6 宝と財貨を守る、サウザスの金庫番
『——お目覚めかな? オーガスタス君』
オーガスタスの瞼が動いた。
ようやくコリンに盛られた薬が解け、四肢が動くようになっていた——といっても、汚い木板を下敷きに何重にもロープを巻かれ、土の床に転がされて、まったく身体の自由はなかったが。
『ユビキ……タス……やはり貴様が黒幕かッ……!』
『ふん』
ユビキタスは教師が持つ指示棒で、オーガスタスの頬を突いた。セットされた町長の髪が、地下室の冷たい黒土に塗れてグチャグチャになる。
ブライアン・ハリーハウゼンの墓下にある地下室——
そこには遺体が納められた石棺と、供物を捧げる祭壇、火の神ルーマ・リー・クレアの石像が安置されている。
ジメジメした縦長の空間で、奥にクレイト商人たちが待機しており、手前の階段にはコリン駅長が座っており……そして、部屋の中央ではユビキタスがニヤニヤ笑って、横たわるオーガスタスを見下ろしていた。
『さんざん私の周囲を嗅ぎ回ってくれたようだね、臭かったよ、オーガスタス君』
『こんな事をして殺す気かね? キサマの横領は州議会に報告してある、すぐに犯人だと断定されるぞ!』
『それはもういい。君に聞きたいことは一つしかない……秘宝はどこにある?』
ユビキタスは指示棒で町長の耳をこづいた。オーガスタスは必死に耳と目を閉じ、老教師の質問を拒否していた。
『君なら知ってるはずだ、オーガスタス・リッチモンド君。はやく答えたまえ』
町長はグッと目をつぶり、30年前の夜、父親から古い小冊子とともに見せられた——あの不思議な光を、瞼の奥に思い出していた。
3月8日地曜日、時刻は深夜2時を回っている。
黒土に横たわるオーガスタスの耳のそばで、ユビキタス校長は小さなブーツで、コツコツと不快な足音を立て、秘宝探索にかかった時間と経緯を長々と語っていた。
『——いいかね? こっちは長い間ずーっと探していたんだ。最初はハリーハウゼン家。優しいヴィクトルは何度も家に泊まらせてくれた。屋根から地下までくまなく漁らせてもらったよ、収穫はあったが獲物はなかった……。次に第54代町長として役場を探した。屋敷よりはるかに広くて苦労したよ。金目の物は取り尽くしたが、肝心の秘宝の姿は無かった。……果てはコスタンティーノ家だ! 薄弱なエミリオ坊やのお守りは大変だった!……いずれも見つからなかったさ、長い時間をムダにしたな』
よき親友、よき町長、よき理解者の皮を被った、星白犀族の老人は、深く刻まれた皺を悲しそうに横に振り、その直後ニィーッと嗤った。
『探し続けて35年余……私はようやく思い至った! 宝物を預けるには金鰐族のリッチモンド家が一番だとね! おお、何て愚かなのだろう、もっと早く気づいていれば』
自虐しながらも高慢さが滲み出る声で、ユビキタスがローブを振った。
彼が長年気づかなかったのは理由がある。生前のブライアンは、家臣であるはずのリッチモンド家を疎んじ、批難する発言を繰り返していたのだ。それが目くらましであった事は、リッチモンド家のみが知る真実だった。
『——というわけでオーガスタス君。君は一方的に私の身辺を探っているつもりだっただろうが、私だってある時期から君の身辺を調査していた。今のいままで気づかなかったかね? フフッ、私の部下の方が優秀なようだ』
ずいぶんベラベラ手の内を喋ってくれる爺さんだ。このまま良い気にさせて情報を引き出せれば……そう思ったオーガスタスは、奥でズリズリと重い物を引きずる音がして、薄目を開けた。
『さあ、秘宝の在りかを教えたまえ』
クレイト商人が、漆黒の三日月の大斧を握っているのが見えてしまい、目を開けたことを後悔した。
『サウザス役場の地下かね? ん? それとも銀行の地下金庫かね?』
商人がオーガスタスの背後に回った。
三日月が夜空に浮かびあがるが如く、斧の刃先が宙へと持ちあがる。
『————ッヌグァッッグ!』
無情な黒い三日月が 斬ッ! と空を切り——
オーガスタスの尻尾の付け根に振り下ろされた。
『……おお、待て待て、いかんいかん。あの呪文を唱えておかねば』
ユビキタスが急に思い出したように灰銀色のローブを振った。
【塞げ、大地を覆う羊の花よ。 《イントレラビリス・バロメッツ》】
彼は指示棒を揺らし、あたり一帯に防音呪文をかけた。
地下室に白い煙が包まれる——。
『続いて、これもだ』
【消臭はこれでスッキリ! 《パフューム・フレイル》】
続いて消臭呪文、ピンクの靄も——童子のように楽しげな声が壁に響いた。
これで、いかなる鋭敏な聴覚と嗅覚の持ち主も、惨劇に気づく術がなくなってしまい、地下空間はますます堅牢な要塞となった。
『——で、何か吐いたか?』
『まだです』
ユビキタスが笑顔で指示棒をヒュッと下へ振った。ふたたび黒斧が振り下ろされる。
『グォアッッ——!』
固い皮が刃物で割られ、ザックリと尻尾の肉が断たれていく。血で濡れる金の鱗が、ランプの炎に煌めいて美しかった。
『しぶといな……さっさと吐かんか』
『……ハン、尻尾なら失っても良いと思っているだろう。さっさと脚を切り落とすんだ、それでダメなら腕をヤれ』
今まで黙っていたコリン駅長が口を開いた。奴はいったい何者なんだ、魔術のオーラが感じられない……組織の人間ではなさそうだが……『——ギアアワッ!!』
『ほれ、授業中にヨソ見をするな』
老教師がヒタヒタと棒を頬にあてた——その瞬間、オーガスタスはあらん限りの力で体をねじり、首をひねり、ユビキタスの指示棒を吹っ飛ばして、こう叫んだ。
『図に乗るなよ、ユビキタス……!
貴様に渡す金品など1ドミーですらありはしない。
秘宝な大切なブライアンの秘密であり、サウザスの宝だ!
我らがリッチモンド家、
サウザス創成期から続く、宝と財貨を守る金庫番であるッ‼︎
いかなる苦痛をかけられようと、この忠義、揺るぎはしない!
貴様らの脅しなんぞに屈しはせん…ぞォお……オオオオおお……ッ!』
めりめりと刃先がめり込み、完全に町長の尻尾を切り落とした。神経組織がオーガスタスの全身に痛みを伝え、視界が霞む。呼吸音と心臓音の区別がつかない。
『ハッ……グァ、あああっ……ヴァッ!』
『愚かなことだ……秘宝がどんな物かも分かってない癖に、』
ユビキタスは眉ひとつ動かさず、冷酷にオーガスタスを見下ろしていた。
『アレに金銭的価値などない、サウザスにも関係ないものだ……フン』
校長の灰銀色のローブが揺れる。ポロリと漏らしたそれは重要な情報に聞こえたが……オーガスタスはこれ以上ないほどの苦痛と激痛で、思考が散乱していた。
『がッ……がふっ……』
『もういい——直接あちらを当たるとしよう』
指示棒がクルリと優雅に振られた、リッチモンド屋敷の方角へ……
『では、私が行ってこよう。鍵はこいつのトランクに入っている』
コリン駅長はモフモフの尻尾を振って、のそっと階段から立ち上がった。
ユビキタスはナッツコーヒーでも頼むかのように、指を鳴らしてコリンに注文した。
『夫人と子供が寝ているはずだ、殺してきてくれ』
『——ァグァ、バ……まッ、ばでッ‼︎』
オーガスタスは愛しい妻ダイアナと幼い息子たち娘たちの顔を思いだし、視界を赤く染めながら、最期の気力だけで叫んだ。




