4 はじめてのりゅうちじょ
「ハッ、ハッ、ハッ!」
3月21日火曜日、夜の9時半。
警察署から少し離れた路地裏で、紅葉はひたすら【鋼鉄の大槌】を素振りしていた。宿屋カルカジオには戻らず、自主練しながらショーンの帰りを待っていた。
「悔しい……、悔しい……ッ!」
(自分は強い)
(ルドモンドで最も重たい鉱物も持ち上げられる、力強さを持っているのに)
(天才鍛冶師オスカーが仕立てた、立派な武器を持っているのに!)
(——何もできなかった)
キキーラの横顔が目に浮かぶ。
『闘い方を知らないようね』
スピードが追いつかなかった。……いや、ただ速く動くだけじゃない。相手がどう動くか予測する。そして予測した結果、自分が相手より先に動く! それが大事だ。
「はぁ、ハァッ」
武器の使い方も、慣れなければならない。そのまま振ると風圧と慣性でブレてしまう。体幹をまっすぐ保ち、相手の急所に鋭く切りこむ必要がある。
「どこかで……武術を習いたいな……練習相手も……欲しいし……!」
フン、フン、フン、フン! と志高く、鼻息は荒く素振りしてると、
「隊長! 通報通りですッ、不審な女がいました!」
「おし、確保しろ! さあ武器を捨てて、壁に手をつけたまえ‼︎」
——巡回中のトレモロ警察に、取り押さえられてしまった。
「待って! 私はただ武器の自主練を……」
「隊長、この女『ギャリバーチョコ』を持っています!」
「やはりな、『ギャリバーチョコ』綺羅タイムカード狙いの盗難犯だ!」
「ええっ、ちが、私、綺羅タイムカードなんて持ってな……」
「引っ捕らえろ!」
3人の警官に取り押さえられた紅葉は、手錠をかけられ、【鋼鉄の大槌】を没収され、警察用ギャリバーの黒籠に収容され、ショーンのいる警察署へ送られた。
「ちょっと待ってよ! ショーンいるんでしょ! 助けてえええっ‼︎」
紅葉はあっという間に、人生初の留置所に入れられ、虚しく檻の中から叫んだ。
「んだ、なんか聴き覚えのある声がすっぺぇ!」
「ちょっと前にサウザスから来た、ねぇちゃんじゃねえか!」
「おんめえ、やっぱ犯罪者だっぺな、怪しいとおもっちょったっけ!」
「んだんだ、根掘り葉掘りカブジに訊いてよお、犯人っちゅーやつは、一番熱心に捜査するヤツじゃけえ!」
「……あ、えっと……お久しぶりです、おじいさん達」
紅葉のお隣の檻には、トレモロに来た初日、駅でたむろしていた爺さんグループが収監されていた。
「どうしてこんな所に……何かされたんですか?」
「最近、盗難事件がチョコチョコあってよお、お前さん知ってっか?」
「オレっちがギャリバーチョコってヤツぉ食ってたら、しょっ引かれたんだあ」
「警察のバカが、ぜってぇ点数稼ぎだべえ」
「ハン、ちょうどいいわい、しばらくタダ飯食って居座るっぺえ!」
「みーんな歯がねえっぺよ、ここのメシが柔っこくてええんだわ、ガハハ!」
爺さんたちは紅葉に興味を失い、ワイワイとカード遊びに興じはじめた。
(お爺さんたちも『ギャリバーチョコ』の盗難犯と間違われられた……?)
ギャリバーチョコに付いているランダムカードは、200枚に一つ、台紙にキラキラの加工が入った『綺羅タイムカード』が入っている。絵柄も200種類からランダムなため、人気の高い初代車や、最新車種のアリス、さらにアイドル・デッカーの綺羅タイムカードなんて、値段が超高騰しまくっている。
都会では高額カードを巡るトラブルで、社会問題になっているそうだが、まさか田舎町トレモロでも起きているとは……。
「……はぁ、これからどうしよう。早く取り調べ始まらないかな……」
「トレモロ警察なんてたるんどるべえ、明日の夕方になっても普通だっぺよ!」
嫌なことを訊いて、ガツンと檻に頭をぶつけた。
時刻は夜10時、ショーンはいつ用事が終わるだろうか……。
「——やだ、没収物にやたら大きなハンマーがあると思ったら」
ふと警察の誰かが扉を開けた。
「紅葉さんじゃない。……何でここに居んのよ」
暗い夜の留置室のなか、月光に照らされて、金髪のツインテールが白く光る。
紅葉がもっともよく知るトレモロ警官——エミリア刑事が立っていた。
「それでは参ります」
ゴフ・ロズ警部が、眉間に大きな皺を寄せて、微動だにせずダダダダッと電信暗号を打った。
UAEMNR OYRXKUKOBJ YGJPRZDH OSNXGMKSRX?
「ま、うわっちょ、待ってください!」
ショーンは半泣きになりながら、脳内を点灯させて必死についていった。
IMLRMU EILRGOJRFPAE
「なるほど、それも良いでしょう!」
GMJNLTMSCM NRYE ZHAKUYGQVBCM RZDHCMOSDL
「待って、待って、待って! うわああああああ!」
GMIS YEKOJP OYCIQY‼︎
フランシスとの暗号通話まであと50分。
会議室では、2人のセッションが響いていた……。
「……いい機会だし、すこし2人きりで話しましょうよ」
エミリア刑事は、留置場の前に座りこみ、檻に背中を預け、いつもの風船ガムを膨らました。ピンクのイチゴパプリカ味だ。缶をカラカラ振って、紅葉にも一粒くれた。
「うん……いいよ」
紅葉は声をグッとひそめ、隣人の爺さんたちに聞こえないように返事した。
「……ねえ、私はカードの盗難なんてしてないよ。そっちのお爺さんたちも違うみたい」
「分かってるわよ、後で釈放してあげる。アルバ様の用事が終わってからだけどね、身元引受人になって貰わないと」
「うん」
「色々聴きたいことがあるの、ショーン様抜きでね……」
思わぬ会話の始まりに、紅葉はごくりと喉を鳴らした。
トレモロ4日目、火曜日の夜が暮れようとしていく。
強さの中にどこか苦げな瞳をしている、エミリア刑事の横顔をじっと見つめた。




