4 空気を変えたかったらメシの話題にかぎる
「お疲れ様です、どうやら大変なことが起きたようで……」
「んもおーっ、大丈夫かなあ、サウザスは」
警察署の廊下で待機してくれていた、木工職人のテオドールとマチルダに声をかけられた。
「心配ありがとう、あんま大丈夫じゃないけど……でも今後サウザスで何か起きるってことは無くなったと思う、たぶん」
「今度こそ全員、町から居なくなったかな、そ……そのぉ〜、犯人の一味は」
危うく組織と言いかけた紅葉は、慌ててごまかした。
「昨日、木こり達とは交渉うまくいったんだっけ? 今日は木炭職人のところに行こうか?」
「それが……今日はちょうど銀曜日でしょう。明日の火曜日に行ったほうがいいかもしれません。彼らは火の神様を一番信奉しており、火曜日がお休みですから」
「そうか、なるほど」
火の神様ならサウザスと同じだ。急に親近感が湧いてきたが、木炭職人が最も気難しい集団なことを思い出して憂鬱になった。
尻尾の先を丸めるショーンの背後から、エミリア刑事がテキパキ指揮する。
「じゃ、今日は木こりが見つけてくれた車輪の跡を、もう一度調査しに行きましょう。この雑誌を持っていって、アルバ様」
「……何コレ」
ショーンはきわどい黒の下着を身につけ、なまめかしいポーズで尻尾を振る、砂犬族の男性ヌード写真集を押しつけられた。
3月20日銀曜日の午前10時前。
木こりたちの集落に行くには、木工所『レイクウッド社』の北奥から森へ入った方が早い。ショーン御一行は警察署を出て、中央のトレモロ通りをギャリバーで走らせ……ゴブレッティ邸の跡地を通りがかった。
「さあ皆さん、まずはテントを張りましょう。この大きな布を引っぱって……待って、私のドレスまで引っぱらないで!」
昨夜の約束どおり、アンナが奮闘していた。ライラック夫人の子供たちに揉みくちゃにされながら何とか指揮をし、綺麗なおべべは泥んこ指を押しつけられて汚されている。
「まあショーン様、見てくださいまし! お役所の方が私たちのトレモロ移住について前向きに検討くださったのです。これもショーン様のお口添えだとか、嬉しいですわ!」
ライラック夫人が、涙で目を赤く腫らしながら声をかけてきた。
「あはは……いやなに、これも社会貢献のうちですから」
ショーンは半笑いで取り繕い、おもむろにギャリバーを運転するテオドールに声をかけた。
「ごめん、森に行く前に、オリバー設計士とお話したいんだけどッ!」
——数十分後。
早く行かなきゃならないのに、なに道草くってんのよ。というエミリア刑事の無言の圧を背中に喰らいつつ、ショーンは静かに作業場の布テントの中に入り、
「……すみません、少しお話ししたいんですが……」
暗がりで図版の整理をしていた、オリバー・ガッセルに声をかけた。
「…………?」
灰色の髪と口髭に包まれたオリバーは、ヘーゼルナッツ色の瞳を困ったように光らせた。
暗いテントの中には、さまざまな図版と資料、建築図を描くための道具に囲まれ、切りたての木材と古びた紙の匂いが充満していた。緊張しつつも、落ちつく匂いだ。
「急に申し訳ありません。トレモロ町について見聞を深めるよう、僕のアルバの上司に命じられまして。オリバーさんからも、少しお話を聞きたいんですが」
「は……はあ、……ぼくでよければ……」
いきなりヴィーナスやアンナについて聞くのはまずい。我ながらうまい言い訳を思いつけた。
「お仕事のほうはお忙しいですか?」
「今はそれほど……普通です」
オリバー氏は背を丸め、ちょこんと目の前に座っている。縮こまってるせいで背丈がどうにも分からないが、伸ばせばショーンと同じくらいの背格好ではありそうだ。
「そうなんですか? 近々ノア地区で大工事が始まると聞きましたが」
「……あの設計は自分ではないので、職人たちは駆り出されるそうですが……」
あ、なるほど。
「ノアはどんな工事をするんでしょうか」
「……新しく生活拠点を作るそうです、地盤から丘を造成して大々的に……広場や役場も新たに作りかえるとか……秋に着工が始まります」
「へえー、そりゃ凄いな。設計はどなたなんですか?」
「たくさんの人が関わってますので、分かりません……帝都からも集められてるとか」
思ったより10倍は大掛かりだった。盗まれた『ゴブレッティの設計図』が使われててもおかしくない。が、ショーンの手に余る問題でもある……
はたと、今はトレモロの見聞だという名目を思い出し、話題を変えることにした。
「難しそうな図面がたくさんありますね。今はどんな設計をされてるんですか?」
「……グレキス町長から依頼がありまして、駅の周辺に立てる家々を作っています……」
「へー、グレキス! それは設計だけですか? 建築もレイクウッド社で?」
「建築もです……こちらで木材を削り出して仮組みまで行い、向こうへ運んで完成させるのです」
「はぁー!」
まさか州の西端・グレキス地区のものを、東端のトレモロ地区で作っているとは。しかも、ちっちゃな家具じゃなくて大きな家をだ! ロマンを感じる。
「僕の両親もグレキス出身なんですよ。オリバーさんは、やはりトレモロご出身なんですか? どうして設計士をお目指しに?」
「えっ、そ、それは……」
彼は急にヘーゼルナッツ色の瞳を歪めた。どうしたんだろう、出生に何か秘密があるのか?
「……ぼ、ぼくは……クレイト出身です……クレイトのガッセル家でお世話になって」
「ガッセル家?」
「ええ。代々建築家を営んでまして……5代目のラインハルトから枝分かれした、ゴブレッティの分家です……」
「——ゴブレッティの!?」
分家が存在しているとは意外だった。
「じゃあ、オリバーさんもゴブレッティの血を引いてるって事ですよね。それなら没落したゴブレッティ家も、復興できるんじゃないですか?」
「復興⁉︎……ま、まさか……! そんなまさか‼︎」
オリバーは動揺し、鉛筆の線と煤で汚れた製図机を叩いた。ショーンは丸い目をぱちくりさせたが、彼はすぐ、いつもと同じオドオドした背中に戻った。
「し、失礼…………何と言えばいいか……そう、ディートリヒ・ゴブレッティの血を引く者は、今もルドモンド大陸の各地にいます……しかし、それで復興したことにはなりません」
「えーと、つまり直系や血統とかが大事なんでしょうか」
「…………そうですね」
ショーンには縁のない世界だが、何となく理解はできる。もう少し突っ込んでみたかったが、かえって何も聞けなくなりそうだったので、また話題を変えることにした。
「えーと、そうだ、もうすぐお昼の時間ですね、ランチは皆さんどうしてるんですか?」
「ラ、ランチですか……木工所の食堂でもいただけますし、昼の時間になると弁当屋がきて、サンドイッチやシチューを配ってくれるのです。もちろん家から持参するものもいますが、ぼくは独り身の無精ですので……」
「いいですねえ、昨日ここの眺望灯台で、アルバート社長とランチを頂いたんですよ。あそこのスパゲッティも美味しかったです」
「それは……何よりです、灯台は景色もいいですから」
空気を変えたかったらメシの話題にかぎる。オリバー氏の表情もだいぶ温和に変わった。
「社長さんはとても熱い御方でしたね。ゴブレッティがお好きなようで……いつもあんな感じなんですか?」
「……え、ええ。面倒見のいい方です。とても慕われています」
一瞬ビクッと肩を引き攣らせながら、オリバーが答えた。これはどういう意味だろうか。ここは突っ込んで聞いてみよう。
「職員からは好かれていると。では、トレモロの他の住民からは如何でしょうか。知人の話では、木工所はまるで『トレモロから独立した土地』のような口ぶりでしたが」
「ふぉ、独立? まさかそんな事は……しかし、やっかまれる立場であるのは事実です……」
終始、アルバート社長を擁護するかと思いきや、一転して首をふった。
「近隣からはよく思われてないと。特にヴィーナス町長とうまくいってないようですが」
「…………っ!!」
突如オリバーは異常に顔を赤らめて取り乱し、「しっ、仕事がありますので……」とカッスカスの声でうめいて、ショーンをテントから追い出した。




