部にあたる。

 ここからもう少し東にいくと、《ジーンマイセの丘》や、ユビキタスの護送中に仮面の男に襲撃された地点に着く。

「……通報の件だけどさ、やっぱりトランシーバーは必要だと思うの」

 紅葉は、盗賊2名を昏倒させた【鋼鉄の大槌】を地面に刺し、ショーンのほうに顔を向けた。

「うん……ノアについたら買おうか」

 気の進まない声でショーンは答えた。

「もちろん1台だけじゃ足りないでしょ。私とショーンで2台は必要、あ、最近じゃラジオ付きのもあるんだよ。1台はそれにしよう、情報も仕入れなきゃ」

「2台も——ラ、ラジオ付きっ?……いったい幾らになると思って……」

 ご家庭に普及している電信機とは違い、携帯トランシーバーはまだまだ高価だ。窃盗団『煤塵団』を最低7回は捕まえないと、報奨金でペイできない。

「まずいよ、稼ぐ以上にお金が飛んでくぞ‼︎」

 ショーンは、トレモロ滞在時から薄々感じていた疑念と不安を、ここで一気に噴出させた。


 冒険は——お金がかかる——という事実。

 

 予測不可能な事態が多く、解決には逐一お金がかかってしまう。生活すべてに余分な金がかかり、宿泊代は定住費より高い。

 名のある冒険家はみな例外なく、冒険前に、家財を売って纏まった金を得るか、死にもの狂いでパトロンを見つけ、資金のアテを捕まえてから出発したものだ。

 だが物語になるのは、いつだって冒険時の英雄譚のみ——出立前の苦労はいっさい描写されない。ドミーの湧く泉の確保は、怪物退治より困難を極めると、読者は知るよしもない。

『【帝国調査隊】の活動は、私にとって仕事でなく、趣味の一環でやるものだ』

 帝国調査隊という概念をはじめて作ったアルバ、森栗鼠族のパーシアス・ミケネは、インタビューでそう答えた。大富豪の子として生まれ、騎士として育ち、冒険家として数々の功績を残した、その彼の晩年は、信じられないほど小さく粗野な、掘立て小屋に住んでいた。


「うわああああ、金だあああーーっ、カネを稼ぎたいぃいい!」


 ショーンが大地に吠えた。そんなジリ貧の彼が今から向かうのは、

【金と歯車と台形の都市 ノア】

 ラヴァ州でもっとも、ドミー硬貨の匂いがする地区である。





「お久しぶりだね、アルバ様。トレモロでは神殿を破壊したそうだな、コンベイでも噂になっているぞ」

「してません! あれは……あれは老朽化による事故です! 信じてください、警部」

「ちょっと、『信じてください』は嘘をついてる人のセリフだよ、ショーン」

「うるさいな!」

「ハハッ、2人とも元気そうで何よりだ」

 ダンロップ警部は肩を揺らし、書類にササッと書き込んだ。


 ショーンと紅葉はあれから結局、時間が無いなか進路を変えて、盗賊団を通報するべく、コンベイ地区の市街へ向かった。これで予定時刻を2時間ロスだ。

 警察署にはちょうど、サウザス事件のとき世話になった、岩牛族のロクサーヌ・ダンロップ警部がおり、彼女が調書をとってくれた。

「警部、あれから身辺で変わったことはありますか? トーマス・ペイルマン氏の様子はいかがです?」

「さあて……あの日以降、会ってないからな。病院で仕事をしてるんじゃないか。ああ、経営者のパノーノフ氏が、彼が治癒を失敗して顔面が緑色になったと訴えてきたな。それぐらいだ、大したことない」

 ダンロップ警部から梅昆布と雁竹茶をいただきつつ、2人は夕飯前の空腹をおさえた。

 3月25日森曜日、時刻は18時15分。ノアに着くのは深夜になりそうだ。



「そうだ、ノアに連絡を入れなくちゃ……僕たちトランシーバーが欲しいんです。この辺りで、なるべく安く売っている所はありますか?」

「トランシーバーだと? コンベイで買う気か? お薦めはしないな、内部をいじったジャンク品が多すぎる。我々警察はいつもクレイトで購入している。ああ、ノアでもいいぞ。エイブ・ディ・カレッド社の正規品が売られているはずだ。地区の南東にある」

「は、はい!」

 トランシーバー機のメーカー名なんて初めて聞いたショーンは、あわてて店の住所をメモした。

 その間、紅葉がぐっと声をひそめるように、ダンロップ警部に質問した。

「——警部、トレモロ警察のエミリア刑事が、あなたを尊敬してるって言ってました……。何かご存知のことはないですか?」


『貴方たち、ダンロップさんにお会いしたんでしょ、コンベイで。あの人すっごく強いの、かっこいいでしょ! 同じ牛族として憧れちゃう』

『えっ、と、岩牛族のダンロップ警部? うん……素敵な人だった』

『でしょう?……アタシ、彼女を目指してるんだ』


 留置所で聞いた、あの言葉……ずっと紅葉の胸に引っかかっていた。ここでコンベイのダンロップ警部と再会できたのは、ちょうど良かったかもしれない。

「トレモロ警察のエミリア……? 誰だったか……ああ、ひょっとしてトレモロ町長の娘か。そう、エミリア・ワンダーベルか、無事に刑事になったんだな」

「ぶじに?」

 ダンロップ警部が慈母のように笑う前で、紅葉はさらに肩を落とした。犬がものを食べる時の角度だ。

「私は毎年、クレイトの警察学校に、2週間ほど訓練実習を教えに行くんだが、数年前に教えたことがある。彼女は……そうだな、下手くそだった。お嬢様らしく軟弱に見えた。これでは仮に卒業しても、警官試験に合格できないと思ったよ。だが、昼夜厳しく教えた結果、2週間後には見違えるほど成長していた。うん、あれは私にとっても良い経験だった」

 ダンロップ警部は腕をくみ、瞳を閉じて、ひとりごちるように思い出に浸った。

 一方、紅葉は苦い唾を飲みこみつつ、また尋ねた。思い出を壊さぬよう、慎重に。

「ラン・ブッシュと、フェアニスリーリーリッチについてはご存知ですか。——エミリアの友人です、一緒にいたはずです」

「ああ、うーん……そうだな……その2人か。あの子たちはエミリアよりも優秀だった、すばしこく目ざとく、身体能力も高かった。……だが警察に求められるのは不動不屈の信心。気移りの多い者には向かない。今は確か、どちらとも警官ではないだろう、必然で致し方ないことだな」

「気移り……ムラっけとか、気分屋ってことですか?」

「そう見えたね。2週間ほどで観測できた範囲では」

 ロクサーヌ・ダンロップ警部は首をふり、調書を終えた。

 ショーンは警察の電信室を借り、ノアで待つ人物に、時間を変更してもらうよう連絡を掛けていた。

 紅葉は廊下で【鋼鉄の大槌】をつかみ、エミリア・ワンダーベル、ラン・ブッシュ、フェアニスリーリーリッチの3人のことを考えていた。

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