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4 温もりあふれるウッドハウス

「ご足労でした。アルバ様がトレモロにいらっしゃるなんて名誉なことです」

「いえいえ……! サウザスの事件に関してはご迷惑をおかけしました」

「アルバ様が謝ることではございません。悪事は起こした者だけが悪いのですから」

 土栗鼠族アルバート・レイクウッドは、セイウチのような灰色の髭をふった。

 木工所の一番奥にあるムショ——事務所兼、社長の自宅は、木の温もりと歴史の重みが感じられる、広々としたウッドハウスだった。

 天井や柱には、そのまま森から切り出したような太い丸太が張り巡らされ、ドアや窓枠には、生き生きとした森の動物たちの木工細工が施されている。玄関ドアにはクルミを手にしたリスたちの彫刻が描かれ、応接室には飛び跳ねるシカの親子の木工像が置かれていた。テーブル傍にある松ぼっくりのランプからは、チェック模様の光が漏れている。

「素敵な建物ですね。こんなおうちに住めたら、仕事がはかどりそうだ」

「ええ、トレモロ勃興期の建築物です。当時の技術と粋を集めて作りました。偉大なる建築家・ゴブレッティ家の設計ですよ。今は亡き……」

 アルバート社長が笑って、横をフッと向いた。

 応接室の壁には多くの写真や絵が飾られていた。特に巻物のように長い肖像画には、トレモロを作った木工職人たちが、愛用の斧やノコギリを持って笑っている。100人以上いるその肖像画の中央には、立派な黒髭を蓄えた紳士、ドレスを着た笑顔の婦人、作業着姿のずんぐりした親方の3名が、ひときわ目立つように描かれていた。

 それぞれ、建築家ゴブレッティ家、町長のワンダーベル家、木工職人レイクウッド家の人たちだろうか……



「——すみません、アルバート社長。これから僕たち、ルクウィドの森で捜査をしたいのですが、あの……許可を頂けますでしょうか」

「フフフ……森に入られるのは自由ですぞ。レイクウッド社が許可を出すものではありません」

 社長アルバートが髭を揺らして笑った。ショーンは思わずエミリア刑事の顔を見つめたが、彼女は我関せずガムを噛んでいた。しかも、いつの間にか警察帽を脱いでおり、ショーンのツレのような顔で溶け込んでいる。

「ただし、森には多くの人間が住んでおります。木こり、木炭職人、狩人……彼らは排他的で、それぞれ強固な縄張り意識を持っている。外部の方に把握できるものではありません。うかつに入りこめば、たちまち罰を受けるでしょう」

「………ばつ…!?」

 ショーンは顎が外れるほど口を開いた。ナッツコーヒーの甘く香ばしい香りが、応接室に漂っている。

「それではお困りでしょうから、わたくしの息子テオドールを預けます。森は幼少期より彼の遊び場ですから、わたくしより詳しいほどです」

「ええっ、良いんですか!?」

「もちろん、アルバ様のお役に立てることを祈っております」 

 社長アルバートに斡旋され、テオドールが恐縮そうに礼をした。彼の横でマチルダが、ぴょんぴょん必死で手サインを送っている。

「……マチルダも連れて行っていいでしょうか?」

「ええ、どうぞ。ご随意に」

 社長は優雅にナッツコーヒーを飲みながら、ショーンらを送り出した。





 今日は3月18日森曜日。奇しくも森に入るのにふさわしい曜日だ。

 午前10時、社長宅のメイドから昼のサンドイッチをもたされ、ショーン御一行は出発した。捜索隊のメンバーは、ショーン、紅葉、エミリア刑事に、木工所のテオドールとマチルダの全部で5名。

「ったく……こんなに要らないのよ。ピクニックじゃないんだからさ」

「……や、頭数は多ければ多いほど役に立つかも」

「そうですよ、あたし頑張りますよっ!」

「…………。」

「皆さん、乗り心地はいかがですか?」

 テオドールがギャリバーの運転席から声をかけてきた。業務用に改造された木工所所有のギャリバーB-09型【キャメル】、後ろに木材運搬用の荷台を引いている。荷台には、残りのメンバー4人が乗りこみ、檻のように窮屈な空間で揺られていた。

「もうすぐ例の車道に到着します。そこからは先は険しい森です、もっと揺れますので、しっかり捕まっててくださいね!」

 テオドールはギアをチェンジし、思いきりアクセルを踏んだ。トレモロ地区の荒野の道から、警護官が逃走ルートに使ったという、森の北西の車道に突入する。

 深淵なるルクウィドの森は、すべての者を受け入れ、すべての者を惑わせる——

 不満を口に出すエミリア刑事に、始終笑顔のマチルダ、紅葉は黙りこみ一点を見つめて集中している。ショーンはゲロを吐きそうになりながら、【星の魔術大綱】が入った鞄をかかえて、ルクウィドの森道の揺れを耐えた。

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