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【星の魔術大綱】 -本格ケモ耳ミステリー冒険小説-  作者: 宝鈴
第28章【Meat-and-potatoes】本題
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3 というわけでトレモロ町が開拓されたの!

 3月19日金曜日、時刻は朝の9時過ぎ。

 朝ごはんが終わり、宿屋カルカジオの店員が一息ついて休んでいる。お留守番のアルバ様は、手持ちの砂時計をひっくり返した。下宿先から持ってきた砂時計には、『Fin.』と書かれた白いシールが貼られている。

「…………」

 温かい橙柚茶をとぽとぽ湯呑みに注ぎ、しばし物思いに浸った。ランチの時間まで、このまま茶を飲みながら待っていようか。それとも部屋に戻って【星の魔術大綱】を読んで勉強しようか……いや、

「とにかく出よう……」

 今は外に出なければ始まらない。せめてトレモロ町の視察でも——そうだ役場だ。トレモロ役場へ行ってみよう。

 目標を思いついたショーンは、砂時計をひっくり返した。先ほどの表情からうって変わって勇み足で席をたつ。砂時計には『Start!』の文字が書かれていた。



 トレモロ役場は、町の南西部・トレモロ通り沿いにある。ふんだんに木材が使われ(あたり一面、茶色、茶色だ)、木造建築の粋を集めた建造物となっている。

 役場の正面建物は、細長い羽目板が縦に少しずつ長さをずらして貼られ、優雅で雄大な山岳シルエットが作られている。見惚れるほどの造形美だが、ここは案内所の役割がつよく、受付と休憩スペースしかない。皆その奥に広がる用途別の建物群——議会、役所、裁判所、図書館、神殿などへ、陸の桟橋を渡って向かっていく。

 どの建物も、屋根と壁に、細長い木板が等間隔に貼りつけられ(後でマチルダに聞いたところ、ルーバー装飾というらしい)、それが面によって大胆に角度を変えているので、巨大な結晶体を歩いているようだ。

 また、屋根の両端や軒下の隅木には、六角形や八角形の木細工が施され、さながら雪の結晶や光のプリズムのように煌めいている。

 温かみのある木材と、冷たさを感じるはずの幾何学が、ほどよく調和して融合しているのが、このトレモロ役場だ。

「いい建物だなぁ……木の香りもすごいや……」

 サウザス民としては我が役場こそ至高だと思っていたが、トレモロもなかなか素晴らしい。稀代の建築家と、素晴らしい木工職人を抱えてるのだから当然か。



 ショーンは後ろに手を組み、ぶらぶらと役場周辺を探索していた。

 役場の玄関口には、ゴブレッティ、ワンダーベル、レイクウッドの創始者3名の等身木像が立てられ、行きかうトレモロ住民を見守っている。初代町長キャロライナ・ワンダーベルの、海のように波打つ髪と、草原のように豊かな胸につい目線を送っていると——

「あらまあ! アルバ様じゃなくって、こんな所にお一人でどうしたんです。ウチの役所に何かご用かしら?」

 瞬時に、同じ木像のごとく固まった。聞き慣れた声におそるおそる後ろを振り向くと……半日ぶり。ヴィーナス町長の御一行が出勤していた。

「町長! ……実はかくかくしかじかでして」

「んまーっ、何てことでしょう、アルバ様を置き去りだなんて! そうだ、お時間まであたくしがお相手しますわ! ナッティ、アンナ、後をよろしくね」

 ショーンはまたしても町長にガッチリ肩を抱かれ、引きずられるように連行された。





 一方その頃、ショーン抜きの捜査隊は、ルクウィドの森に入山していた。

「——ったく、木こりのくせに、木の無い場所に住むってどういう事よ!」

 木こり達の居住地は、距離的には狩人集落より町から近いが、標高の高い位置に住んでいる。

「なんでもぉ~、移動を繰り返してるうちに、空に近いほうがラクな体になっちゃったんですって。できる仕事がもはや木こりしか無いそうですよー。フシギですよねぇ」

 木々どころか、草すら見当たらない高山帯で、重たい貢ぎ物をそれぞれ担ぎ、慎重に進んでいった。

「……あのう、森の民の皆さんって、どうしてこんなに仲が悪いの? サウザスにも木こりや狩人は住んでるけど、もっと普通に暮らしてるのに……」

 紅葉は水筒のレモン水を飲みながら、テオドールに気になってた点を質問した。

「そうですね。サウザスの方々は、たぶんラヴァ州のどこか地区のお生まれなのでしょう。彼らは違う、もともとオックス州やダコタ州の出身です。いや、それも正しくないか……彼らは『ルクウィドの森』の出身なのですよ。3州に渡って広がるこの森のね」

 ルクウィドの森——

 ラヴァ州からみて、北のオックス州と東のダコタ州、それらを分かつように存在している。その広さはルドモンド大陸の森で3番目の面積をほこり、地域によって姿を変え、多様な生態系を見せている。


「ええと……あの人たちは、オックスやダコタ側の森から来たってことかな?」

 紅葉は岩場に気をつけながら足を運ぶ。エミリアは滑って転んでしまった。

「ええ、発祥はね。森の民に、州境の概念や帰属意識などないですから……」

 テオドールは大丈夫ですかと助けようとしたが、エミリアは「平気よ」と自分で起き上がった。まだまだ険しい道は続いている。

「……このあたりは長らく未開の地でした。関所や州街道沿いに小さな宿場があるだけで、地区の名前すらなかったのです。昔の名称は『ラヴァ州・極東部』ですよ、酷いでしょう」

 マチルダが「昔なら、地理のおべんきょーも楽だったのにねっ!」と無邪気に笑い、テオドールも険しい顔をふっとゆるめた。岩肌にあたる風が気持ちいい。

「約350年前、建築家のゴブレッティ一族は、サウザス役場の建設をとりしきっていました。若きディートリヒ・ゴブレッティはこの地をいたく気にいり、30年後に資金を貯め、彼の2人の親友——木工職人のボルトムンド・レイクウッドと、州議会員のキャロライナ・ワンダーベルを連れて、この地を開拓したのです」

 湿った雲の中を登り抜け、どこまでも青色の空が開けた。岩場から見えるオックス州の雄大な山岳風景に、4名はしばし鑑賞にひたった。



「——というわけで、このトレモロの町が開拓されたの! アラいけない、お若い方には退屈だったかしら?」

「いえ、サウザス役場がゴブレッティの設計だなんて初耳でした……勉強になります」

 ショーンは、トレモロ町長室の横にある応接室に座っていた。

 応接室、というよりヴィーナスのサロンに近い。採光のよい窓べりに、華やかな観葉植物と彩色皿が置かれ、シフォンカラーの絨毯とサマルカンド・ブルーのテーブルクロスに囲まれている。

「あら、お勉強はもうたくさん。ショーン様のお話を聞きたいわ。そうだ、ご家族のことなんてどうかしら」

 カラン、とクランベリーソーダの氷を鳴らし、ヴィーナスが白手袋を振った。

「家族ですか……そうですね、特に言うことは……ああ、僕は下宿育ちなんです。親が2人ともアルバで不在がちでしたので、下宿のほうが都合が良くて。オーナー夫妻や下宿人、紅葉も含めて大家族みたいで、毎日楽しく過ごしてました」

「まあ、それはステキ、とても賑やかでしたのね!……親はいなくても平気なのよね」

 ボソリとヴィーナスが小声で呟くのを、なぜか耳がキャッチした。ショーンの羊角がビビリと響く。

「ぼ、僕のことより、ヴィーナスさんのご家族をお聞きしたいですね! アンナさんやエミリアさんのことも……あ、そういえばお父様は何をされているんです?」

 ショーンは両手をばっと広げ、サロンに差しこむ太陽よりも明るく振るまった。

「あたくしはずっと独身よ。娘に父親はいないの。でも悲しいことではないのよね」

 婦人はぢゅーっとストローをくわえて、クランベリーソーダを吸い込んでいる。ショーンの背中に、雪解け水より冷たい汗が流れた。

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