3 マチルダの見解
「んーっ、これはアレですね! ピーマン味です、渋いっ!」
マチルダは、ギャリバーの荷台で揺られながら、緑の風船ガムを楽しそうにぷくーっと膨らませた。
「そんなんあるのか……」
ショーンは白いミルクバター味の風船ガムを試している。
「で、菓子折りは何を買ったの? アルバ様」
「フルーツケーキだよ、色んな種類のゼリーフルーツが入ってるやつ」
結局急いでテオドールと買いに走って、彼に見繕ってもらった物だ。
「いいんじゃない、無難で」
エミリアはピンク色の風船をパンと弾けさせた。
紅葉は、紙のように薄いギャリバーチョコを空虚な顔で消費しながら、運転席のテオドールに様子を聞いた。
「木炭職人さんって、どの辺に住んでるんですか?」
「森の西の一番端です。車道から一番近い集落になりますね」
時刻は10時半、トレモロ郊外をひた走る……。
「ところでショーンさんっ、昨日の昼にお別れしてから、何をされてたんですか? 修行?」
「違うよ。あれから図書館に行って、地下倉庫に入れてもらったんだ。『ゴブレッティの設計図』を見に」
「うわ、現物ですか、ヤダー! あたしも見たかったぁ〜」
マチルダが惜しそうに首を左右に振った。彼女の短いおさげ髪が、荷台の風とは逆方向にピョコピョコ揺れる。
「僕らもマチルダに居て欲しかったよ、設計図の内容ってわかる? 図面の見方とか」
「はい、モチロン! ゴブレッティは、高等学校の建築科でも、教材で習いましたし! 有名な建物なら中身もだいたい覚えてますよっ」
彼女は頼もしい笑顔を見せた——が、次の瞬間に曇った。
「あ、でもあまり難しい隠し部屋だと、どんな仕組みか解らないかも。ゴブレッティの建物には、だいたいどれも隠し部屋がありますし」
「隠し部屋……?」
ドクン、とショーンの心臓が鳴った。紅葉も引き付けを起こしたような顔になる。テオドールは浮かない表情で様子をうかがい、エミリア刑事だけが、興味なさそうにガムを噛んでいた。
「隠し部屋って……例えばワンダーベル邸やレイクウッド邸、トレモロ役所や、サウザス役所にもあるもんなの?」
「多分あると思いますよー、具体的にどんなのかは知らないですけど」
「そ、それって、出版されてる『設計図』にも載ってる?」
「まさか! それじゃー隠し部屋にならないじゃないですか! 地下倉庫にある原本だけに載ってるハズですっ」
——何だと。
雷鳴に打たれたような衝撃が脊髄を走った。
原本だけに書かれた『ゴブレッティの隠し部屋』……それが盗難の目的か⁉︎
「……ひ、引き返していい?」
「ダメ」
エミリア刑事がすげなく却下した。
時刻は11時。ルクウィドの森道に突入していく……。
「ねえマチルダ、ほかに知ってる事ある? 何でも良いんだ。ゴブレッティでも、設計図でも」
「んー、そんなこと急に言われてもぉ〜、質問があれば答えますけどっ」
マチルダはヨイショッと、背中にしょった鞄を持ちあげた。
木炭職人の集落へいく道は、狩人や木こりの棲家よりも、かなり整備されていたが、それでも多少は急勾配の山道を歩くことになる。
「えっと、じゃあ……『ゴブレッティ』の隠し部屋については、かなりの人が知っているの? テオドールは何も言ってなかったけど」
「どうですかねー。教科書には書いてないし、教わったのも、マニアックな先生が食事中の小話で言ってたことですし。テオドールさん、知ってます?」
「いや、知らないよ。……すみません……私はマチルダと違って、クレイトの高等学校に行ってないんです。実家で何でも学べるからと……行っておけばよかったですね」
テオドールは少し哀しげに俯き、横から紅葉が「大丈夫! 私も行ってないから!」と、あまり慰めにならない言葉をかけた。
心地いい春の陽気の空のもと、サクサクと森の歩道を進んでいく。
テオドールと紅葉は先頭でおしゃべりし、ショーンとマチルダは隊の中央で会話していた。エミリア刑事は、最後尾から彼らの背中を眺め、無言でついていった。
「じゃあ次の質問いくよ。木工所の人は、みんなゴブレッティに憧れてる? 彼らに詳しい?」
「そりゃーもちろんですよ! シャッチョさんには負けるけど!」
「じゃあ、再興して欲しいと思う? その……ゴブレッティ家を」
もしアンナとエミリアが、ロイ・ゴブレッティの実娘だったら、家を存続できないか——2人の意思を無視して申し訳ないけど、ショーンが勝手に心の隅っこで思う願いだ。
「ええっ、再興⁉︎ そりゃーして欲しいですけど……難しいんじゃないですか。昔、分家の人たちが集まって協議したけど、結局断絶しちゃったみたいだし」
「——分家って、ガッセル家のこと?」
確か、設計士のオリバー・ガッセル氏も分家だった。アンナが自分の父親だと主張している彼だ。
「そうそう。分家はガッセル家のほかにも数家族あるんです。でもゴブレッティ一族って、ホラ、親子相伝っていうの? 小さい頃から付きっきりで建築と設計のおベンキョするんですって。学校では学びきれない事もいっぱい!」
「学校では学びきれない……」
「そ! 隠し部屋もその一つなんですよー。隠し部屋はクライアントの信用に関わるし、学校じゃ作り方を教わらない。この手の秘密のノウハウがいっぱいあるから、ゴブレッティ一族の建築物は、ほかの人は真似できない唯一無二の芸術なんです」
「…………なるほど」
『ディートリヒ・ゴブレッティの血を引く者は、今もルドモンド大陸の各地にいます……しかし、それで復興したことにはなりません』
オリバー設計士が言ってたのは、それが理由だろうか。仮に血の繋がってる人を連れてきても、知識が断絶してしまった今では、再興する意味がない……のか。
「まあ、原本の『設計図』を読み漁れば、真似するだけなら可能かもですけどね〜! もー、レイクウッド社には気軽に読ませてくれても良いのにぃ!」
マチルダはその場で地団駄をはね、うっかりミミズを踏んでしまった。
「えーと後は……」
本当はロイ・ゴブレッティについても聞きたかったが、さすがに背後のエミリアに配慮し、やめておいた。
「そうだ、ノアの大工事についてはどうかな、詳しく教えてくれる?」
「あーノアですか? 近頃あんなに大規模な工事は珍しいですよ! 何100年単位でなかったんじゃないですか? ゼイタクですよね〜」
「贅沢?」
更なる利便性のためとか、老朽化による改修工事……とかじゃないのか?
「ええ。とある大金持ちサンの主導なんですって、名前なんだったっけかな? 彼の趣味で作りかえるそうですよ、あたしは前の建築も好きだったからチョット残念ですよー。まあノア地区の人たちは喜んでるからイイですけど」
「あっ、住民は喜んでるんだ」
「ノアもかなり古都ですからねー。サウザスやトレモロより遥かに昔の都市です。見た目はレトロで素敵ですけどお、住むには不便そうだったので、新しくなって良いんじゃないですか」
「なるほど……」
後で大工事についても概要を調べなきゃ……。
「正式な着工日は来月ですけど、もう数年前から準備は始まってて、あたしも何作業か手伝いました!」
「マチルダも参加してるんだ、すごいね」
「んー、参加って言うほどじゃあないですよ。直接ノア入りする班と、こっちで作業する班と、合間に手伝う班とあって、あたしは合間に手伝う班ですね! でも弊社はあくまで協力ですから、そこまで人員は割いてないですよ」
「……ありがとう、よく分かった」
ショーンのなかで徐々に推理が固まっていく。
(犯人は、ノアの大工事の関係者だ。
ノアのどこかに、ゴブレッティの『隠し部屋』を作るために、設計図を盗んだんだ。
ノアの大工事は、とある大金持ちの主導者の意向で行われている。
ならその主導者が犯人か、もしくは盗みを依頼した人物なのは間違いない……)
まだ不明確な部分も多いが、とにかく「動機」と「犯人」は見えてきた。
これでヴィーナス町長にも調査成果として報告できるぞ!
時刻は12時。木が燃える匂いが辺りに漂ってきた。




