4 小生はすべてお見通しですよッ!
「やっぱり町長の差し金でしたか。おかしいと思ったのですよ。急に夕食に呼びつけられるなんてね!」
「ご理解がお早いようで……さっそくお聞かせください。『ゴブレッティの設計図』がどうなったのか。地下倉庫の入り口はそこですか?」
いかにも堅牢そうな丸い金庫は、イシュマシュクルの豪華絢爛な調度品に囲まれ、少々萎縮してしまってる。
「ぐぬぬ……ま、町長の依頼ならいいでしょう。ご協力するとしますか。ただし全責任はヴィーナス町長に取ってもらいますからねッ!」
これ以上ごねられると厄介だったが、しぶしぶ納得してくれた。
イシュマシュクルは懐から鍵束の巻物をジャラッと取りだし、その中から一番小さな鍵を取りだし、本棚をコチョコチョやり(彼の背中でよく見えなかった)、本棚の横板から隠し引き出しがゴトンと出てきて、大きな鍵を取りだした。
「わあ、すごいギミックですね……」
「当たり前です。こういったセキュリティ・デザインに長けた、14代目ゴードン・ゴブレッティによる設計ですからね。さらにッ、図書館長とトレモロ町長しか知らぬ数字盤の鍵があるのですよ、これで警備は万全です!」
なんか前にも聞いたことがある話だ。
「だったら犯人は館長か町長ですよ。歴代のね」
「黙らっしゃい!」
イシュマシュクルは憤慨しながら、金庫扉にある0から9までの数字盤を、ガチャンガチャンと入力し(これも彼が背中で隠して見えなかったが、恐らく6桁だった)、ゴゴゴと重低音が鳴った後に、倉庫扉へ大きな鍵を差し込み……
ようやく、地下倉庫の扉が開かれた。
トレモロ図書館の地下倉庫——
1階の一番西にある図書館長室から、ちょうど図書館の真下に作られた、いびつな五角形の空間だった。壁は落ち着いたダークチョコレート色、中には大量のガラスケース。一つ一つ収められた設計図本が、金色のラベルとともに並んでいる。ケースの壁にはその設計図の完成形——実際に建てられた建築物の写真や絵画が、見本のように掛けられていた。
「これが本物の設計図か……普通の本よりかなり大きいな」
原本『ゴブレッティの設計図』は、縦が84cm、横が56cmと、両手で抱えるのも一苦労する大きさだった。厚さはそれぞれ本によって違うものの、大きさは統一されていて、深いオリーブ色の表紙に、群青色の箔でタイトルと数字が押されている。
「わ、一番初めの本は500年も前のだよ!」
トレモロ創始者・ディートリヒ以前の年代も60冊近くあり、それにはサウザス役場の図本も含まれていた。最新の番号はヴォルフガング。彼の最後の作品は、クレイトの白銀三路にあるレストランだ。息子ロイの本はないようだ、建物を設計する前に亡くなったのだろう。
——本当に『ゴブレッティの設計図』を収蔵するためだけの場所だった。
「すごい量ですね……飾るだけでも相当ドミーが掛かってそうだ」
「フン! 全部で375冊あるのです。すべて欠けずに揃っていますよ!」
「空いてるケースも結構あるじゃないですか」
「それは仕方ないでしょう、600は優に収まる想定で作られたのでね!」
ショーンは少し悲しくなり、心のなかでデズ神に祈りを捧げた。ゴブレッティ家の知識の結晶が詰められた空間なはずなのに、どこか虚しく空っぽの棺のように感じてしまう……
「これらは一般公開はされないんですか?」
「ノンノン、むろん企画や取材のときは、倉庫に人を入れることもありますよ。警察に警備を頼んでね!」
「へー。こんなに広いと、管理や掃除は大変でしょうね」
「ノンノンノン、書庫よりは全くマシです。それでも年に1度は掃除しますよ、職員や清掃屋を呼んで行うのです!」
……話を聞いていると、やはり外部の窃盗犯には強固だが、内部の人間なら入るのは簡単だ。身内にはどんなセキュリティ・デザインも意味をなさない。
ショーンは改めて、イシュマシュクルに尋ねた。
「それで『設計図』が盗まれたって噂は本当なんですか?」
3月20日銀曜日。時刻はお腹が空いてきた午後6時。
「失敬な! そんな事実はありません。ヴィーナス町長に相談されたとき、きちんと小生が調査しましたよッ! 夜なよな夜なべして1冊ずつ丁寧に!」
「たとえばページが抜かれてるとか、別の冊子に差し替えられてるとか……」
「まっさっか! ページは全て揃ってましたし、中身も何も変わっちゃいませんがねッ」
「その相談時期はいつですか?」
「ちょうど半年前のことです、えー10月頃でしたかな」
10月……10年前に紅葉の事件があった月だ。マドカに呼び出されている月も、10月だし……何かあるのだろうか?
ショーンは悩みながら、周囲を調べた。ガラスケースは背面から開けるタイプのようだ。ケースの下部に錠前がついている。
「ケースの鍵は?」
「常に小生が持っていますよ! ほら、コチラです!」
先ほどの鍵束の中から、チリン、と銅色の鍵を見せてくれた。太めの鍵だが、金庫扉と違ってかなり単純な作りで、心得のある者なら偽造できそう。
(やっぱり掃除業者が怪しいんじゃないかな……職員も……いや待て、イシュマシュクルが犯人なら横流しし放題だぞ……あの調度品の資金源は一体どこから……?)
ショーンが倉庫の一番奥で立ち止まっていると、彼のヒステリックな声が背中に響いた。
「——まったくバカバカしい話です! おおかた原本ではなく、出版された本を加工した偽造品でしょう! この業界じゃあよくあるコトですよ、嘆かわしい」
「イシュマシュクルさんは、本にお詳しいんですか?」
と、手持ち無沙汰な紅葉が、彼の相手をしている。
「むろん! 小生はルオーヌ州の『古ビブリオ高等学校』で図書学を専門に修めたのでしてねッ! 経歴が違うのですよ、経歴が!」
「じゃあ図書館のほうが詳しいんですね〜。なぜ神官長もお務めに?」
そこは一番気になってた点だ。ショーンもつい耳を澄ませた。目は設計図のケースではなく、黒い壁紙を追っている。
「ぬ、ぬぬぬ……それは長い間、不在だったからですな、周りから請われて請われて仕方なくっ」
かなり気になる物言いだった。あとで誰かに事情を聞いてみよう。
「さあ——もう良いでしょう! 図書館長兼神官長たる、小生が困ってないのですから、もう捜査は切り上げですよ!」
「待ってください、警察はこの件を知りませんでした。ちゃんと相談したほうが……」
「結っ構っですッ! それにヴィーナス町長の情報元だって、後ろ暗いスパイを使ってますから、彼女としても表沙汰にしたくない案件なのです。それだから、どこの馬の骨とも分からぬ、若造のああたに頼んだんですよッ?」
「……っ……それはっ……」
碌に言いかえす事もできず、イシュマシュクルに地下倉庫から叩き出されてしまった。
ショーンとしても目的は盗難事件の解決ではなく、『紹介状』をもらうことだ。
『調べました。設計図はぜんぶ無事でした。問題ございませんッ!』
……これでヴィーナス町長は紹介状をくれるだろうか。




