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【星の魔術大綱】 -本格ケモ耳ミステリー冒険小説-  作者: 宝鈴
第30章【Specialty】スペシャリティー
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3 【星の魔術大綱】真の主役

 ここいらで、この物語のタイトルである【星の魔術大綱ブレイズ・コンペディウム】について説明しよう。


星の魔術大綱ブレイズ・コンペディウム

 綴りはBlaze Compendium

「Blaze」は、炎の輝きや流れ星を意味し、

「Compendium」は、概略や大全といった意味をあらわす。

 魔術と呪文の大全書にて、アルバの教科書的存在である。

 ショーンが所有しているのは、10歳の時に買ってもらった第154版だ。

 全1618ページ、値段は23ドミー。本としては少々高いが、魔術書としては格安である。

 アルバはどんなに老いようとも、皆この【星の魔術大綱】を小脇に抱えて勉強している。



 この本が初めて製作されたのは、今から1500年以上も昔のこと、皇暦3050年代の出来事である。

 当時、魔術師は宮廷のベールに包まれており、一般民衆が知る機会はほとんどなかった。

 しかし、ちょうどこの頃、ルドモンド大陸に紙が流通し始め、とある小説が巷間に広まったのだ。巻鹿族の女性、エリーナ・エクセルシアを主人公とする戦記物語である。

 エリーナ・エクセルシアは、皇暦1613年に、民族で初めておおやけに呪文を使ってみせた、【最初の魔術師】といえる人物だ。アルバの間では伝説的存在で有名であったが、民間人が広く知るようになったのは、作者ロックバック・ルードリングによる長編小説『原初の魔術師 エリーナ戦記』がきっかけである。


 それまでの戦記といえば、男性軍人が主人公の、ドロドロした血生臭い内容だった。

 だが皇暦3037年に出版された、この『エリーナ戦記』は、控えめで美しい女性エリーナが、魔術を駆使して困難に立ち向かい、戦争を止めさせ、国を治めていくお話だ。ファンタジックな冒険活劇に民衆は大いに湧いた。

 お金に余裕がある者は、こぞって本を買いもとめ、庶民や字の読めない者は、朗読劇や芝居をみて感動した。

 こうして初版の刊行から10年が経った皇暦3047年頃、ルドモンド大陸初の、空前の魔術師ブームが到来したのだ。


 しかし悲しきかな。いくら魔術師ブームが到来しようと、帝国魔術師、つまり【アルバ】には、一般人は会うことができなかった。

 それまでのアルバは、特権階級の家系のみで構成された、『帝国に仕える者』を指した。彼らは生涯を宮廷の研究所で過ごし、帝都外の地を出ることはない。もし宮廷を去るとすれば、それはアルバを辞めた時である。

 結果——怪しげなエセ魔術師が横行した。元宮廷魔術師だと名乗り、手品や薬品をつかって呪文のように見せ、多くの人々が騙された。

 また、自分が魔術師だと信じ込む者も続出した。エリーナのように空を飛べる、戦禍のさなかで、軍隊を敵に回しても生き残れると……

 空前の魔術師ブーム、そして政情不安や内戦も相まって、あまたの詐欺や事故、悲劇が起きてしまった。

 


 ブームから数年後の皇暦3050年。時の皇帝は、魔術と呪文の発明発展をアルバに課していた。当時、魔術はまだまだ未発達で、研究の余地が多分に有ったのだ。

 しかし、多量のマナ保有者しかなれないアルバを、特権階級のみから輩出するのは、そろそろ限界が来ていた。

 多量のマナ保有者は、約500人にひとりの割合で生まれてくる。

 民間にも門戸を広げる必要があった。

 それには『魔術学校』を作ること、そして『教科書』を製作することが急務であった。

 当時のアルバ長であり呪術家、アディーレ・エクセルシアは、魔術学校の設立と並行して、教科書作りを推し進めた。

 政情不安に内乱の頻発、政治家同士の対立により順調とはいかなかったが、アディーレは強権を振るい、作業は急ピッチで進められた。

 そしてついに皇暦3057年、魔術学校の開校と同時に、魔術大全書【星の魔術大綱】が刊行された。


 この本、【星の魔術大綱】が真に画期的だったのは、一般書籍として流通された点である。魔術をまったく使えない庶民でも、少々お金を出せば誰でも購入できた。

 当時の魔術師ブームと合わさり、多くの者がこぞって買った。

 そしてあまりの難しさ、エリーナがいとも簡単に出していた呪文が、幾何学、代数学、物理学、理化学、医薬学、天文学といった、高度な勉学の塊であることを知ったのである。

 魔術というロマンが消えた瞬間であった。

 民衆は夢見るのを止め、ブームは去った。真に魔術を愛する好事家、そして、マナを多量に持って生まれた者だけが、【星の魔術大綱】を読んで勉強した。

 【星の魔術大綱】には、呪文の出し方・使い方が一から書かれており、アルバの才能がある者なら、独学でも初歩呪文を習得できるようになっている。

 こうして、今まで埋もれていたアルバの卵たちが、自分の才能を自身で見いだし、魔術学校の扉を叩くようになった。

 当初の目的は達成され、皇暦4570年の今日まで、魔術学校と【星の魔術大綱】は、アルバの育成と発展に努めている。


 刊行初期の【星の魔術大綱】は、1618ページに、呪文が400種ほど掲載されていた。

 10代の魔術師が勉強することを想定し、文字も挿絵も大きめに書かれていたが、版を重ねるごとに文字はどんどん小さくなり、大量の情報が追加され、現在の辞書に近い形になった。

 近年は10年に1度のペースで、呪術師の大家エクセルシア一族を中心に、改訂と編纂が行われている。最新版の155版では、収録呪文が約2000種にまで膨れ上がっているが、これでもかなり取捨選択された方なのだ。

 多くの呪術師たちは、自分の発明した呪文が【星の魔術大綱】に掲載されることを夢見つつ、日々研鑽を続けている。


 以上が、魔術大全書【星の魔術大綱ブレイズ・コンペディウム】に関する概略だ。

 ショーンは、初版本を売れば『帝都の一等地に屋敷が建つ』と魔術学校で習っていた。ここにある第10版が、果たしてどれだけの値がつくのか……考えるだに恐ろしい。





「ああた達、何の用でいらしたんです? ここは神聖なる小生のトレモロ図書館ですからねッ!」

 イシュマシュクルに捕まったショーンと紅葉は、図書館長室にしょっぴかれて説教を受けていた。

「そりゃ本を借りにきたんですよ、図書館ですから……。ゴブレッティについて知りたくて」

「嘘おっしゃい、ベツのことを嗅ぎ回ってるに違いありません!」

「何でそう思うんです?」

「背中がコソコソとしています、盗人のように! 小生にはまる分かりです!」

 …………そんなに怪しげだっただろうか。

 ショーンは左目のまなじりを上げ、紅葉は自分の背中をキョロキョロ眺めた。


「何か盗まれた経験があるんですか?」

「フン、図書館の本なんてよく盗まれますよ、日常茶飯事です。本を盗むやつは磔刑に処されるべきですな!」

「それはまあ、そうなんですが……」

 ショーンは図書館の館長室内をザッと見回した。

 毒々しい赤い壁紙に、赤色の絨毯。高額そうな金の壺に、金色神像に、キラキラした豪華な金箔装丁が並んでいる本棚。本棚の周りには荘厳なイシュマシュクルの肖像画、神殿をバックに立つ偉大なイシュマシュクルの写真、ヴィーナス町長から表彰状を受けるイシュマシュクルの写真、ゴフ・ロズ警部ではないトレモロ警察署長とガッチリ握手するイシュマシュクルの写真……などなどが飾られている。

 全体的に金ピカで権力者が好むようなインテリアの中、にぶい銀色の大きな金庫扉が壁に取り付けられていた。


「……厳重そうな金庫ですね。貴重な本でも置いているのでしょうか」

「ああた達、よそ者には関係のない事ですッ! シッシッ!」

「館長。じつは僕たち、ヴィーナス町長に頼まれまして、調査しに来たんですよ。『ゴブレッティの設計図』を盗まれたかどうかをね」

 今日は本だけ借りるつもりだったが、イシュマシュクルがいるなら予定変更。

 ショーンは館長の前で腕を組み、『こちらの方が立場が上だ』と見得を切った。

 何でもかんでも無条件で頼られるより、怪しいよそ者だと思われるくらいが、ちょうどいいのだ。

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