5 ショーン・ターナーの1週間・2回目
ショーン・ターナーは風曜日にトレモロ町に着いた。
森曜日にルクウィドの森へ入り、
金曜日にヴィーナス町長から依頼を受け、
銀曜日にオリバー設計士と会話した。
火曜日に木炭職人に助力を請い、
地曜日にエミリア刑事から命を狙われ、
——そして水曜日、上司フランシスに再会した。
「フランシス様……わざわざ来て下さったんでう……ゴホッ」
「まだ痛そうだな、ほれ」
フランシスは片手で治癒呪文をかけながら、病院の丸椅子に、女王の玉座のごとく腰かけた。
ショーンの体内は、全身を釘で打たれるような鈍痛から、オナモミ程度のチクチクに変化した。
「あとは自分で何とかしたまえ」
「ありがとうございます、なぜ直々にあなたが……」
「ふむ、君の動向は『マジリコ通販』にも注力を頼んでおいてね。おかげで今日の昼、白猫のロンゾから連絡があった。なんと『トレモロ神殿内で、犯罪行為中』だと! すぐにクレイトから飛んできて正解だったよ、フフフフ」
「ッ——それは理由が! っ痛てぇ」
「大丈夫、証拠は全部燃えたさ。そんなことより——」
【塞げ、大地を覆う羊の花よ。 《イントレラビリス・バロメッツ》】
病室内に防音呪文をかけられた。ギチィと、丸椅子の金属音が鳴る。
「聞かせてもらおう、あれから何があった」
フランシスへ暗号通信で報告した翌日、3月22日地曜日の朝。
マチルダが、地下倉庫にあるトレモロ図書館の『設計図』を調べれば、図書館の隠し部屋の場所がわかり、盗難された『設計図』の謎も解けると推理してくれた。
地下倉庫に入る許可を得るため、図書館長兼神官長イシュマシュクルを探したが、彼の姿が見つからず……もともと彼を疑っていた事もあり、神殿の私室へと潜入した。
そこで『マジリコ通販』の営業販売員・白猫のロンゾと鉢合わせし、神官長様が温泉のVIP室でサボリ中との情報を得た。
すぐさま温泉施設『ボルケーノ』に向かい、イシュマシュクルと会合し、地下倉庫の鍵を “貸して” もらった。
温泉から出たあと、駅の近くでラルク刑事と再会し、ゴブレッティ家についての資料をもらった。そこでロイ・ゴブレッティの双子の弟ツァリーが、長年隠匿されていたと秘密を知った……。
あちこち回り道をしてしまったが、ひとまず当初の目的である図書館へ再訪し、司書メリーシープの案内で地下倉庫へと入室。図書館内の『隠し部屋』の場所がどこか解けた瞬間、襲撃を受けて昏倒した——
——意識が解けたら、両手足を縛られ、エミリア刑事に、神殿の『隠し部屋』であるサウナ室に監禁されていた。
彼女は右上腕に【Fsの組織】の刺青を入れており、
図書館の隠し部屋にあった秘密の『設計図』の盗難犯であり、
ショーンをサウナで焼き殺し、
自らの命をもって武勲を果たそうとしたのだった——……
「結局エミリア・ワンダーベルが犯人か……今すぐ警察に通報するかね」
「いえ!……【組織】とのパイプ役をみすみす逃したくはないです。このまま泳がせ、スパイになってもらうという選択も取れるかと」
「ほほう、スパイ! さすが悪童スティーブンの息子だな。良い悪知恵が働くじゃないか」
フランシスは肩で笑いながら、爪をいじった。
「エミリア自身は組織の人間ではありません。【Fsの組織】に属しているのは、彼女の交際相手で、雷豹族、マナの多量保有者で呪文が少々使えます。おそらく警察の人間かと——」
ショーンが、エミリア刑事の『影にいる人物』の特徴を伝えたとたん、病室の空気がぐらりと揺らいだ。
「そこで起きているんだろう。立て、紅葉くん。君の知ってることも報告したまえ」
ベンチで静かに聞き耳を立てていた紅葉が、ショーンのベッドの裏から、のそりと起き上がった。
「はい……昨日の夜、ショーンが警察暗号を教わっている間……私はギャリバーカードの盗難犯の疑いをかけられ留置所に入れられました。そこでエミリア刑事と会話して——」
エミリアは留置場内で、アルバらが持つ【Faustusの組織】の情報を聞き出そうとしてきた。しかし紅葉が拒否したため会話は決裂。エミリアは怒って去った。
翌朝ショーンと合流し、しばらく共に捜査を行っていたが、温泉施設『ボルケーノ』にて、男女に分かれて行動することになった。
紅葉とマチルダは女風呂にて、エミリアが風呂屋の常連客であることを知った。さらにギャリバーカードの盗難犯が逮捕されたと知り、菓子屋『グッドテイル』へ急行することになった。
紅葉らは、あくまでエミリアを探すべく行動していたが……なぜか菓子屋内に集まった、エミリアの双子の姉アンナと、オリバー設計士との関係に巻き込まれていった。
アンナは長年「オリバー設計士が自分の父親でないか」と疑っており、以前ショーンにも調査するよう依頼していたのだ。
結果——昔メイドを勤めていたライラック夫人によって、オリバー設計士が、22年前に死亡したロイ・ゴブレッティその人であることが判明した。
さらに名探偵マチルダの推理により、かつてのゴブレッティの屋敷には、障碍者を隠して育てるための部屋——『失望の部屋』が存在したことが暴かれた。
ロイの生まれた年と、ゴブレッティ邸の建設時期から考えると、
失望の部屋の主は、ロイと生まれた年が同一の子、
すなわち「双子」だと推測された——……
「ショーンはそのとき名前を知ってたんだね。22年前、ロイの代わりに死んだ人」
「ああ。双子の弟・ツァリーだ」
「ロイとツァリー……いったいどんな人生だったんだろう」
ショーンと紅葉はしばし俯き、在りし日のツァリーを想い、デズ神に祈りを捧げた。
「はん、死体を調べりゃ別人だと分かるだろうに。とんだ無能警察だこと」
この場で唯一思い入れのないフランシスは、爪をいじりながら悪態をついた。
「事前に双子だと知っていればそうですが……存在を知らなければ、ロイ本人だと疑う余地はなかったのかも」
ショーンはそんな擁護をいれつつも、アルバート社長が警察の役立たずさを怒っていたのを、ふと脳裏に思いだした。
「ええと、話の続きを言いますね……」
紅葉はひと息つき、また静かに語り始めた。
菓子店を出た紅葉たちは、風呂屋『ボルケーノ』の名簿を調べ、エミリア刑事がイシュマシュクルの来店日に、足繫く通っていることを突き止めた。
図書館に戻り、地下倉庫へ——鍵はなかったが自力で開けた。
オリバー設計士……いやロイ・ゴブレッティと、マチルダの尽力により、トレモロ図書館の隠し部屋の位置を発見した。
さっそく隠し部屋を開けると、【Noah】というタイトルの『設計図』が盗まれた痕跡と、失神したテオドールとメリーシープが倒れていた。
見当たらないショーンを探しに外に出て、偶然出会ったヴィーナス町長とナッティ秘書に相談し、エミリアの自宅へと向かった。
アパートの管理人ジェラジョーに部屋を開けてもらったが、既にもぬけの殻状態だった。あらかじめ自身を消す準備がされていたような……。
唯一の手掛かりらしき物は、3人の女性が撮られた写真だった——……
「写真か、見せてみろ」
フランシスは紅葉から写真を受け取り、額にあるティアラ型の【真鍮眼鏡】を、目元に持ってきて拡大した。
「右に写ってるのがエミリアです。真ん中にいるのがきっと——」
「雷豹族……コイツが唆した相手か。左は蒼鷲族だな、この辺じゃ珍しい。2人とも調べよう」
「写真? 僕にも見せてくださ……痛った!」
「この服は、ラヴァ州の警察学校で最終年度に着るものだ。エミリアがいま21歳だから、撮られたのは17歳——約4年前の写真か。いい成果だよ、紅葉くん」
フランシスは、ショーンの【真鍮眼鏡】の上にペチッと写真を置きながら、澄んだ瞳で紅葉を見つめた。
「ありがとうございます……ええと、お役に立てて光栄です」
紅葉は、州政府高官のアルバ様という思ってもない人物に褒められ、焦って慣れない言葉を引きだした。
「情報はこれで全部か? よし、他に君たちが知らないであろう情報としては、ギャリバーカードの盗難犯オパチ・コバチが、司法取引によって、サウザスの元駅長コリン・ウォーターハウスの潜伏場所を吐いた」
「は?」
「……コリン?」
緩んだ空気が、一瞬で氷と化す。
「場所はレイクウッド社の敷地内、現在トレモロ警察が捜査中——州警察もぞくぞくと到着している」
「ここで⁉︎」
「……ッ」
紅葉は表情を変え、筋肉を揺らし、【鋼鉄の大槌】を持って飛び出していった。
「僕も行かなきゃ——痛あ゙あっ!!」
ショーンも急いで後に続こうとしたが、ビキビキッと全身が痺れてベッドに沈んだ。
「行かんでいい。病院に来る前に、私が一帯を調べておいたよ。コリン本人の姿は見当たらないな。とっくに逃げた後だ。あるいは、そもそもガセ情報か……探せば何か見つかるかもしれないがね」
久しぶりに外出して疲れたフランシス・エクセルシアは、ん〜と伸びをして、携帯茶器からオックス州産の 椿広茶を注ぎ、鹿せんべいをボリボリ齧った。
「あ~うまい。茶でも飲むかね?」




