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【星の魔術大綱】 -本格ケモ耳ミステリー冒険小説-  作者: 宝鈴
第30章【Specialty】スペシャリティー
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6 アルバの専門

 3月20日銀曜日の午後9時過ぎ。

 ショーンがトレモロ4日目の夜を終えようとした、まさにその瞬間。

「ラルク刑事……っ!? どうして」

「この後、キミたちの部屋に行ってもいいかな? 一緒に酒を飲もう」

 こうして10分後。ふさふさの灰色の尻尾が、ショーンと紅葉の部屋に鎮座していた。


「刑事さん、お久しぶりですね! クレイトではお世話に……」

「ああ久しぶり、紅葉クン。さっそくだが、これで酒を頼む」

 急に10ドミーを渡されて女中扱いされた紅葉は、怒髪天を衝きながらドスドスと食堂へ降りていった。

「……それで、ラルク刑事、トレモロにはどんなご用で? 何かあったんですか?」

「うむ。昨晩、ロナルド医師がエミリオ脱走の手引きしたのはご存知だろうか。彼の元妻がトレモロ出身でね、身辺を調査しにきた。それと一応コリンの状況も探りに。あの日ここの駅へ来るはずだったからな」

「ロナルド医師の……元? 離婚してたんですか」

「3年前にね、元妻と娘は木工所で暮らしている。もし見かけても接触しないで欲しい」

「了解です。……コリン駅長の方は?」

「空のドングリだな。まあ仕方ない。そちらは順調そうで何よりだ」

 ここで紅葉が戻ってきて、アーモンドウイスキー、レモンビール、ニガヨモギ酒の瓶を、ダンダンダン! とぞんざいに置いた。

「ありがとう、紅葉クン」

 紅葉はラルク刑事のお礼を無視し、ショーンの前に、コトン、と透董茶のティーポットを静かに置いた。



「——トレモロ警察の報告によると、逃走車の車輪の跡を見つけたそうじゃないか。ダコタ州に逃げたようだね」

「ええ。でもダコタ州に行ったとしても、移動すればまた州を越えられますし、犬の尻尾ごっこですよ……」

「だが、関所印がないかぎり、宿には泊まれないし、列車にも乗れない。大きな買い物も、もちろん自動車もギャリバーも買えない。必ず行動範囲が狭まってくる」

 ラルク刑事はグイッとウイスキーの瓶を煽ったが、ショーンはお茶に手をつける気になれず、手慰みに両手を揉んだ。

「それもどうでしょう。彼らには偽造手段があります。本物の警察官になりすました前例がありますし」

「ふむ、その件だが……レイノルド・シウバに関しては、クレイトの警察学校で私と同期だったんだ。てっきり普通に入職したものだと思っていたが……どうなっているのやら」

「ええッ⁉︎」

 ショーンは尻尾をピンと伸ばした。今まで何となく、警護官と仮面の男らは、組織に育てられたものだと思っていた。幼少期に連れ去られ、人知れず英才教育を受けていた……なんて、スパイ小説じゃよくある話だが……

 ラルク刑事は、手持ちの揚げピーナッツの袋を破り、さらに詳細を教えてくれた。


 8年前の皇暦4562年、レイノルド・シウバと、バンディック・ロッソは、サウザス警察に入職した。当時の町長ユビキタスの斡旋で、クレイト市警の諜報部にいたとの触れ込みだった。

 サウザス警官は誰も彼らの存在を知らなかったが、市警上層部の推薦書があり、発砲試験や捕縛訓練でいきなり首位を独占したため、経歴を疑わなかったらしい。

 2人はサウザス移住後、そろってユビキタス町長、オーガスタス町長の要人警護——警護官【ウォール・ロック】を務めていた。


「だが、レイノルドは州の名簿上、警察学校卒業後の記録がないことが判明した。ずっと無職だったんだ」

「じゃあ出身とか、ご両親とかは?」

「出身はクレイト市の新月通り、両親はいるが絶縁状態。15歳で家を出てから連絡を取ってないらしい」

「そうですか……」

 彼らにもちゃんと子供時代があり、学生の頃があり、普通に青春生活していた……のだろうか。想いをはせるショーンの横から、紅葉が体を斜めにして質問した。

「もう1人、バンディック・ロッソについてはどうなんですか?」

「彼に関しては、ラヴァ州の人名簿にこそ載っている……が、出身、家族、学校、就職先など一切の記録がなく、レイノルド以上の不審人物だ。偽名ではないかと言われてる。現在調査中」

「うわ、偽名……って」

「まるで本当のスパイだな……」

 ショーンと紅葉は顔を見合わせ、そろって床へ俯いた。



 ラルク刑事はアーモンドウイスキーの瓶を飲み干し、今度はレモンビールの蓋を開けた。長すぎる前髪に隠れた顔が、ほんの少し赤らんでいる。

「ふぅ。——しかしクレイトへ送った日から、たった2週間ですっかり見違えてしまったね。【帝国調査隊】として頑張っているようで何よりですよ、アルバ様」

 ずっと険しい顔をしていたラルク刑事が、ふと力を抜いて微笑んだ。目を覆い隠すほどの前髪が、首の傾きに合わせてサラッと揺れる。

「そ……そうですか? 僕はもう一杯いっぱいですよ……とにかくあれこれ色んな人から相談されて……」

 ショーンは思わず、トレモロでの『アルバ様へのお願い』をぶちまけた。町長やら社長やら族長やら町長の娘やら、次から次へ依頼が湧いて出てくる。彼らの依頼と同じくらい、愚痴と文句が湧いて止まらなかった。

 ラルク刑事はレモンビールを直飲みしながら、静かに聞きいり……そしてビール最後の一雫を口にあけて、返答した。

「色々な人から相談ね……そうだな……例えば、私は交通整理や町内巡回も、警官の資格として行えるが、それを頼むものはいない。ベルナルド監察医は、外科手術や緊急治療も可能な資格をもつが、それを頼まれることはない。なぜか分かるか?」

「なぜって、それは——ええと、出世したからですか?」

「違う。それもあるが、そうじゃない、専門分野をはっきりさせているからだ。私はこうして私服警官として潜入捜査を。ベルナルド医師は監察医として法医学を。キミはアルバとして何を専門とするか、はっきりさせた方がいいんじゃないか?」

「……えっ……」


挿絵(By みてみん)


 ショーンの瞳が固まった。アルバの専門?

【アルバ】とは帝国に仕える者。ひいては民のために尽くす職業で、

【帝国調査隊】とはアルバの中で、事件を調査して解決する職業だ。

 事件を機に、治癒師をやめて、【帝国調査隊】という専門に就いたつもりだったが……



「キミははっきり選択すべきだ。警察の仕事を専門とするなら、その他の依頼を受けないと。クレイト市警のアルバ、ベンジャミン・ダウエル氏のようにね。キミが私立探偵のように誰からもホイホイ受けるのなら、こちらも進言する、この件から手を引きたまえ。警察の情報が勝手に流れては困る」

「——————!」



 ショーンはここへ来て大きなショックを受けた。サウザス事件で散々な目にあって、これ以上ショッキングな事など何もないと思っていたのに。

 紅葉はなぜか焦って【鋼鉄の大槌】をガチャリと手にした。

 ラヴァ州警察のラルク・ランナー刑事は、酒で両頬を真っ赤にさせながらも、今までで一番険しい目つきをしていた。

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