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2 鉄と赤土と太鼓の町 サウザス

 涙をぬぐったショーンの瞳に、壁の本棚が映った。

 6日前にここへ来た日のことを思い出す。腕を振りまわして暴れるアントン……オーガスタスに激昂するヴィクトル……オーガスタスを擁護するユビキタス……

「町長……お聞きしていいのか分かりませんが……犯人はユビキタス校長なんですか?」

「構いませんぞ、すでに新聞で報道されている頃でしょう。ええ、ヤツが犯人です」

 本棚から南へ視線を移した。

 書斎の大きな窓には、校庭と学校の校舎が映っている。陽だまりの中に佇む校舎に、毎日通っていた日々のことを思い出す。


「ユビキタス氏が……尻尾を切ったのですか?」

「いいえ。私の尻尾を切り落としたのはクレイト商人の仕業です。彼らは黒い三日月の斧を持っていました。直接指示していたのが、ユビキタスです」

「そうですか……では、コリン駅長は?」

「ヤツもまた犯人です。私はあの夜、コリン駅長に助けを求めに行きました。しかし奴は仲間だった!……彼は私を公営庭園へ運び、ユビキタスらに引き渡したのです。尻尾を駅に吊り下げたのは、おそらくコリンの仕業でしょう」

「なるほど……では警護官は事前に怪しいと気づいていたのですか? エミリオは?」

「お待ちください、ショーン様」

 矢継ぎ早やに質問していたショーンは、オーガスタスに制された。彼は目玉をギョロっと回し、周囲に誰も居ないことを確認し、声をひそめてこう言った。

「ショーン様に特別にお伝えしたいことがあります——組織の件です」





 皇暦4570年3月7日の夜、オーガスタスの身に何が起きたのか。

 それを語る前に、いま一度『サウザス地区の成り立ち』について話をしよう。


 はるか昔の古代ラヴァ州は、州都であるクレイトを中心にして、グレキス、ノアといった西部のみ発展していた。

 クレイトは帝国創立時代——つまり4570年続く皇暦の、初期の初期に作られた古都であるにも関わらず、ラヴァ州の中央および東一帯は、遅々として開発が進んでいなかった。農業が可能な西側に比べ、あまりに不毛な大地が広がっていたからだ。町と呼べるようなものはなく、小集落が細々と暮らしていた。


 時は移り中世。

 ラヴァ州は2000年以上の長い時間をかけ、中央部を整えた。肥沃な穀倉地域・ファンロン州の交流基地となったコンベイ地区……ジーンマイセの丘の奇跡を起こし、果樹園が広がったグレキス地区……途中なんども災禍や戦禍にみまわれながらも、中央部の地区が完成した。

 これらの成功を経てようやく、ラヴァ州は東部開発への切符を得たのだ。


 近世に入り、約350年前。

 ラヴァ州・地理統括長であり、地質学の権威であった洞穴熊族のブライアン・ハリーハウゼンは、州東部にて大規模な地質調査を行った。彼は7年もの歳月をかけ、現在のサウザス北部にあたるルクウィドの森から、鉄の大鉱脈を発見した。

 州政府はさっそくブライアンに鉱山開発を指示した。彼は州東部の総理事に任命され、クレイトから多くの家臣をともない入植した。家臣たちの中には、帳簿役である金鰐族のリッチモンド家、世話人である砂鼠族のコスタンティーノ家もいた。



 ブライアン総理事は、ラヴァ州中から多くの鉱夫を雇い、サウザス鉱山を勃興した。このとき鉱夫に配った何千にもおよぶ肩下げ鞄「Thousands of Satchels (サウザンス・オブ・サッチェルズ)」は、のちにサウザスの名前の由来となる。

 一方でブライアンの家臣らは、鉱夫たちが孫子の代まで働けるよう、近隣に居住地を開発していた。

 金融に詳しいリッチモンド家は、資金調達を行い、土地の西側に、役場や銀行などの公共施設を建設した。土地の東側に、商売用のテントを張ったコスタンティーノ家は、勤勉さと商才を生かし、やがて大規模な市場を作った。


 そうして鉱山勃興と町開発は並行して行われ、どちらも順調に拡大していった。

 ラヴァ州6番目の地区として、正式に制定されたのが、入植から15年近く経過した332年前のことである。皇暦4238年7月8日、この日は役場の落成日でもあり、ブライアンは出来立てホヤホヤの役場前で任命式を行った。

 この土地は「サウザス」と名付けられ、鉱山地区として現代まで至っている。


 以降のサウザスは、ある時からグレキス産の太鼓が流行し、「鉄と赤土と太鼓の町」と呼ばれるようになった。

 また近年では、町の南に州鉄道や郵便局、大型倉庫が作られ、将来的に南区として発展していくだろう。

 毎年7月8日は勃興祭が開かれ、ブライアン・ハリーハウゼンと家臣たちを讃え、盛大にお祝いしている。

 そして彼らの子孫は、今でもサウザスの町運営に尽力している——。

 




「……そんな町の歴史に、この事件が関係あるんですか?」

 ショーンの真鍮眼鏡の角度が斜めになった。

 鉱山の町らしい無骨で健全な成り立ちのサウザス。

 アルバや魔術は全く関係していないし、ましてや、怪しげな組織が関与する余地などないように見える。

「それがあるのです、ブライアン・ハリーハウゼンは【Fsの組織】に関与していたのです」

「Fs (フス)の組織?」

「ええ。正式名は【Faustus(ファウストス)】——意味は 《祝福されし者》」

 オーガスタスはいっそう声をひそめ、ショーンに告げた。

 遠くで鳥のさえずりが鳴いている。

 何の鳥かは分からなかった。


挿絵(By みてみん)

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