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5 困ったときの神頼み

 オーガスタスは町長室のクローゼットから、防災用のツナギに着替えた。黒い簡易毛布を腰に巻いて、目立つ尻尾を隠した。着ていたスーツはトランク鞄にしまい、町長室の窓から中庭に降り立った。

 《単純移動呪文》を唱えて窓の鍵をしめ、中庭から出て外庭をつたい裏玄関にまわり、夜警アントンが客の応対している時を見計らい、役場から脱出した。

 幸い、周囲にはクレイト商人の姿も怪しい人影もいなかった。

 町長はトランク鞄を抱えつつ身をかがめ、なるべく裏道や生け垣を縫い、ひと目を憚って、駅にほど近い駅長宅に到着した。



『夜分に失礼しますぞ! コリン駅長‼︎』

『これはこれは、オーガスタス町長。一体どうされ……ックシュイ!』

 コリンは町長をひと目見て、眉を寄せて鼻をつまんだ。彼からはタップリと酒の匂いが漂っており、モロに吸ってしまったコリンは酷くクシャミした。

『駅長。実は追われていまして、クレイトまで誰にも気づかれず、列車に乗せていって欲しいのです』

『追われているって……誰に……っクシッ』

『政敵です。お風邪ですかな?』

『アナタの酒のせいですよ……とにかく、詳しくは小屋で』

 オーガスタスは屋敷の脇にある小屋に通された。小屋の中にはガーデニング趣味の駅長夫妻らしく、カラフルなペンキで塗られた椅子やレンガ、グラニテ産の赤い園芸陶器に、黒土や肥料袋、手押し車などが置いてあった。


 しばらくして、コリンが顔を背けながら、コップ一杯の水と酔い止め薬を持ってきた。

『クシュン……町長、お話の前に酔いざましをお飲みください』

『いえ、今は何も口に入れたくは……』

『いいから……エクシュイ!……飲んで!』

 オーガスタスは仕方なくその辺にあった木製椅子に腰掛け、水で薬を流しこんだ。

『それで、列車に乗りたいわけですか。朝イチですかな?』

『ええ、できれば貨物車輌に乗せて頂きたい。クレイトでの引き渡しもお願いしますぞ。あすこにはVIP用の地下通路があるでしょう。あのトンネルを通って……州議会堂…へ…………』

『さすが町長、秘密通路をご存じでしたか……ですが、今後使うことはないでしょう』

 オーガスタスの顔から酔いとともに血の気が引いていき、意識までもが失われた。



『ヤレヤレ……逃走は想定していたが……まさか私のもとへ来るとはな』

 コリンはいったん家に戻り、寝巻きから作業着に着替えた。薬袋を暖炉に焼べて隠滅し、コップを洗い、マリア夫人の手を借りて、手押し車に町長の体を乗せた。

『よし、ユビキタスの元へ連れて行こう』

『待って! あなた。町長の尻尾が出ているわ』

 手押し車は小屋から出たところで、足を止めた。

 大人ひとり隠れるほどの大きさでは、町長の太いワニの尻尾を隠すのに難儀した。

『クソッ、なんて邪魔な尻尾なんだ、切り落としてやりたいくらいだ……!』


 焦る夫妻は、暗がりのなか、無理やり尻尾を折って押しこめた。

 小一時間前にナイフで切られ、ブラブラと皮膚で繋がっていた尻尾の先端部が、水色のヒヤシンスの花壇へ落ちていったとも気づかずに……。

 コリン駅長は庭師に扮して西区の道を通り、公営庭園まで向かった。庭師は、森栗鼠族がもっとも多く就く職業だ。道中怪しまれる事はなかった。

 土袋が被せられた手押し車のなか、オーガスタスの四肢と尻尾はピクリとも動かなかったが、意識はかろうじて戻っていた。彼はひたすら【金の神 ドルーミ・イゴ】と【水の神 イホラ・サシュ】に祈りを捧げ、体内のマナを集中させていた。


 コリンが公営庭園に着くと、校門前にポツンと立ち生徒を見送る教師のように、ユビキタスが庭園の入り口で待っていた。

 彼は鍵を開け、2人は無言で庭園内に入って行った。

 町長室からオーガスタスの姿が消え、失踪した事に気づかれるのは、これから10分後のことだ——。





「——なぜ、金神と水神に祈ったのですか?」

 事件の詳細に気が滅入ってしまったショーンは、あえてこの質問をした。オーガスタスは特に気にせず、妻に剃り落とされてしまった口髭の跡をなでつつ答えた。

「モチロン、金の神ドルーミ様と、水の神イホラ様は、金鰐族の第一信奉神ですからね! ショーン様の民族にも、信奉神がいらっしゃるでしょう⁉」

「ああ……なるほど、羊猿族は……土神と、森神になるのかな」

 羊猿族の第一信奉神は、【土の神 マルク・コエン】と【森の神 ミフォ・エスタ】とされている。

 だが赤き不毛の地サウザスでは、土神にも森神にも祈る習慣があまりなく、羊猿族すらほとんど住んでいない。なので、ショーンにとっての第一信奉神は、もっぱら【火の神 ルーマ・リー・クレア】だった。


「とにかく、ワタクシの命が尻尾だけで済んだのは、ドルーミ様とイホラ様のご威光だと思っていますよ。退院したらすぐに聖堂へ供物を捧げなければ!」

「尻尾を切られて駅に吊されたのは……どういう経緯だったのですか?」

「さてね、まったく組織のヤツらは狂っている、こっちが聞きたいくらいです‼︎」

 ヒートアップし始めたオーガスタスは、己の太い尻尾……もとい尻尾の付け根をぶん回しはじめた。

 切り株のような付け根には、すぐビシシッと切れ目が入り……ヌオオオオ! と激痛で悶絶した。

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