5 絶対に誰にも言うな
トロッコは静かにサウザス駅の手前に到着した。
話には聞いていたが……コリンが起こした爆発の跡は、凄惨な様相だった。
駅ホームの鉄骨屋根はひしゃげ、栗皮色のレンガ塀は黒焦げであちこち落下している。
10年前に紅葉が、そして先日に町長の尻尾が吊り下げられていた、あの忌まわしき装飾柱は、3本ともぐちゃぐちゃに折れて、線路上に散らばっている。
線路も大部分が歪んでおり、爆心地である駅構内の線路は、木っ端みじんに吹き飛んでいた。
現場には警官、駅員、役人がまばらにいる他は、野次馬も商人たちもすべて消え去り、不気味な空間となっていた。
「——警部、お疲れ様です」
アルバ一行は、郵便局前の簡易テントで捜査を仕切っていた、ブーリン警部に挨拶した。
「おお、ショーン様ッ、それにコンベイ街のペイルマン殿ではないか! お久しぶりですなあ!」
警部は瞳孔が開ききり、異様に目を爛々とさせていた。
思わぬ様子にショーンは頬を引きつらせつつ、手短に事件の報告をした。
「……ここから約2km西の線路に爆発物を2つ見つけました。1つは線路脇にあり、安全に起爆させました。線路は少々損壊しましたが怪我人はいません。列車も付近で停止しています」
「ほほう、了解だッ、すぐに向かわせよう!」
「もう1つは一番西の大型倉庫前にあります。線路脇のものより遥かに強力です」
「何ぃ⁉︎」
「倉庫の爆弾はクラウディオ氏が解体に掛かろうとしています。もしかしたら他にもあるかも知れません、用心してください」
「何だと、すぐに探させよう! 一帯も封鎖せねば‼︎」
ブーリン警部はアルバ2人の肩をバンバン叩き、牛角をブンブンその場で振り回している。
「……ペイルマンさん、警部の様子が……」
「……フン、葉っぱか。まあ斑紋が出てなければ無事だろう」
紅葉と機関助手は事情聴取のため連れて行かれ、(紅葉は内心、かなり酒場へ帰りたがっていたが)ショーンとペイルマンは、警部に叩かれた肩を痛めながら、テントを後にした。
時刻は夜11時を回っている。
アルバ2名は翌日の聴取を約束し、サウザス病院へ治癒に向かった。
サウザス病院は深夜にも関わらず、夕方の爆発事故のせいで、廊下にまで怪我人が溢れていた。ペイルマンとショーンは挨拶もそこそこに、人々の隙間を縫って控え室に向かい、白い無菌服へと着替えた。
「……このままではいかんな」
着替えながらペイルマンは古トランクから書類を取りだし、ショーンにすぐさま頭に叩き込むよう命じた。
「何ですか、これ」
「改良した高速回復呪文 《ソーセージ入りのパイ》だ。疲労回復以外にも、劇的な消炎鎮痛効果と、精神安定効果がある。マナ効率も非常に良い。廊下の患者には片っ端からこれを掛けろ。ワタシは重傷者を見る」
「えっと……呪文を改変したんですか?……まさか未認可?」
「——絶対に誰にも言うなよ、絶対だぞ」
ペイルマンは真鍮眼鏡の右筒をギィギィ伸ばし、控え室から出て行った。
(……おいおいおい……)
ショーンはため息をつき、十数枚の紙束をペラペラめくった。
新たに製作した呪文は、新規・改変に関わらず、帝国の認可が必要だ。
何段階もの審査があり、承認にはとてつもなく時間が掛かるらしい。
未認可の場合、身内で小ぢんまり実験する分は問題ないが——他人への使用や大規模実験には、とうぜん正式な許可がいる。もし、未認可使用がバレたら……
(……彼に脅されて仕方なくって言おう……)
呪文内容を頭に叩き込んだショーンは、彼のトランクに紙束をそっと戻し、覚悟を決めて外へ向かった。
「……うぅ……うう」
「大丈夫ですか、今から回復呪文を掛けますからね、痛みが取れますから」
ショーンは廊下に溢れる怪我人に声をかけ、次々に呪文をかけて行った。
「……う、痛え、痛えよお……」
背中を火傷して廊下に寝ている、貧民街の老人も。
「なにするの! やめてぇーッ、こわいこわい!」
足を脱臼し混乱している物売りのおばさんも。
「……すまない、痛みが軽くなった」
尻尾を燃やされて取れてしまった、寡黙な駅員が紳士的に礼を言った。
【気力回復はこれで充分! 《ソーセージ入りのパイ》】
ハイスピードで数をこなし、なんとか1階にいる患者は見終わり、2階へ上がろう……とすると、階段の踊り場で説教している婆さんがいた。
「——だから言ったじゃない、バチが当たったのよ!」
声の主は、市場の青物屋のエリナ婆さんだった。
奇しくもショーンが市場でクレイト商人を見かけた日に、野菜の大量に差し入れてくれたエリナ婆さん……その彼女が、娘親子に向かって怒鳴っていた。
25歳くらいの娘さんは、右顔から腰にかけて血だらけで包帯を巻いており、4歳くらいのお孫さんは、頬に絆創膏を貼り、母の左腕にもたれてうつらうつらしていた。
「コリンさんはね、防災訓練に出てくださいって毎年ずっと仰ってたのよ。市場にビラまで配って。なのに貴方たちったら毎年スープを貰いにいくだけ! みんなそうよ、だからバチが当たったの……あら、ショーンさん⁉︎」
「…………もうその辺で……お静かに」
「あらあら失礼! まさか病院のお手伝い?」
「はい……ちょっとお孫さんを預かってもらっていいですか、娘さんの治癒を開始します」
ショーンの体は無心で回復呪文を唱えていたが、頭の中は先ほどのコリンの話が何度も再生されていた。
(もし皆がちゃんと防災訓練に出ていたら……爆破事件は起きなかったんだろうか)
(……いやまさか、だってコリン駅長も組織の人間なんだろ?)
(事件の隠蔽とか脱走目的だったんじゃ……それともただの腹いせ?)
(いや、答えは全部……か?)
考えている間に、無事に娘さんへ治癒を終えた。
今まで月夜のように暗かった彼女の顔が、一段明るくなった気がした。エリナ婆さんは孫をぶんぶん振って喜びを表現している。
「んまああ、さすがはアルバ様ね! それに何て美味しそうな匂いなんでしょう! なんと言う呪文なの?」
「はい……次の方がいますので、失礼します」
(このことは後で警察に伝えなきゃ……紅葉にも)
ショーンはそそくさと立ち去り、2階へ上がった。彼の顔は数段暗くなっていた。
このフロアにも相変わらず多くの怪我人がいた。
2階は院長をはじめとする先生ごとの診療室があるのだが……スタッフの多くは重傷者の手術に回っているせいか、新米看護師が1人で半べそをかきながら手当を行っていた。
ショーンも焦りつつ治癒に協力していたが、半分ほど呪文を唱えたところで、ついにマナ切れになってしまった。
「おおアルバ様……わたくし次の番なんですけど、まだですか……?」
「——ごめんなさい、マナが回復するまで休憩します‼︎」
「そんなぁ……!」
「1時間後に治しますから、今は寝ててください!」
シワシワのお婆さんを置いて行くのは忍びなかったが、逃げるようにして2階奥の「Staff only」の扉を開けた。
病院長ヴィクトルの書斎だ。鍵が空いてて助かった。
ほんの数日ぶり、体感1年ぶりにも感じる。
来客用のソファで少し休ませてもらおうと、入ったそこには——
「あれ?」
思ったより大勢の人間が、書斎にいた。
警官、銀行員、役人……何人か見覚えのある人物もいる。
町長秘書のブロークン氏に、マーム夫妻の息子さん……中でも、ひときわ豪華なドレスを纏っていたのは、立派な金の鰐の尾を持つ女性……町長夫人ダイアナだった。
彼らに囲まれるように、治療用の寝台に眠っているのは……
我らが第55代サウザス町長、金鰐族のオーガスタス・リッチモンドであった。




