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1 朝起きたら両親がベッドにいなかった

【Gold】ゴールド


[意味]

・金、元素記号Auの金属元素、金色

・金貨、財宝、貨幣

・貴重なもの、高貴なもの、輝かしく素晴らしいもの


[補足]

印欧祖語「ghel (光り輝くもの)」に由来する。「gold (金)」は、古来より世界各地で財宝や貨幣として珍重され、富と権力の象徴であり、欲望や闘争の源でありつづけた。「alchemy (錬金術)」は、黒ずんだ鉄やなまりを、光り輝く黄金に変えるべく発展した学問であり、そこから生み出された研究と実験は、現代化学の基礎となった。





 朝起きたら両親がベッドにいなかった。

 別に珍しい事じゃない。そのための下宿暮らしだ。

 ただ、いつもなら前日までに伝えるか、テーブルに書き置きがあるから、少し戸惑っただけだ。

 部屋を出てキッチンに降りたら、遅起きの下宿人たちが珍しく集まっていた。

『ショーン、大変だぞ。事件が起きた』

『オッズさんおはよう。ついに父さんが捕まったの?』

『違う! 駅で女の子が列車に轢かれたんだ。ふたりとも治療に行った』

『ええっ……学校の誰かかな。僕の知ってる人?』

『……分からない……どうやら線路上に吊るされていたらしい』

 げえ。衝撃スクープの朝に食べるオレンジマーマレードは、やたら酸っぱく感じた。


 ショーンは食事もそこそこに、サッチェル鞄をつっかけ学校へ向かった。

 朝の教室はいつもより暗く、なのにヒソヒソ声はやたらうるさい。

『リュカ、事件についてなんか知ってるか?』

 隣に座る友人のリュカは、黙ってビシッと窓の外を指さした。

 見ると、校庭に生徒の親がたくさん集まっている。リュカの母親エマもいた。

 みんな心配して送り迎えにきたんだろう……井戸端会議に夢中だった。



『——みなさん、少し早いですが席につきましょう! さあ静かに!』

 ユビキタス先生が足早に入ってきた。両手を厳しめにパンパン叩き、教壇に立つ。

『ご存知の人も多いでしょうが、今朝、恐ろしい事件がサウザス駅で起きました。10歳くらいの少女が線路上の門に吊るされていたのです……重傷を負いました』

『せんせい、その子のお名前は?』

『学校の生徒なんですか?』

『いいえ、写真で確認しましたが……うちの生徒ではありません。サウザスの子ではないかもしれません』

 教室に喜びの声があがったが、先生は厳しい口調でたしなめた。


『みなさん! 犯人はまだ捕まっていません。事件はこれで終わりかは分からないのです』

 一瞬安堵しかけた生徒たちは、それを聞いてブルっと震えた。

『良いですか、しばらく一人で行動しないように。遊びは家の中でしましょう。そして出かける時は大人と一緒に……』

 ユビキタス先生が注意事項を仰っている。

 でもショーンは平気だった。

 自分には、こないだ買ってもらった【星の魔術大綱】があるからだ。

(呪文を唱えれば犯人なんてイチコロさ……)

 ショーンは口元のニヤケを抑えつつ、机の下に入れた本の表紙をソッと撫でた。


『現在、ヴィクトル院長とサウザス病院のみなさん。そしてショーンのご両親が、彼女を救おうと戦ってくれています』

 不意に自分の名前を出されてビクッとなった。ガタタッと机を押さえ、周りからクスクス笑われる。

『みなさん、それでは少女が助かるように、モルグの神に祈りましょう——』

 生徒たちは静かに首を垂れて黙祷する……ショーンも祈った。

 女の子の無事と、両親による治癒の成功を、手短にググッと祈り……

 それから長めに『ある事』をモルグ神にお願いした。

 早く一人前の魔術師になれますように…………と。



「お目覚めですかな? ショーン様」

 目の前で、オーガスタス町長がギョロリとした金の瞳で見つめていた。

「——うぎゃあああああああっ!」

 最悪の光景に、ショーンは在らん限りの悲鳴を上げた。

 猿の尻尾がビリビリ震え、羊角で曲がった音波が木霊した。



「ウハハハハ、お疲れでしたでしょう、ここはなかなか快適ですぞ」

 ショーンは、なぜかオーガスタスのピッタリおとなり……病院長ヴィクトルの書斎で眠っていた。簡易寝台に寝かされ、腕には点滴針が繋がれており、さながら病人のようだった。病院には応援に来たはずなのに……情けない。

「い、いま何時ですか? はやく起きなきゃ……!」

「まあまあ、金曜日の昼12時です。金曜はいけませんな、銀行が休みでしたもので、どうしても体が休息モードに入ってしまう」

 点滴を終えたオーガスタスは起き上がり、解放感に満ちた顔で、肩をゴキゴキッと鳴らしていた。


「も、もう動けるんですか? 体調の方は?」

「おかげ様でバッチリですな、むしろ長いお休みをいただけた気分です」

 オーガスタスはなまった体をほぐすように、腕を振り回している。

 ショーンは半ば混乱しながら喋り続けた。

「やすみ……町長には休日ってあるんですか?」

「いーや、特に無いですなあ。役場は森曜日がお休みですから、多少はゆっくりできますが」

「僕も……アルバになってから休みがなかったんです。町長にお会いした日は無理やり休みを取って……その日から色々起きて」

 事件の被害者にかける会話の内容ではなかったかも知れないが、オーガスタスは特に気にすることなく、鷹揚に笑っていた。


「ご迷惑をおかけしましたぞ、ショーン様。ゆっくり療養ください」

 ショーンは点滴針に気をつけつつ、身体を起こした。

 側近たちもダイアナ夫人も部屋にはいない……なぜか見張りのはずの警官たちも。

「みな出払って頂きました。警官たちはドアの前におりますぞ」

「ドア前にって……良いんですか、またあの日のようになるかも……」

「心配いりません、なんせここには敵の襲撃を死守し、列車の爆破を止め、私のことを見つけてくださった、偉大な英雄であるアルバ様が付いておられますからな!」

 ガッハッハと町長が背中で笑っている。

 ショーンは、彼から見えないように顔を片手で覆い……涙をこぼした。

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