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【星の魔術大綱】 -本格ケモ耳ミステリー冒険小説-  作者: 宝鈴
第25章【Galliver】ギャリバー(トレモロ建築家一族の謎 ①新たな旅立ち編)
151/339

1 レモン色のギャリバー

【Galliver】ギャリバー


[意味]

・ガレー船とガリヴァー旅行記にヒントを得て開発された、三輪式軽自動車。


[補足]

「ガレー船 (galley)」とは、古代から中世にかけて使われた帆船である。人力でオールを漕ぐため、複雑な地形や風のない場所でも、自由に走行できるのが特徴である。このガレー船と「ガリヴァー旅行記 (Gulliver)」にヒントを受けて作られたのが、三輪式軽自動車「Galliver(ギャリバー)」である。32年前にシュタット州のキンバリー社から販売され、以降ルドモンド大陸で爆発的に流行している。



挿絵(By みてみん)


「一体どうしてこうなったんだ!」

「う〜ん……どうしてだろうねえ」

 茫漠たる薄茶色の大地。時刻はお昼を過ぎた頃。

 大量の荷物を積んだレモン色のギャリバーが、ラヴァ州街道のど真ん中で立ち往生していた。

「やっぱあんな変な爺さんから、中古で買うんじゃなかった!」

「うるさいなあ、ショーン。ドップラー爺さんを悪く言わないでよ。相場の10分の1で買えたんだから」

「どう考えてもそれが原因だろ!」

 ギャアギャアわめくショーンを無視し、運転席から降りた紅葉が、首をひねりながらギャリバーの基幹部をチェックした。

「ンー、後輪のタイヤがパンクしちゃったみたい」

「予備のタイヤは?」

「ないよ。ショーンがティーセットを積んだせいじゃん」

 このティーセット捨ててく? と紅葉に問われ、

 サイドカーに座るショーンは、ダメダメダメ! と叫んだ。

 今日は3月17日の風曜日、遠くで渡り鳥が飛んでいる。

「とにかく、そこから降りてよショーン。トレモロまで押して行かなきゃ」

「ギャリバーを?! 町まで後どれくらいだ?」

「ギャリバーなら20分。押していくなら……2時間かな」

「——もお、やだ!!」

 晴れやかな青空は、東西南北どちらを向いても永遠と続いている。

 羊猿族のアルバ、ショーン・ターナーは【星の魔術大綱】を片手に叫んだ。



 時を遡ること2日前、3月15日地曜日の午後。

『ほらよっ、特別出血大サービスだぜぃ』

 ドップラー爺さんが3番倉庫の大扉をガラッと開けた。

 埃にむせるショーンの隣で、紅葉が目をキラキラさせて飛び跳ねた。

『すっごい……こんなにたくさん!』

『ギャリバー専用倉庫だ。本来なら月末にガレージセールだが……どれでも売ってやるぜぃ、値札がついてるモンだけな』

 倉庫の左右にそれぞれ30体は並んでいた。様々な車種やカラーリングにオプションはもちろん、派手な電飾やステッカーが施されている物も数多い。

『……サウザスの人たちって、こんなにギャリバーを持ってたんですか?』

『本当はもっとあったんだぜぃ。みんな列車の爆破ンとき、持ちかえっちまったのよ。ここにあるのは金が回らなくなった賭博場の奴らンだ』

 ここは巨大な貸し倉庫のほか質屋も兼ねている。元所有者のことを考えると、ショーンはあまり気が進まなかったが、ギャリバー好きの紅葉はキャッキャッと選んでいた。

『すごい、見てみてショーン! A-42型【アリス】がある!』

『ア……アリス?』

 かわいらしい名前と反する、黒光りする立派な車体のギャリバーが鎮座していた。大きなクラクションにテールランプ、もちろんサイドカーも付いている。

『アリスぁ、現行機種でイッチバン高えのだ』

『そうだよ、デッカーのデリカちゃんの愛車なんだから!』

『はぁ……』

 デッカーとは、デリカとマリーによる2人組の女性アイドルユニットだ。ギャリバーのキャンペーンガールから一躍有名になり、ルドモンド大陸中に彼女たちのCMソングが流れている。

 この倉庫の壁にも、デッカーの宣伝ポスターは至るところに貼ってあった。もちろんA-42型【アリス】のそばにも、愛車にまたがるデリカちゃんが満面の笑みで描かれている。その下に書かれた105000ドミーの数字を見て、ショーンの笑顔が消え失せた。

『90500ドミーでいいぜぃ、特価だ』

『素敵でしょ、買ってよショーン!』

『……たとえゼロが一桁減っても買わないぞ』

 欲に目が眩んでいる紅葉の手を引っぱり、町中でよく見る安価なギャリバーの棚へ向かった。酒場ラタ・タッタにあった車種が並んでいる。

『これじゃ駄目か? 1200ドミーだって』

『そりゃB-07型【カルゴ】。買い物用のだ。冒険にゃ向かねえぞ』

『そうだよ、もっとエンジンが丈夫なのにしなきゃ!』

 紅葉がショーンの腕を引っぱり、さらに倉庫の奥へ向かった。



「クソっ、丈夫なのを買ったハズなのに!」

「エンジンは丈夫なんだよ、エンジンは」

 風曜日は旅立ちの日、風神リンド・ロッドの加護がある日だ。

 ラヴァ州の母なる大地の元で、ショーンと紅葉は、三輪式軽自動車ギャリバーをえっちらおっちら押していた。

 荷台の重みにイライラして尻尾を振るショーンの横で、紅葉は平気な顔でぐいぐい押している。

「あーもう、ギャリバーなのに重すぎる! 何でコレを買っちゃったんだろ」

「だからアリスにしとけば良かったんじゃん」

「ふざけんな! 自分のカネじゃないからって!」

 アルバはけして高級取りではない。研究費ならそれなりに出るが、日々の生活を贅沢できるほど支払われない。さすがに下宿をでて家を借りるくらいは出るのだが、ショーンは毎日の高級菓子代と高級お茶代に消えていた。

「──でもさ、帝国調査隊って実際どれくらいお金が入るの? ギャリバーくらい経費で落ちない?」

「さあね……クラウディオ氏に聞いとけば良かった」

 ショーンは布テントに、顔をむにゅッと押しつけ歪ませた。

 ギャリバーの後ろに積んでいるのは、布テントをはじめとする旅用のキャンプ用具。紅葉の荷物にショーンの荷物。そして嵩張るティーセット。ショーンの乗るサイドカーには、お菓子と水筒とサッチェル鞄が収められ、紅葉がいる運転席の斜め後ろに、【鋼鉄の大槌】が旗のように刺さっていた。

「……! そうだ呪文で軽くしよう!」

 名案を思いついたショーンは両手を伸ばし、灰色の光を放った。


【この荷物をしばし軽やかに運ばせ賜え! 《ファルマグド》】


 呪文は無事1発で成功した。重い積荷を乗せたギャリバーは、オレンジ箱を載せた荷車くらいに軽くなった。

「よし紅葉っ、到着まであと何分だ?」

「これなら、あと1時間くらいで着くんじゃない」

 元気になったショーンは率先して車体を押し、州街道を東へずんずん歩いた……。

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