6 やっぱりスケベなんですよ!
「無事にお祈りさせて頂き、ありがとうございました。バニーク族長」
「いえいえ、当然です。お祈りは全ての者が行える権利ですから」
「火の神様と、木炭職人の皆さまに感謝いたします。とても良い火だ」
祈祷を終えたショーンは、神殿内で厳かに挨拶した。
木炭職人の神殿は、集落で一番豪華な石作りの建物だった。
灰色の建材石の壁面には、黒い点々や縄文様、ゆらめく炎の模様などが描かれている。中は狭すぎず広すぎず、10人くらい入れば満杯だろうか。
神殿の一番奥には【火の神 ルーマ・リー・クレア】の石像が安置され、集落の人々を見守っている。長年、炭で燻されたせいか、元の色よりかなり黒色をしているが、それがまたなんとも言えぬ神聖さを醸し出していた。
神様の足元にある火鉢からは、用意してくれた最上級の木炭が、ぱちぱちと心地よく燃えている。神像の周囲には、太くて長い木炭が神具のように立てかけられ、壁面のくぼみには、木炭、竹炭、松ぼっくり炭や、小さなドングリ炭まで、多種多様な炭が飾られていた。
「すごい神殿ですね……炭作りと火への愛を感じます」
「もちろんですよ、大切な我々の命ですから」
「……その命が、今まさに脅かされようとしているんです、族長」
ショーンはバニークの方に向き直り、改めて調査の協力を依頼した。
神殿の小さな窓から、白い太陽の光が差してくる。
ショーンの背後から照らす後光のようだった。
「みんな、無事に終わったぞ! さあ帰ろう——何だ?」
涙ぐましい懇願の結果、バニーク族長は村の男衆に限り、聞き込み捜査を許可してくれた。神殿内にて数名ずつ話を聞き、その後全員と話しこんで、夕方5時に調査を終えた。紅葉の武器も返してもらい、急いで仲間の元へ戻ったところ……
「あたしのよ! アタシの」
「ワタシのよ、離してッ!」
「ふざけないで、その髪の毛ひきちぎるわよッ!」
どういうわけか、女衆が揉みくちゃになって騒いでいた。キキーラ族長まで、騒ぎの中心で喚いている。
「……何だこれ」
すでに縄を解かれていた御一行は、女衆の子供たちをお守りしていた。テオドールと紅葉は、次から次へ子供たちに高いたかいをして遊んでおり、エミリア刑事は悪い顔して、幼児に風船ガムの膨らませ方を教えている。
「マチルダ、一体どうしたんだ?」
「お疲れ様ですっ。じつはぁ、キヌチェクのヌード写真集を何冊か持ってきてたんですよー。お近づきの印に渡したら、なんか奪い合いになっちゃって〜」
「…………へえ」
道理でみんな「わたしに寄越しなさい!」と怒鳴っているわけだ……。あれだけ勇ましかったキキーラ族長が目を皿のようにして、キヌチェクのドスケベ写真を読みふけっている。
「っふふふ、最後に我が身を助けてくれるのは、やっぱりスケベなんですよ! 今晩あたし、銀の神様にお祈りしながら眠りますっ!」
マチルダはその場でくるくる回り、【銀の神 バッソ・カルロ】に、愛と美とエロスの祈りを捧げた。
「あー酷い目にあった! んで、アルバ様。何か成果はあったの?」
荷台の中で、エミリア刑事が伸びをした。
3月21日火曜日、午後7時。
木工所のギャリバーが、ゴトゴトと帰路につく。ショーンは荷台揺れの酔いさえ忘れて、高揚して喋りはじめた。
「ああ。まず前提として、木炭職人たちは狩人と違って、獲物をとるため周囲を探索する習慣がないんだ。木こりのように長距離の移動もしないし、炭や煤の臭いで包まれているから、鼻も利かない」
「……あんまりいい証言は無さそうだね」
返却された【鋼鉄の大槌】に肌を擦り寄せ、紅葉がボソッとつぶやいた。
「そう、だから今回の事件についても、何も知ってることはなかった。——でもその代わり、彼らはルクウィドの森にいる、全ての木炭職人たちと連絡が取れるんだ。ラヴァ州全土はもちろん、ダコタ、オックスすべてだ。集落は全部で14あって、手紙を送って調査してくれるって約束した!」
紅葉は目を丸くさせ、深く息を吸い、肩を震わした。
「ほんと……?」
木炭職人の集落は、ルクウィドの森に広範囲に点在しているが、その多くが外界から隔絶し、警察捜査の及ばぬところに住んでいる。
「ああ! あの葉っぱの仮面の男は、森から来て、森へ逃げた。ルクウィドの森を拠点にしているんだ、どこかの木炭職人が目撃してる可能性が高い!」
「すごいじゃない! あいつの行動範囲が特定できるかも!」
「そうなんだよ! 望みが一気に増えたぞ!」
ショーンと紅葉は、ぴょんぴょんジャンプして喜んだ。
「わー……お2人とも良かったですね〜」
「そうね……」
トレモロから一気に捜査が急拡大し、疎外感を感じたエミリア刑事とマチルダは、少しおとなしめにショーンと紅葉を讃えた。
「むぅ、あたしたちのお手伝いももう終わりかぁ、チョット寂しいですよー」
「早く終わって良かったじゃないの。まあ、アタシはまだやる事たくさんあるけど」
浮かれたサウザス町民の2人は、周りの寂しそうな様子に気づき、労いの声をかけた。
「テオドール、マチルダ、エミリア刑事、今まで協力してくれてありがとう。すごく感謝してる」
「私からもありがとう。お礼にショーンが夕飯奢るね、何でもご馳走してくれるって‼」
紅葉が急にとんでもないことを言い出した。
「えっ、む、無理だよ、今晩は用事があって……」
「それはそれは素晴らしい! では明日、とっておきの店を予約しておきますね」
「わーい楽しみいっ、イッチバン高いコース頼んじゃう!」
「アタシはパス、仕事があるの。みんな楽しんできてね」
「——えっ」
こうしてショーン御一行は、調査のひと段落を祝いながら、浮かれてトレモロ町へ帰っていった。
ショーン御一行が喜びに沸いてから2時間後の、午後9時。
夜間、人もまばらなレイクウッド社にて、不穏な動きがあった。
「——あのギャリバーを止めろ! スピード違反だ、入社許可も取ってない!」
「おっと、町長サマじゃねえか、ありゃ止まんねえよ!」
ヴィーナス町長が、大型ギャリバーで敷地内に突っ込んできたのだ。スカーフを風にはためかせ、黒光りするゴーグルをキメている。後部座席には秘書ナッティがしがみつき、サイドカーでは娘アンナが強風で飛ばされそうになっていた。
「——お母さま、待って、ねえこの案件は私に最後までやらせて!」
「アンナ、あなたはよくやってくれたわ。こればかりは母に任せなさい。他にも用事があるしね!」
町長はドゥルンと一層深くエンジンをふかし、木工所の一番奥の北にある、社長宅兼事務所へ、柵を乗りこえ突撃していった。
「まったく、事務所の場所まで遠いったら! 前は南の入り口にあったのに」
従業員用のドアを勝手に開け、ヴィーナス御一行が社長邸の廊下をねり歩く。
「困ります! ヴィーナス様といえど、お約束のない方は……」
「ナッティ、排除して」
「はい、町長」
仕事熱心なメイドが、これまた仕事熱心な町長秘書に、羽交い締めにされて連行された。
「夜分遅くに失礼、御面会をお願いするわ!」
何枚ものドアを開き、ようやく到達した社長室には、アルバート社長と……オリバー設計士がいた。
「うそ……あの方は……」
まさかオリバーが居ると思わず、アンナの胡桃色の瞳が固まった。娘の様子などおかまいなしに、ヴィーナス町長はツカツカと会議中にお邪魔した。
「お久しぶりね、アルバート社長。眉間に皺がよってるけど、お元気かしら?」
「よくもノコノコ現れたな、悪の化身め……っ。ゴブレッティを消した元凶めが!」
「まあ、いったい誰のことかしら。あたくしの後ろの誰かさん?」
社長と町長の間に雷鳴がとどろく。
オリバーは灰色の髪を振るわせ、ヘーゼルナッツ色の瞳を大きく開けた。
「…………ヴィーナス……!」




