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2 ツリーハウスと狩人集落

「やりましたね、アルバ様。こいつはレシーといって、狩人たちの若頭ですよ」

「ど、どうすればいいんだ……?」

 失神呪文 《ラディクル》を背中にくらった狩人レシーは、気を失いルクウィドの森に倒れ伏していた。

 年は25歳くらいだろうか。締まった体格の森狐族だった。さまざまな動物の皮を縫い合わせた鎧に、動物の頭骨や足骨で作られたアクセサリーをジャラジャラつけている。顔に刻まれた深緑色の入れ墨は、森を駆け抜ける疾走感で満ちていた。

「狩人集落に行きましょう。こいつは交渉材料になります、お任せください」

 テオドールは狩人レシーを背負い、頼もしく細い山道を進んでいった。マチルダはレシーの黒い槍を持ち、てくてく後をついていく。ショーンは機嫌を取り戻し、隊列の真ん中を堂々と歩いた。浮かれて話しかけてくるショーンに合わせ、紅葉も顔の表情を緩めていたが、全身の五感は警戒を続けていた。

 そして、列最後のエミリア刑事は、ショーンと紅葉を訝しげに見つめながら、森の坂道を踏みしめていた。



 狩人集落は、現場から北に30分ほど歩いた所にあるとのことだった。獣道を渡り、急な坂を登り、彼らが設置したらしきロープで繋がれた橋や、木の枝を削ってできた柵、なんども補強と修繕が繰り返された崖の上の梯子を登り……運動不足のショーンは、汗だくになりながらようやく到着した。

「はぁー、ここが…………森の民の……」

 山の上にある狩人の棲家は、緑あふれる秘密基地のような場所だった。森の灯台のように太くて長い、神聖な巨木の幹の下に、丸太が敷かれ、家々が立ち、人々が行き交い、集落が形成されていた。

 細木を組んでできた彼らの家は、少し地面から浮かせた高床式のツリーハウスで、動物たちの襲来から身を守っている。枝々のあちこちにロープがかけられ、装飾された動物の頭骨や、食糧の干し野菜、干し肉などがプラプラと揺られていた。

 家の周りには食事テーブルや、岩と鉄でできた調理場、子供たちの遊び場など、様々な生活施設があり、特に一番大きな施設——訓練所では、成長期の若者から腰の曲がった年寄りまで、弓矢や槍の練習をしていた。壊れた武器がもりもりと積み上がり、すぐ隣の小屋で、武器職人たちが必死で作り直している。

 狩人たちは、みな動物の皮を身につけ、骨や入れ墨で装飾していた。茶色の家屋と衣服で暮らし、鉄色の武器や白色の小物を身につけているのに、それでも辺り一面、緑の空間だと感じるのは、さすが森の中の集落と云うべきだろうか。



「——んだぁ、木工所のヤツじゃねえか。勝手に村に入るなっ」

「見慣れないヤツらをズラズラ引き連れて、一体なんの用だい!」

 血気盛んな若者達から、武器を構えられ “歓待の声” を浴びせられた。

「よう、そこの羊メガネ、オレと弓で勝負しようぜ! 最初に左目を撃ち抜いたほうが勝ちな!」

「嬢ちゃん、良いハンマー持ってんじゃねえか。ケモノの脳天ぶちかますのにちょうどイイぜっ」

「イイねえ、先に侵入者のアタマで試すってのはどうだい? ヒャッハー!!」

 彼らはゲラゲラと舌を出し、好き勝手に喋っている。こんな野蛮人とどうやって交渉せよというのか。

(クソッ——僕はどうして自白呪文とか、洗脳呪文とか、時間停止して物色できる呪文を覚えてないんだ!?)

 ショーンは唇を強く噛み、苦悶の表情で自問自答した。一方、いかなる罵声にも動じず、涼しい風のような顔で、木工所の息子・テオドールが発言した。

「失礼、レシーを連れてきた。族長のドンボイさんと話がしたい」

 テオドールは背中の荷物をドサッと下ろした。彼の大きな獲物を見て、狩人たちの顔が斜めに歪む。

「あん? そのデケェの……まさかレシーかよ!」

「やだ、生きてんの!? 死んでんじゃないわよね?」

「チッ、だからって、てめえらみてーなヨソモンに、ホイホイ会わせられっか!」

「——いいから族長を連れて来い!」

 一歩も引かず、テオドールが吠える。


「レシー、レシーじゃないか! 我が愛息子よ!!」


 集落の中央にある、一番大きな家のなかから、ドタドタと老人が出てきた。

「おぉ……何てことだ、生きとるんだろうな!? レシー、レシーよ、声を聞かせておくれ!!」

 年は60後半くらいだろうか。ギョロリとした目に、太い幹のような口髭、背が低いが体つきはガッチリしている。足から腰にかけて怪我したのか、包帯をグルグル巻いて松葉杖をつき、一歩あるくごとに辛そうに顔を歪めていた。

 老人の名は、狩人たちの族長・ドンボイ。

 森狐族のレシーのことを愛息子と呼ぶ彼は、なぜか空鼬族だった。

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