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【星の魔術大綱】 -本格ケモ耳ミステリー冒険小説-  作者: 宝鈴
第39章【Shaver】かみそり(ノアの大富豪の怪異 ①冒険のはじまり編)
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6 ありがとう、トレモロ

「はーっ⁉ ヌード雑誌20冊分のドミーを払うんですか? この僕が⁉︎」

「ええ、キキーラという女性が根こそぎ購入していきましたわ。親愛なるアルバ様が支払って下さると」

 重犬族の会計おばさんが金縁眼鏡を光らせながら、キヌチェクの雑誌名が丁寧にかかれた一覧表を差し出した。『魅惑の砂犬族キヌチェク、甘美なベルベットに溺れて』『砂漠の宝石キヌチェク、艶尻と薔薇風呂とともに……』等々。

「一冊12ドミー!? あんなに薄いのに?」

「人気モデルですからネ。『木こり達にも届けるから安心して』と、伝言もいただきましたわよ」

 ショーンは眩暈をさせながら、サッチェル鞄から長財布を取りだし、入院費に加えて、しぶしぶヌード雑誌代も支払った。

 これにて、トレモロに関するクエストは全て消化しきった。……ショーン本人は、木こり族長ジャノイとの約束を、最後まであずかり知ることはなかったが。

 3月25日森曜日、午前9時20分。

 トレモロ到来から9日目の朝を迎えていた。



「あーよかった、ショーンさんに会えたーっ。もう行っちゃうなんて寂しいですよ〜」

 退院の手続きをしている最中、木工職人にして親友リュカの妹、マチルダ・マルクルンドがお見舞いに来てくれた。(じつは昨日の夕方も来てくれたのだが、ショーンは眠っていて会えてなかった)

「あれっ? なんだか顔色悪いですねぇ〜、やっぱ退院はまだ早いんじゃ……」

「……ダイジョウブ、入院費が嵩んじゃって……それより世話になったね、マチルダ。君がいなかったら事件は解決してなかったかもしれない。感謝してる」

「いえいえ! 昔からお兄ちゃんがお世話になってますからっ」

 マチルダが太陽の笑みを浮かべ、トレモロの未来を明るく照らした。


「そうだ、リュカといえば! これからはこの短刀、もっと大切にするよ。こいつに命を救ってもらったんだ」

 ショーンは鞄から装飾入りのナイフを取り出し、マチルダに見せた。以前リュカから、ユビキタスの護送に行く際に、お守りとしてもらったものだ。

「へー、お兄ちゃんの制作にしては上手にできて……あっ、アカンサスの花が彫ってあるんですね。『建築』とか『芸術』を表すお花なんですよ、綺麗ですよね~」

「……建築?」

「はい。綺麗なのに、すごくトゲトゲしてて『棘』って意味もあるんです。アザミに似てるから『葉アザミ』とも呼ばれてますし、葉っぱがすごく大きいから、『熊の手』っていう異名もあってー」

「建築、芸術、アザミに、熊の手……ね」

 ゴブレッティ家、エミリア、キキーラ族長の顔がちらついた。何となく、トレモロに来てから出会った人たちを、表すような花だった。

 故郷サウザスにいるリュカと、トレモロの町民たち、ルクウィドの森の民たちを順ぐりに思い出していき、柄に掘られたアカンサスの花びらの曲線をそっと触った。

 エミリア刑事との死闘の際、サッチェル鞄の中に入れっぱなしで後悔した、この短刀ナイフ——

(いつか呪文が使えなくなった時、このナイフが生命線になる時がくるはずだ)

 ショーンは改めて、腰のベルトにぎゅっと差しこんだ。



「今日でノア地区に行っちゃうんですか? ショーンさん」

「うん。ギャリバーでそのまま出発するよ。今、紅葉が宿まで取りに行ってるんだ」

「やだ、そうそう。あたしってば、すっかり忘れてましたよっ」

 マチルダが慌てて、自分の胸ポケットからゴソゴソ取り出したのは……、

「イシュマシュクルの写真ですっ! 神殿から数枚持ち出してたんです。何か証拠になるかもって」

「写真? そんなのが残っていたのか?」

「やっぱ、御本人にお返しした方がいいですかねえ。でも、ガサ入れしたのがバレちゃいますし、本人は全部燃えたって思いこんでますから、このまま隠蔽しちゃった方がいいんですかねぇ~」

 それは、イシュマシュクルとお偉いさん方の、笑顔のツーショット写真だった。

 前神官長ボラリスファス、前警察署長ビシュ・イザ、現町長ヴィーナス・ワンダーベル……

 裏に日付と名前が書いてあり、ほとんど7年以上前のものだ。

 それぞれ神殿、図書館、役場で撮られている。

 ——ふと、トレモロ地区ではなさそうな、見慣れない場所で撮られた写真を1枚みつけた。



「それ、例のあの人ですよ。キアーヌシュ・ラフマニー」



「————!」

 こいつが。

 ノア地区の大富豪で、大工事の発起人。

 日付は……8年前、皇歴4562年9月7日。


『キッ……キアーヌシュぅううう! あ、あの哀れな老人ですかな! 何の商才もなく、教養もなく、たまたま偶然キンバリー社の真向かいに住んでただけで大金を手にした……! ダマされて富豪になってしまった、ロクに文字も読めなそうな……見栄と教養だけが取り柄の金持ち連中と、金の亡者どもに取り囲まっれて、可哀想に、んはあはははっ……‼︎』


「あいつ……もともと交流があったのか……!」

 優しそうな顔の老人だった。柔らかそうな髭が顔全体から生えている。

 手足が長く、背が低いわりに顔が大きい。みた感じ、腰猿(こしざる)族のようだ。

 イシュマシュクルと握手しながら、小さな円形の部屋に立っていた。壁全体が本棚となっており、円周に沿ってギッシリと本が詰まっている。


「ここって多分、大富豪キアーヌシュの私室だと思いますっ。ノア地区にある時計塔の、最上階に住んでるそうですよ。『入室厳禁!!』で、秘書サンしか入れないってウワサです。メディア非公開なので、内部写真も出回ってないんですけどー、木工職人たるあたしはピンときましたよっ」

「分かった。——ゴブレッティの設計だからだろ?」

 ショーンはうんざりして当てにいった。もうゴブレッティ建築はコリゴリだ。

「ぶっぶー! 2代目のマーチウスが、時計台の彫刻に関わってますけどぉ、時計塔の設計とは別ですっ。塔はもーっと昔からあるものですから」

「へえ、そうなんだ」

「まあ、今度の大工事でぜんぶ取り壊しになっちゃいますけどー……あ、紅葉さん!」


 紅葉が、レモン色のギャリバー【ニーナ】に乗って、迎えにきた。

 ニーナの背中には【鋼鉄の大槌】と、冒険の荷物が積んである。

「さ、乗ってショーン、出発するよ!」


 ショーンは最後にマチルダに向きなおって忠告した。

「マチルダ、今までありがとう。君のほうからイシュマシュクルには接触しないでくれ。テオドールも! 僕たちはいったんノアに行くけど、必要があったらコッチに戻って調査するから。また君たちが危険な目にあったら困るよ!」

「ふっふっふっ、ご心配なく。スパイ活動はじゅーぶん思い出になりましたから、深入りはもうしませんよっ。テオドールさんと一緒に、一流の木工職人になるのが、あたしの一番の目標ですからね!」

「うん! また建築の知識が必要になったら、その時は頼んだ!」

 ブワッとしたベージュ色の服をひるがえし、ショーンは、紅葉の隣のサイドカーに飛び乗った。

 ピカピカに磨かれ油が注され、ようやく出番がおとずれたニーナ号が、トレモロの大地を、ドゥルンドゥルンと陽気な音をたてて発進する。


「ありがとう、トレモロ! お世話になりました!!」


 病院の玄関で、マチルダが両手を振って見送った。

 玄関にはもう1人、デヴォラ看護師も見守っていた。

 2階の病室から、ヴィーナスとロイが笑顔で手をふり、別の部屋からはエミリアがこっそり覗いている。

 紅葉とショーンが乗ったギャリバーは、木工所の敷地を飛び出した。

 北南のトレモロ街道と、東西の州街道の十字地点に、旧ゴブレッティ邸が見えてくる。

 そこでは、アンナ、テオドール、アルバート社長が喧々諤々の討論をしていた。

「だーかーら、そんな予算じゃ良い物はできんと言ってるだろう、小娘!」

「ですからッ、そちらの余計な工程は社長の勝手なご希望でしょう、そちらで資金を出すべきでは?」

「父さんも、アンナさんも、いいかげんにしてくださいよ……!」

 3人が道端で揉めているところを、苦笑しつつ横切った。

「ふふ、燃えた神殿も見てく? ショーン」

「いいよ。ノア地区はギャリバーだと遠いんだから。予定の時間につかないよ」

「了解っ……と!」

 紅葉はギアを1段上げ、エンジンをドッと噴かした。

 荒野をつらぬく州街道を、煙をなびかせ、全速力で駆け抜けてく。


 秘密の隠し部屋にあったゴブレッティの設計図、タイトル【Noah(ノア)】。

 盗んだのは、ノア出身で【Fsの組織】の一員、雷豹族のラン・ブッシュ。

 Noahの設計図は、ノアの大工事に関係している?

 大富豪キアーヌシュは、組織の元締めか? それとも——


「謎を解きに、行こう——ノアへ」


 今日は3月25日森曜日。

 木の芽を鳴らす春風が吹き、森の木々がざわざわと鳴っている。

 ルクウィドの森全体が、出立を見守ってくれてる気がした。

 そして森の奥では……



「——って感じでな、赤いアザミがどうたらって、呪文を唱えたら、血みてーに真っ赤なトゲの光が、ズババババンって女の体に刺さったんだよ!」

 狩人集落のど真ん中、巨大な大樹の幹の下で、若頭のレシーが身振り手振りをまじえて、『魔術師の呪文を目撃した話』を披露していた。

 小さな子供らは真似して「ズバババン!」と遊んでいたが……大きくなった者たちは、耳にキノコが生えるほどうんざりしていた。

「もう何十回も聞いたよ、レシー! もういいって」

「そうだそうだ、せめて別の話をしろや!」

 周りが文句を囃し立てる中、族長ドンボイだけは、酒の肴にしながら愛息子のハナシに聞き入っていた。

「バッカモン、お前たち! 良い話は何十回聞いてもいいんだぞォ——おおキノコの! お前さんは初めてだろう、我が息子の話を聞くがいい。きのう町から仕入れてきた、とっておきだぞい!」

「へえー……どんなお話ですか? 興味深いな」

 行商に来ていたキノコ売りが、キノコの籠を置いて、族長の隣に座った。


「ふっふっふ、聞いて驚くなよ、魔術師のハナシだ」


 キノコ売りは、目が覆われた黒い衣から、驚いた口を覗かせた。

 その顔が、森で幾度となく呪文を使い、

 狩人たちに不審な鳥族だと目撃された張本人だとは、

 四輪自動車に踏み荒らされた菌輪だけが知っていた。


挿絵(By みてみん)

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