4 浮上する新たな名前
『昔は大型倉庫にあった……』
いったん駅から離れた紅葉は、脇を締めて顎を支え、探偵のように考えこんだ。
『もしコリン駅長がショベルカーを中古で入手していたとしたら……前の所有者も大型倉庫に預けていたかもしれません』
『前の所有者に何かあるんですか? 紅葉さん』
『……10年前、私を吊るした犯人だと睨んでいます』
『なるほど! とりあえず事務所に当たってみましょう。——ブーリン警部、大型倉庫の事務所に入ってもよろしいでしょうか?』
大型倉庫は現在、コリンが仕掛けた爆弾の大捜索が繰り広げられている。オールディスはトランシーバーを点け、12番倉庫にいるブーリン警部に連絡をとった。
『ああ、事務所は問題ない! ついでに残ってる爺さんを引きずり出して避難させてくれ! 危険が危ないぞおおお、ブオオオオ!』
オールディスは、興奮した警部との連絡をプチッと切った。
大型倉庫の事務所は、駅から少し歩いた1番倉庫のそばにある。
赤茶レンガの物置蔵には、膨大な書類が保管されており、物置蔵の玄関である黄色いガレージには、派手な電飾でデコられたギャリバーと共に、ドップラー爺さんが大型倉庫の受付と管理を行っていた。
『すみません。コリン駅長のショベルカーについて、何かご存じでしょうか?』
『あん?』
洞穴熊族のドップラー爺さんは、昼夜もなく働いているため、目元に黒々としたクマができている。蜜柑タバコを肺にぶち込み、洗濯物を吊るしながらボリボリと背中を掻いた。
『5番倉庫の14-5にあったヤツかい。コリンから毎年カネは払われていたがぁ、ここ3年ほどブツは見ていないな』
『彼はサウザスを去りました……解約していったんですか?』
石油ストーブの上でヤカンがコポコポ鳴っている。ここはもはや、事務所でもガレージでもなく、ドップラー爺さんの——家だ。
『いんやぁ、次の5月に更新に来なきゃ、3ヶ月後にワッチの所有になるぜぇ。更新にくるか見張っとくかい?』
ニィーッと金歯を煌めかせた。彼の愛車ギャリバーの、電飾の色とお揃いだ。
『じゃあショベルカーの……前の所有者って分かります?』
紅葉は金色の輝きに魅せられつつ、ドキドキと彼に問うた。
「——で、誰が持ってたんだ?」
ショーンの手中の緑山茶はすっかり冷えていた。少し気を抜けば、溢してしまいそうなほど傾いている。
「12年前から7年前まで、とある人物によって倉庫に預けられていたの……赤鶴族のタイ・セイメイに」
紅葉が厳かに告げた。
「なんでお前ら——戴泉明先生を知ってるんだ?」
急にヴィクトル病院長のドラ息子・アントンに話しかけられ、ショーンは「ウヴァアアアア!」と悲鳴をあげた。
緑山茶はヌルッと頭上に飛んでいき、カビ臭のする緑色の液体が、ショーンの顔に思いきりブッかかった。
「……それでアントン……戴泉明って誰なんだ」
「先生って言ってたけど、教師なの? それとも医師?」
ショーンと紅葉の両名は、アントンによって病院の廊下から、ひと気のない3階の奥にある倉庫へと連れていかれた。昔のカルテや古い器具がところ狭しと並んでいる。
びしょ濡れになってしまったショーンは、消毒液のプンプンするタオルを押しつけられ、クシュン! と何度もくしゃみした。
「戴先生はファンロン州出身の整形外科医だよ。鍼治療もやってた。昔サウザスの東区で個人医院を開いていたんだ。貧乏人でも安く治療を受けられるって評判だったんだぞお!……だいぶ前にクレイトに越していったけどね」
また外面のいい先生職か……とショーンと紅葉は目を見合わせた。アントンから「そっちこそ、なんで戴先生の名前を出した」と問われ——渋々告げた。
「コリン駅長と関係がありそうなんだ。もしかしたら、10年前に紅葉を吊るした犯人かもしれない」
「ぐううう、やっぱりか!」とアントンがうめいた。
整形外科医にて鍼師、赤鶴族の戴泉明——
「ユビキタス先生のかかりつけ医だ」
彼が胸元からカルテを出した。
数日前にショーンから依頼され、オーガスタス町長のカルテとともに、病院から失敬してきたユビキタスのカルテ——アントンはあれからカルテをじっくり読み、不審な点を探し出していた。
「ほらここ5年前の日付、3年前にも。戴先生の名前があるだろ。戴先生がクレイトにいった後も、何度か診てもらいに通ったらしい」
古びたユビキタスのカルテには、腰痛、神経痛などの病名や、数種類の薬品名とともに「戴先生」の名前も青インクで書かれていた。
「彼がコリン駅長とユビキタスと繋がってる……州警察に伝えよう!」
ショーンはいても立ってもいられず、倉庫から出ようと動いたが、アントンが待ったをかけた。
「その2人だけじゃない。エミリオも戴先生に診てもらってたんだ。歩行障害の治療にね」




