3 300年以上、埋もれた秘密
【Faustus】
略称は Fs (フス)
意味は《祝福されし者》
アルバと無関係の出自でありながら、
アルバの見込みがある者をスカウトし、
アルバを目指して日々研鑽し、
金をかき集め、
嗅ぎつける者は殺し、
禁術にも手を染めている——
「それが、ユビキタスの所属する組織……ブライアン総理事も?」
ショーンとオーガスタスは、そろって書斎の壁に飾られている肖像画へ頭を向けた。
約350年前の人物、サウザス勃興の父、ブライアン・ハリーハウゼン……子孫であるヴィクトル院長とそっくりな面立ち。だがわずかに顎髭が濃く、精悍な顔つきをしている。
「ええ。ハリーハウゼン家もアルバは輩出していませんが、幸か不幸か、ブライアンは多量のマナを持って生まれてきました」
「それ……ユビキタス先生も同じですッ!」
彼もマナを持っていた、彼の【星の魔術大綱】はこの書斎で見つかった。
ショーンの荒らげた声には、まだ僅かに涙が混じっていた。
「ええ、ブライアンもユビキタスも同じ……アルバの家系でないにも関わらず、呪文を扱えるほど多くのマナを持って生まれた存在です。それが——《祝福されし者》」
魔術学校の生徒の多くが、アルバ一族の出身だ。ショーンのターナー家も例外ではない。
《祝福されし者》という呼称には、先祖の威光にはぶら下がらないという矜持が見える。なのにどうして、悪事に染まってしまうのか——
ショーンは忸怩たる思いで唇を噛み、オーガスタスは腕を組んで話を続けた。
「ブライアンは幼少期より、自室で【星の魔術大綱】を読み、独学で呪文を勉強しましたが、魔術学校には合格できませんでした。組織へ入所したのは15歳の頃だそうです。しかし成長につれてFsの邪悪さに気付いたのでしょう。中年になり、クレイトからサウザスへ移住すると同時に、組織とは縁を切ったのです」
「……ヴィクトル院長は組織の件をご存知なんですか?」
「ふッ…… “ご親友” のユビキタスが伝えてない限り、知る由はないでしょう。ブライアンはご家族や家臣には、けして組織の存在を明かさなかったのですよ。唯一リッチモンド家だけが、密かにこの件を託されました」
「……なぜ?」
急にオーガスタスはいつもの調子でふんぞり返り、こう言ってのけた。
「我らがリットモンド家は、同じ金鰐族であるアルバの名門・コクラン家と、古くから懇意にしていたのです! 何を隠そうコクラン家は【Fsの組織】に真っ向から対立していた一族なのですよ! さすがははリッチモンド家、サウザスの財務を取りしきる金庫番です‼︎」
彼は点滴台を槍のように持ち、患者服をはだけさせながら胸を張った。
ショーンは(コクラン家が凄いだけでは……?)と内心、思ってしまったが、神妙な面持ちを崩さないよう頷いた。処世術だ。
「でも……ブライアンが組織に属していたのは、300年以上昔の話ですよね。それが現代になって関係が?」
「あります。ここからが肝心なのです。ブライアンは組織を抜ける際、とある秘宝を盗んだのです」
「——秘宝?」
時刻は昼の1時を回ろうとしている。
途中、誰か来ないかとショーンはヒヤヒヤしていたが、幸い来訪者はいなかった。のどかな春の日差しが、書斎の部屋を白く照らしている。
「ええ、秘宝がどのくらいの価値や役割を持つのかは分かりません。ブライアンがいた当時、組織では内部抗争が激化し、何十人もの離反者が出ていたようです。そのため、誰が盗んだのか300年以上、把握していませんでした」
ショーンは息を呑み、点滴針のことも忘れて体をよじった。
「つまり——その秘宝はずっとサウザスにあったと⁉︎」
「その通りです。ユビキタスは組織側に残された資料と、役場倉庫にあるサウザス勃興期の資料をあたり、総理事ブライアンが秘宝を盗んだ張本人だと、自力で突き止めたようですね」
オーガスタスは人差し指を天井に向け、長年、歴史の土に埋もれていた秘密を掘り起こした。
「じゃ、じゃあ……それが真の目的……?」
ずっと不明だった事件の動機——
事件当日の火曜日、夜警アントンが推測した『町長職を取られた恨み』
翌日の水曜日、新聞記者アーサーが言い放った『アルバの実力を試すため』
地曜日にアーサーがエミリオに殺害され、より深まった『エミリオの報復』
そして空けて森曜日、アルバ統括長フランシスから知らされた『横領事件』
……そのいずれも、真の動機ではなかったという事か……
「ええ、ユビキタスの一番の目当ては秘宝ですね。あやつはそういう男です」
「リッチモンド家がずっと秘宝を守ってきたんですか?」
「無論ですな! この金鰐族、お宝の守りに関してはどんな民族より負けませぬ‼︎……まあ流石に、ワタクシの代で組織が奪還しに来るとは、思ってませんでしたがね……」
興奮したオーガスタスは腕をゆっくり膝に降ろし、今日初めて、自分の切られた尻尾を眺めた。尻尾の中心に当たるはずのそこには虚空しかなく、もそもそと付け根を動かし、当日の様子を思い出していた。




