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5 祈りを捧げたいのですがっ

「で——襲撃とは何かね、槍や斧とは」

「誤解です! 先ほどの話はトレモロ町内部の問題でして、木炭職人の皆さんとはまったくの無関係でして……」

「わーん、あたしが調子に乗ったせいですっ、申し訳ありません〜」

 テオドールとマチルダが、地面に頭を擦りつけて謝っている。

 エミリア刑事もムスッとしながら、同じように謝った。

 ショーンは唇を震わせながら、目の前の光景をただただ見つめ、

 紅葉はピクリとも動けず、両方の瞳を閉じていた。


 3月21日火曜日、午後1時。

 アルバ様御一行は、全員縄をかけられ、木炭職人の集落広場に座らされていた。特に紅葉は、手足はもちろん口輪までかけられ、厳重に縛られていた。

「バニーク族長、誤解なんです、話を聞いてください!」

「すまんな。木工所の坊でも、こんな危険人物を連れてくるなんて信用できない」

 紅葉を——実際に手を出してしまった紅葉を見て、バニーク族長は首を振った。

「ねえバニーク、コレ美味しいわよ」

 女性族長キキーラは、エミリア刑事から取りあげた風船ガムをぷくーっと膨らませ、この場で唯一楽しんでいた。



 大勢に取り囲まれて、最悪な居心地のなか、テオドールは気丈にも胸を張って(両腕は縛られて塞がっている)謝辞を述べた。

「木炭職人の皆さま、ご迷惑おかけして申し訳ありません。私たちが連れてきたショーン様は、さる高名な魔術師の方なのです。そして彼女——紅葉さんは、ショーン様の護衛です。彼女は自分の職務に忠実に従っただけなのです、どうかお許し頂けませんか」

「それは分かるが——」

「それは違うわね、テオ坊ちゃん。彼女はご主人様に『ダメだ、紅葉!』と先に制されてるのよ。なのに反してわたしを襲った。職務違反でしょう、危険人物よ」

「…………っ、それは……」

 まずい。キキーラは強いうえに弁も立つ。ショーンは両腕を縛られながら、見えない手で頭を抱えた。

「……ただいま紹介されましたショーンです。申し訳ありません、紅葉にはよく言って聞かせます。それにエミリアの発言についても大変失礼しました。どうか御無礼を許していただけないでしょうか」

 ここはもう言い訳せず謝るしかない。これ以上、最悪なことが起きる前に、ショーンとテオドールはひたすら平身低頭したが——

「許せと言われてもねえ。水の神イホラは信奉してないのよ、坊やたち」

 キキーラはけんもほろろに突き返し、

「ちょっと、いい加減にしてよ! こんな風に縛ってアタシたちをどうするつもり?」

「お願い、放してぇ〜っ」

 残りの女性陣まで好き勝手なことを言い出して、収拾がつかなくなった。


「バニーク、とりあえず何しに来たのか聞きなさい。木炭の取引じゃあ無いんだろ」

 見かねた老人のひとりが、男性族長バニークへ声をかけた。

「ええそう……何しに来たのかね?」

「はい、実は——」

 ショーンは面をあげ、先日サウザス町長を殺そうとした犯人が、この付近に逃走したこと、今も潜伏しているかもしれないこと、何か目撃してないか森の住民たちに聞き込み捜査を行っていることを、ザッと説明した。

 バニーク族長は、紅葉から取り上げた【鋼鉄の大槌】を、地面にトントンと叩いて相槌を打ち……説明を聞き終えると、納得した顔で答えた。

「なるほどな、サウザスの事件についてはキノコの行商から聴いている。それなら……」

「待って。あんたたちが犯人の一味じゃ無いって証拠は? ある?」

 キキーラは長い腕でバニークを制し、ショーンたちに向かって質問した。

「犯人だなんて、まさか……僕たちはラヴァ州アルバ統括長フランシス様の命をうけ、」

「ああ、いいの。役人の肩書きなんか知ったこっちゃない。証拠なんて無いんでしょ。さっさと帰ってちょうだい」

「待て、キキーラ!」 

 どうしよう。バニークには話が通じそうだが、キキーラが逐一それを止めさせる。組織のバランスとしては最高だが、交渉するには甚だ不都合だった。



「——っ、皆様、どうか話を聞いてください! 隣のサウザス地区では、何人もの人が殺されたのです。我がトレモロ町民やルクウィドの森の皆さんも、いまや危険に晒されています!」

「そうなんです! 僕らの友人の新聞記者も、犯人に殺されました。皆さんの目撃情報が得られれば、解決の糸口が掴めるかもしれません。お願いします!」

 テオドールが口火を切り、ショーンも後へ続いたが、

「そう、でも我々には関係ないわね。自分の身は自分で守る。その為にいつも闘う準備もしてる。ご忠告には感謝するわ」

 キキーラはあくまで己のスタンスを崩さず、非協力の立場をとった。

 バニークは俯き、どう行動すべきか考え込んでいる。

(どうしよう。どうする?)

 渾身のお願いも突き返され、いよいよ後が無くなった。

(木炭職人は諦めて帰る……? でも狩人からも木こりからも、重要証言が見つかったんだ。ましてや車道から近いここなら、何か目撃してるかも……!)


 ショーンは周りをグルリと見回した。

(誰か、誰か味方になってくれる人はいないか——?) 

 周囲の反応はさまざまだった。

 キキーラのように不信の目で見てくるもの。

 バニークのように困惑の目で見てくるもの。

 人々の赤いペンダントがやたら視界に入る。第3の目玉のようだ。

(なんだろう、あのペンダント。ひょっとして火の神様の信奉石か……?)

『彼らは火の神様を一番信奉しており、火曜日がお休みですから』

 彼らは火曜日に必ず休む。道にあった灯石も火の神様のマークがあった。

 木炭職人には物も金も通用しない。

 代わりに通用するのは——

(信奉心だ——!)

「すみません、族長! こちらに【火の神様】の神殿はありますでしょうか⁉︎ ぜひとも僕もお参りし、祈りを捧げたいのですがっ!」



 すっかり悪人扱いのショーン一行から、まさか【火の神様】という言葉が出てくると思わず、バニーク族長は虚をつかれた。

「し、神殿……? もちろんあるが、外部のものには……」

「じつは僕らの故郷サウザスも、火の神様を一番に信奉しているんです。もちろん僕も……ホラ、真っ赤なブローチをつけているでしょう。これは火の神様の信奉石です。皆様のペンダントと同じだ! 僕も毎日これでお祈りしています」

 ショーンは羊角の頭を振り、ターバン留めの真っ赤なブローチを見せつけた。大きな楕円形の柘榴石が、左の額に光っている。

「おお、なんて大きな石だ……素晴らしい、あなたもですか……」

 このブローチは昔、魔術学校に入学する際、両親からプレゼントされたものだ。『ショーンは髪がクリーム色だし、赤が合うわよ!』と母シャーリーがはしゃいで決めたもので、火の神様と関連しているという事実は、特にない。


 ショーンは猿の尻尾を振り、精いっぱい悲痛げな表情を浮かべ、バニークに愛の懇願をした。

「どうかお願いします……! 先日の事件で、故郷サウザスが被害に見舞われました。どうか同じ【火の神 ルーマ・リー・クレア】を第一信奉神として持つものとして、被害者の鎮魂と町の安寧を、あなた方の神殿で祈らせてください。ぜひ、皆様の作った木炭の炎をもって!」

「ああ、もちろんですとも、ぜひ我らの神殿へ! 最上級の木炭をご用意しよう! な、いいよな、キキーラ」

 すっかり絆された顔のバニークが、わずかに残った理性でキキーラに許可を請うた。

「…………ま、お祈りならいいけど……そこのショーン坊やだけだよ。他の子はここで見張っておくからね」

 いまいち不満気な顔のキキーラが、風船ガムを膨らました。

 ブローチと同じ、真っ赤な色がパァンと弾けた、午後1時半。

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