1 父親と息子
【Cleanup】クリンナップ
[意味]
・大掃除
・(犯罪や腐敗などの)粛正、浄化
・(鉱山での定期的な)鉱石集め、ぼろもうけ、野球の四番打者
[補足]
「clean」はゲルマン祖語「klainiz (光り輝く)」に由来し、klainiz は印欧祖語「ghel (光り輝く)」に由来する。つまり「clean と gold」は根っこの部分が同じであり、掃除による美しさと、黄金貨幣の美しさは、同等の価値を持つ。
『——秘宝はどこだ?』
ついに情報を吐き出させたユビキタスは、膝をついて耳をそば立て、指示棒を土にめり込ませた。
『…………ィ』
『んんっ? どこだ、どこにある!』
クレイト商人らは息を呑んで動向を見守り、出鼻を挫かれたコリンはつまらなそうにトランクを閉じた。
『秘宝は…っ……スティーブン様がお持ちになっている……ッ! 3年前にサウザスを出られた時、帝都にお隠しくださったのだ!——サウザスにはない!』
『…………あ゙ ?』
一瞬にして地下室が静寂に包まれた。
時刻は深夜2時。役場では、ちょうど役人がサウザス警察を呼ぼうとするのを、警護官たちがのらりくらりと止めていた所だった。
「……スティーブンって……スティーブン・ターナー??? 僕の父親ですか?」
ショーンは口にスモモでも突っ込んだかのように、アングリ開けた。
「左様です。秘宝は長年、リッチモンド家や銀行の地下金庫を転々としていましたが……もはやサウザス内でお守りするのは限界がありました。それほど、ユビキタスの周りには危険人物が蠢いている」
「でも……なぜ……サウザス出身でもないのに!」
父スティーブンも母親シャーリーも、ここから遠く離れたラヴァ州最西端・グレキス地区の出身だ。グレキスは、州内でもっとも羊猿族が多く住んでいる町であり、サウザス民が大好きな太鼓の生産地でもある。
「ショーン様、前にもお伝えしましたが……この田舎町サウザスに、アルバ様がいらっしゃることは滅多にない、非常に貴重なことなのです。しかもスーアルバになられる方が、お2人も……! これはドルーミ様のお導きに違いない。秘宝はもともと魔術組織の持ち物です……もはやアルバ様に全権を託し、サウザスから切り離すほうが賢明だと考えました」
オーガスタスは燦然と両手を伸ばし、彼の第一信奉神である【金の神 ドルーミ】に祈りを捧げた。
【金の神 ドルーミ・イゴ】とは、金と富を司る、貨幣、公正、裁きの神だ。真っすぐな瞳の老婦人で、右手には硬貨の袋、左手には天秤を持っている。富の繁栄を願う神だが、同時に争いを憂いて、裁きを下す神でもある。
ショーンはオーガスタスの祈りが終わるまで我慢し——終わるとすぐさま質問した。
「父は、ユビキタスが危険人物だと知ってたんですか? 組織のことは?」
「ええ、ご存知でおりました。むしろ調査していたようですね」
「本当に? いつから⁉︎」
「……ショーン様は何もお聞きになってないのですか?」
逆にオーガスタスに質問され、ニガヨモギを噛み潰したように唇を歪めた。
ショーンが父親について知ってることなんて、身長と、好物と、学生時代はとんでもない問題児だった事ぐらいしか無い。
(……もし前もってユビキタスと組織の話を伝えてくれたら、今回の事件は起きなかったんだろうか……アーサーの死は阻止できたか?)
ショーンはそこまで考えて首を振り、もう何も考えないようにした。
「この件はシャーリー……母は知ってるんですか?」
「いえ、シャーリー様はお優しい方ですので……ワタシの口からは。この件はスティーブン様とワタクシだけの秘密です。部下や家族をはじめ、誰にも内密に済ませたのですよ。……もちろん、秘宝の受け渡し後に、ご夫婦で相談されたかは分かりかねます」
「そ…う……ですか」
ショーンは母親の横顔を思い出し、真鍮眼鏡をカチッとかけ直した。
「おっと、失念ですな! フランシス様にもお伝えしましたぞ‼︎ スティーブン様が帝都に行かれてからは、もっぱらフランシス様と連絡を取っていたもので! ユビキタスについてもたくさん相談しましたよ。組織の件もご存知でして……」
「————!」
ラヴァ州アルバ統括長、フランシス……彼女もやはり組織の件をご存知だった。昨日ふるまわれた藤蘭茶の味と香りが、遠い昔の記憶に感じる。
「そう、スティーブン様に秘宝のことを最初にお話したのは、皇暦4567年の秋頃でした。お話のあと引っ越し準備を始められ……年末にはご夫婦で帝都に行かれてしまったのです」
ショーンがアルバの資格を得て帰郷したのは、翌4568年の1月である。ターナー親子は、サウザスと帝都を入れちがいに出ていった。
「まさか、秘宝を隠すために引っ越したんですか?」
「いえ、以前からスーアルバの資格を得るため、帝都に行かれると決めていたようですよ。……ショーン様はご存知でなかったのですか?」
「…………」
まずい、そろそろ墓穴を掘りそうだ。身内のことを他人に根掘り葉掘り聞いてどうする。
「まあとにかく……これより先の事は覚えてないのです。ワタシも気を失ったものでしてね。警察には組織や秘宝の話は伏せ、横領罪の告発の復讐という事にして伝えました。なぜワタシの尻尾を駅に吊るしたかは謎のままです。10年前の事件もね……」
ボーン、ボーン。書斎の装飾時計が鳴った。
もう昼の14時だ。思えばずいぶん長いこと話している。
「町長……町長が気を失っている間に、新聞記者のアーサー・フェルジナンドが殺されました。アーサー氏は組織のことを父親から教わって……密かにユビキタスたちを追っていたようです」
「聞きましたよ。なんと愚かな……持たざる者が追いかけていい代物ではありません」
オーガスタスは首を振って寝台を揺らした。
書斎の窓からは柔らかな白い光が溢れている。
「アーサーさんは、僕らに組織の件や警護官の素性を教えてくれたんです。でもその後すぐエミリオに……そうだ、エミリオはまだ近くにいるはず……‼︎」
ショーンはオーガスタスを置いて、病院長の書斎を飛び出した。




