表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【星の魔術大綱】 -本格ケモ耳ミステリー冒険小説-  作者: 宝鈴
第39章【Shaver】かみそり(ノアの大富豪の怪異 ①冒険のはじまり編)
243/339

5 真昼の逃避行と深夜の指令

「見てくれよ、ロナルド! バッコウ山がよく見える!」

 安いランクの宿とは思えない極彩色の風景が、錆びれた窓枠いっぱいに広がっていた。

 紅、群青、藍、茜、白銀、金色、濃紫……黄色と緑の木々でできたバッコウ山に、色とりどりの花茶葉が植えられ、これぞファンロンの自然美を物語っている。

 エミリオは、長らく牢獄に監禁されて、久々に青空を見た囚人のように、窓にもたれかかり春のバッコウ山を眺めていた。


「いいけど、移動できるのはここまでだぞ。ドミーも葉っぱももう尽きた……ここが最後だ」

 サウザスから逃避行して6日目。

 ファンロン州は、ルドモンド大陸の20州の中で、もっとも面積が広い州だ。慣れない道のりに大苦戦し、積んできた燃料、食料もすぐに枯渇した。証明書が出せない中、店員に賄賂を渡し、騙しだましやってきたが……ここが限界だった。

 ロナルド・メンデスは、万事休すとばかりに、部屋に1つしかないベッドへ腰かけた。

「いいさ。ここまで来れたら歩いてでも行けるよ。10時間くらいで着く。近所だ」

 エミリオは狭い部屋でスキップでもするかのように、砂鼠族の長い尻尾を振った。大瓶ごと盗んできた薬品のおかげで、火傷の痕は徐々に良くなっていたが、その薬品も今日で尽きている。

 宿の窓から見える山々は、彼らの行く末をよそに、絶景を映し出していた。


 高級茶の生産地で知られる、バッコウ山。

 その奥地にある、薬の調合を生業としている村、ペンウェン村。

 それら山と村との間に、藪に囲まれてひっそりと存在する名前のない集落——


「そこが目的地だよ。バッコウ山は観光客こそ多いけど、それは表側……。ペンウェン村に続く奥地は、州政府から管理されてて関係者以外入れないんだ」

「では我々も入れないだろう。ゲートでも突破する気か?」

「いいや、山の茶屋に協力者がいる。関係者にしてもらえるんだ。観光客にまじって、そこまで行かなきゃいけないけどね……ふふふ」

 エミリオは、ベッドに腰かけるロナルドの前に、膝をついて微笑んだ。

「はぁー……バッコウ山はいつだって混んでるぞ……しかも今は春先だ。さぞかしツアー客も多いだろうな」

 10年以上前に味わった混雑を思い出し、苦汁をなめたような顔をした。


「ここまで連れて来てくれて、ありがとう。ロナルド」


 エミリオは、彼の脚に尻尾を巻きつけ、両手で彼の頬を包み、キスをした。





「ロナルド先生が同性愛者だっていうの?」


「うん。けっこう重要な事実だと思う」

「そうかなぁ……。恋愛の形は人それぞれで……」

「だ、か、ら! エミリオがただの友人じゃなくて、恋人になったかもしれないんだ。友人じゃなくて『恋人』だよ? この差は大きいと思う。恋人って恋人の為なら何でもするんだ。エミリア刑事の暴走を見ただろ」

「……あー、んー、そっか……そうだね」

 紅葉はがっくりと体を曲げ、疲れた顔を見せていた。ショーンは遅くなった夕食をもりもり食べ、お代わりまで平らげている。

 3月24日風曜日、深夜11時。

 充分な寝食をとってツヤツヤになってきたショーンと違い、紅葉の瞳にはクマができ、頬も痩せこけていた。


「ずっとコリン駅長を探してるのか、どうだった?」

「ぜんぜん。警察もずっと捜索しているし、レイクウッド社の人も手伝ってるけど……」

 木工所の敷地内には、作りかけの家や、資材の詰まった納屋が点在しており、隠れ家としてはオアシスだった。

「フランシス様が一帯に呪文をかけて探したし……きっともう居ないんだよ。そもそもガセ情報だったのかも」

「それでも……何か残ってるかもしれないじゃない!」

 紅葉は、ショーンのお盆からリンゴをとり、ひとくち齧った。季節外れの庭リンゴは苦く、えずきそうになりながら噛んでいた。

「こっちのベッドで寝なよ、紅葉。僕は来客用のベンチで寝るから」

「えー……無理だよ、そん……な……」

 赤いリンゴは紅葉の手から滑り落ち、コロコロと床を転がった。紅葉の体が傾き、崩れそうになるのをショーンは手を伸ばして支え、自分が今まで寝ていたベッドへと寝かせた。

 温かい羊の匂いにいざなわれ、紅葉は眠りの海に水没していく。

 ショーンは落ちた林檎を、猿の尻尾をニュッと伸ばして先端でつかみ、そのまま器用に尻尾をくねらせ、ゴミ箱へ捨てた。

 相棒をベッドで寝かせたアルバ様は、厚手のローブを羽織り、そのまま病院の電信室へと向かった。

 電信室は受付でお金を払うと使える仕組みだ。ショーンは1時間ぶんのドミーを支払い、誰も居ない静かな個室に腰かけた。

『もしもし、ラヴァ州アルバ統括室ですか。フランシス様にお繋ぎ下さい。ショーン・ターナーです』


 この時間にも関わらず、電信はスムーズに目的の人物につながった。

『やあ、ショーン。ごきげんよう。羊のくせに夜更かしだな』

『フランシス様。僕はもう回復しました。次の指令をください』

 ショーンは、すでに淀みなく暗号電信を打鍵していた。

 四角塔の最上階で、上司は濃赤のルージュを一笑させた。シルクのドレスをまとい、サクランボをいれた蜜月茶をカクテルグラスで飲みつつ、満月湖を見下ろしている——。


『いいだろう。ノアに行きたまえ』

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ