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【星の魔術大綱】 -本格ケモ耳ミステリー冒険小説-  作者: 宝鈴
第29章【Quest】クエスト(トレモロ建築家一族の謎 ②アルバのお仕事編)
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5 ウソは薬と呪文じゃ治せない

 3月20日銀曜日の午前11時。

 モヤモヤした心地のまま薄暗いテントの中から出てきたら、エミリア刑事が顔を真っ赤に燃やし、空き地でシャドーパンチを繰り出していた。

「ヒッ……!」

 エミリアの横で、紅葉も見よう見まねで身体を鍛えている。テオドールは、ギャリバーの運転席でぼんやり片肘をついており、マチルダは、男性モデル・キヌチェクのヌード写真集を凝視し、ページをめくるたびに「キャッ!」と叫んでいた。

「……今日はどうすんのよ、アルバ様。もう時間的に森へは行けないわよ」

 エミリア刑事は、怒りで瞳をギョロリと光らせている。

「待たせてごめん……じ、実は上司のアルバ統括長に、警護官探しと並行して、トレモロを調査するよう言われてるんだ……」

「はあ、トレモロをぉ? 何でよ」

 この場に居ないフランシス様を、すべての言い訳に使っていく。ただ上手いこと転がせたオリバーと違い、エミリア刑事には簡単に通用しそうにない。

「え、えーっと……」

「ショーンはね、ゴブレッティ家の調査もしてるの。サウザス事件の首謀者・ユビキタスが、『ゴブレッティの設計図』の窃盗に一枚噛んでいるらしくて」

 紅葉が横からサラッととんでもないことを口にした。

 だが、これくらいの理由がないとエミリアは納得しそうにない。 

 一つの嘘から、どんどん傷が広がっていく。

 噴火口のように勝手に広がる傷口を、ショーンはただただ眺めるしかなかった。

 


「うわー、昨日の湖も良かったけど、こっちもすごく良い景色だ……!」

「はい、この辺は従業員のアパートなどが近いんです。みなの憩いの場所ですよ。12時すぎたら混み合いますので、早めにお昼を食べちゃいましょう」

 テオドールは軽くギャリバーを走らせ、木工所の南東にある、景色のいい草原へ連れて行ってくれた。

 昨日いった北西湖は、楕円形で、周囲には眺望灯台のほか針葉樹が植わっていたが、今日のこの南東湖は正円に近く、落葉樹が多めでルクウィドの森とも隣接している。改めて、レイクウッド社の広さを感じられた。

「ここならいっそう美味しそうっ、いただきま〜す!」

 木工所の敷地内には、昔の見習いたちが練習で作ったテーブルやベンチが数多く点在している。ショーン御一行は、大樫の下に置かれた誰かの大テーブルで、楽しくランチ会を始めた。


「それで、本当に『ゴブレッティの設計図』って盗まれちゃったんですかっ?」

 マチルダは口いっぱいにカボチャの種をもぐもぐ頬張り、質問した。

「分からない。盗まれたかどうかの真偽も含めて調査しなくちゃならないんだ」

 ショーンは近くの弁当屋から購入した、菜の花とサクラの木の芽サラダの蓋を開けた。

「そんな話、警察では回ってないわよ。ホントだとしたらエラいことよ」

 エミリアは大麦サンドイッチをつまみながら横目で睨んだが、紅葉はそしらぬ顔で炙りサーモン串をくわえている。

 木工所の社長令息テオドールも、固めのアプリコットを齧りながら首をひねった。

「それを盗んで何になるんでしょう……設計図ならウチにも全部あるのに」

「え、レイクウッド社にもあるんですか? トレモロ図書館の地下にあるんじゃ……」

「原本は確かに図書館倉庫にありますね。ですが『ゴブレッティの設計図』はすべて本として出版されているんですよ。普通の本屋には置いてませんが、専門店なら購入できます。弊社にも全集は揃えてますよ」

「——えええっ?」


 その時、樫の木枝から小さなリスが降りてきて、マチルダの昼飯をかすめ盗っていった。マチルダは慌ててリスを追いかけ走りまわり、ひょいひょい樫の木に登っていく。

「じゃ、じゃあ、原本にはすごく金銭的価値があるとか……」

「トレモロにとっては大事な町宝ですが……他所の方にはどうでしょうね」

 テオドールが肩をすくめた。

 いったい何が起きているのか分からない。

 こんなことなら嘘なんて付かなきゃ良かったんじゃ、と紅葉の顔を見たが、涼しい顔で炙りベーコン串を齧っている。

 マチルダはついにリスから種を取り返し、ガッツポーズを浮かべていた。



 久々にピクニックを楽しんだ午後1時。

 木工所の2人と、会社の入り口でお別れし、彼らは本来の仕事へと戻っていった。

「アルバ様はこれから警察署に来てちょうだい。今までの事件の報告書をまとめたから、チェックして」

「ありがとう、エミリア刑事。ついでにゴブレッティ家についても調べたいんだけど、当時の資料はあるかな?」

「そんなの調べて何になるのよ……まあいいけど」

 町を南北に走るトレモロ通りを、警察署まで歩いて戻った。途中でゴブレッティ邸の跡地が見えてきた。昨日まで荒らされていた土地が、今は立派なテントが徐々に組み上がっている。

「へえ、あの子ったらやるじゃない」

 アンナの姿は無かったが、彼女が用意したらしき指示書の通りに、子供たちがきびきび動いていた。以前は悲愴な顔をしていたライラック夫人も、珍しく上機嫌でお昼ごはんを炊き出している。

「ゴフ・ロズ警部からは、あの人たちをサウザスに返すよう言われたけど……ちゃんとトレモロに住むなら良いんだろ」

(これでようやく、警察から電信暗号を教えてもらえるぞ……)

 ショーンはそう安堵して尻尾を振ったが……


「ええ、もちろん。でも役所のほうで面倒みてくれるなら、アルバ様にはまた別の要件を考えなきゃね」

「ちょっと待って!」

 ——まずい。手柄が完全にアンナのものになってしまう。

「違う違うちがう! ちゃんと僕に教えてくれないと困るよ、僕からアンナに頼んだんだ、彼女の父親探しを引き受けるかわりに!」

「は?————父親?」

 エミリア刑事は、特大のギロチン刃のような瞳でショーンを睨んだ。

 きっと今日一番怒っている。

 ショーンはゴクリと唾を飲んだが、もうこれ以上、嘘を言っちゃいけない気がした。ウソは薬と呪文じゃ治せないのだ。



「…………父親って、あの子と私の父親のことかしら? アルバ様」

「は、はい、その通りでございます……」

 ショーンは羊よりも白い顔をして両手を揉んだ。紅葉は「あーあ、言っちゃった」と、近所の子坊主がいたずらして叱られるのを、傍観するかの如く眺めている。

「アルバ様ならちゃんと分かるの? 親子関係を正確に判別できる方法、あるのかしら」

「いえ、そういった呪文はありません……ただ調査して推測するだけです」

「ふぅーん……じゃ、アルバ様に頼む意味ないじゃない」

 それを言うなら、ライラック夫人の件こそアルバに頼む意味はないが、この場の空気で口には出せなかった。

「で、アンナは誰を調べるように言ったの?」

「……僕の口からは言えません」

「フン、あっそ」

 エミリア刑事は風船ガム入れの缶をカチャカチャ鳴らし、(ちゃんと缶も風船の形をしている)、イライラとガムをくわえた。

「調べるのは勝手だけど……もう父親は死んだのよ。母ヴィーナスから聞かされたし、事実そうよ」

「事実って、エミリアさんはご存知なんですか? お父さんについて」

「ええ、おそらく——」

 エミリアは金色のツインテールを風に揺らした。


「——ゴブレッティ家、最後のひとり。ロイ・ゴブレッティよ」

 

 かつて栄華を誇ったゴブレッティ邸は、土地の囲い以外に何もなく、今にも別の人間たちが住もうとしている。

 唯一、鉄柵の片隅に、彼らの墓石が残っていた。


挿絵(By みてみん)

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