2 図書館には夢が詰まってる
「アンナさん、それにしても昨日の今日で仕事がお早いですね」
「いえそんな、全てアルバ様のお導きですわ! 警部、この方がライラック夫人の件をご相談くださったのです」
「ほう、左様でしたか……」
「おかげで長年の悩みが一気に解決しそうですの、大感謝ですわ!」
ウキウキするアンナの横で、ゴフ・ロズ警部はショーンの顔をじっと見ていた。ショーンも警部に早く言いたいことがある。
「……アンナさん、少し警部とお話しさせて頂けませんか。内密の用がありまして」
「ええもちろん、私の用事は終わりましたもの。ここで失礼しますわ、また近いうちにお会いしましょうね」
アンナは泥まみれのドレスで優雅に一礼し、署長室から去っていった。
「——お久しぶりですな。あれからご活躍のほどは聞いております」
相変わらず、地の底から這うような暗い声だ。暗くて落ち着きのある……神殿の祈祷室の奥にいるような。
「そんな、活躍なんて……全部エミリア刑事のおかげです」
「森の民ともうまく交渉できたとか。生半可な者では狩人と会話すらできません」
「それも、木工所のテオドールとマチルダの協力あってこそです。アルバート社長が快くお貸しくださったので」
「フ……なるほど、彼はそういう気骨のある人間ですので」
先ほど散々な言われようを食らったばかりなのに、ゴフ・ロズ警部は笑みを浮かべて、勝手知ったる同郷の男を褒めた。
「警部——以前お願いした『暗号電信』の件で来ました。ライラック夫人と子供たちの問題は、アンナさんの協力をもって今日で解決しました。これで教えていただけますか?」
「……フム」
彼が、頑鸛族の強い視線を送る。
(頼む、たのむたのむ)
「分かりました、お教えしましょう。ただし私の勤務時間外になります。今日の夜は用事がありますので、明日の夜9時はいかがでしょうか」
(——ぃやった!)
ショーンは小躍りしながら、約束を取り付けた。
昨日まであれほど次々に依頼されて、クエストが積み上がった時はどうなるかと思ったが……こうして徐々に達成されていくと気分が晴れる。
波に乗った勢いで、さらにショーンはおねだりした。
「警部、もう一つお願いしてもいいでしょうか。ゴブレッティについて興味がありまして、ちょっと調べたいのですが」
「ゴブレッティですか、部屋一つ分の捜査資料がありますが……何をお知りになりたいのでしょう」
「……へやひとつぶん……??」
もしや創成期からの資料が、すべて保管されているのだろうか。こちらが知りたいのは、22年前に一族全員亡くなった時の死因や状況、そしてロイの背丈だが……。
「一般的なことでしたら、図書館にゴブレッティのコーナーがあります。警察資料よりも分かりやすいかもしれませんね」
猿の尻尾を毛羽立たせて途方に暮れるショーンに、警部は優しく促した。
トレモロ図書館。
大きくていびつな五角形の建物だ。役場の建物群の一番奥にあり、神殿が隣にある。24時間利用でき、現在の時刻は、夜山羊族のメリーシープが司書として座っている。
3月20日銀曜日の午後5時。そろそろ夜の準備がはじまる頃だ。
警察署から出たショーンと紅葉は、トレモロ図書館を訪れていた。
「ゴブレッティのコーナーは一番奥にあるみたいだよ」
「地下倉庫の入り口は載ってないな……閉架書庫にあるのかな」
木のボードに書かれた案内板を眺めつつ、建物内を散策した。
トレモロ図書館は、サウザスの図書館よりも広く、ちょっとした博物館のような空間だった。小説の専門分野ごとに細かく部屋がわかれ、本棚や勉強テーブルだけでなく、ガラスケースや解説パネルが設置され、絵画や骨董品が飾られている。
歴史小説のコーナーには古びた盾や甲冑像が。ホラー小説の壁にはおどろおどろしい黒猫の絵が掛かっている。科学小説のところには実験器具や化石標本が展示され、探偵やスパイ小説の本棚はなんと隠し扉になっており、秘密の小部屋に入れて、そこにも本が収蔵されていた。
「うわー凄い、いっぱい本が読みたくなっちゃうね」
「うん……」
ショーンがサウザスにいた頃は、本や雑誌は『マジリコ通販』で頼んでいた。
魔術やアルバ関係の本は、普通の本屋や図書館には置いておらず、アルバはみなマジリコ通販を利用している。サウザスから出た後もちゃんと利用しないと、最新情報から遅れてしまう。ただ到着に一ヶ月かかるため、住所をどうするかが問題だが……
ひと通り館内を巡り、いよいよ一番奥のゴブレッティコーナーに向かおうとしたら、その手前に、魔術関係のコーナーがあるのに気づいた。
「お、フツーの図書館にあるなんて珍しい……」
棚2つと少なめだが、立派な魔術書が並んでいる。横の綺麗なガラスの展示ケースには【星の魔術大綱】が飾られていた。白いページは濃い枯れ葉色に変色しており、相当古そうな版だ。ラベルを見ると……第10版。
「——じゅっ、10版⁉︎ 嘘だろ、こんな所に飾って良いのか?」
「そんなに貴重なの? いま何版くらい?」
「僕のは154版だよ!」
第10版なんて、魔術学校でもそう簡単に目にすることはできない。売ればイゴの金塊がザクザク手に入るような代物だ。こんな風にぽんと置かれているとは……。
そんな超貴重な【星の魔術大綱】は、挿絵つきのページが開かれていた。魔術師が笑顔で、建物を爆破させている。展示ラベルには『第10版 ディートリヒ・ゴブレッティの所蔵品』と書かれていた。
「ディートリヒって確か初代の人だよね? さすがゴブレッティ家だねー」
「まずいよ、コレ。盗まれる前にこれも地下倉庫に隠した方がいいよ」
「んーでも、地下倉庫に置いといた『設計図』が盗まれたんでしょ。だったら危ないのは一緒じゃない?」
「そうか、じゃあどっちにしろ駄目か……」
「——ああた達! 図書館ではお静かにッ!」
ショーンと紅葉の背後で、甲高いヒステリックな男の声が響いた。
「ムムッ、今この図書館のワルグチを言いましたね? 小生には分かりますよッ!」
後ろを振り向くと、そこには図書館長、兼、神官長のイシュマシュクルが立っていた。




