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【星の魔術大綱】 -本格ケモ耳ミステリー冒険小説-  作者: 宝鈴
第22章【Logistics】ロジスティックス
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5 絶対に誰にも言うな

 トロッコは静かにサウザス駅の手前に到着した。

 話には聞いていたが……コリンが起こした爆発の跡は、凄惨な様相だった。

 駅ホームの鉄骨屋根はひしゃげ、栗皮色のレンガ塀は黒焦げであちこち落下している。

 10年前に紅葉が、そして先日に町長の尻尾が吊り下げられていた、あの忌まわしき装飾柱は、3本ともぐちゃぐちゃに折れて、線路上に散らばっている。

 線路も大部分が歪んでおり、爆心地である駅構内の線路は、木っ端みじんに吹き飛んでいた。

 現場には警官、駅員、役人がまばらにいる他は、野次馬も商人たちもすべて消え去り、不気味な空間となっていた。



「——警部、お疲れ様です」

 アルバ一行は、郵便局前の簡易テントで捜査を仕切っていた、ブーリン警部に挨拶した。

「おお、ショーン様ッ、それにコンベイ街のペイルマン殿ではないか! お久しぶりですなあ!」

 警部は瞳孔が開ききり、異様に目を爛々とさせていた。

 思わぬ様子にショーンは頬を引きつらせつつ、手短に事件の報告をした。

「……ここから約2km西の線路に爆発物を2つ見つけました。1つは線路脇にあり、安全に起爆させました。線路は少々損壊しましたが怪我人はいません。列車も付近で停止しています」

「ほほう、了解だッ、すぐに向かわせよう!」

「もう1つは一番西の大型倉庫前にあります。線路脇のものより遥かに強力です」

「何ぃ⁉︎」

「倉庫の爆弾はクラウディオ氏が解体に掛かろうとしています。もしかしたら他にもあるかも知れません、用心してください」

「何だと、すぐに探させよう! 一帯も封鎖せねば‼︎」

 ブーリン警部はアルバ2人の肩をバンバン叩き、牛角をブンブンその場で振り回している。


「……ペイルマンさん、警部の様子が……」

「……フン、葉っぱか。まあ斑紋が出てなければ無事だろう」

 紅葉と機関助手は事情聴取のため連れて行かれ、(紅葉は内心、かなり酒場へ帰りたがっていたが)ショーンとペイルマンは、警部に叩かれた肩を痛めながら、テントを後にした。

 時刻は夜11時を回っている。

 アルバ2名は翌日の聴取を約束し、サウザス病院へ治癒に向かった。




 サウザス病院は深夜にも関わらず、夕方の爆発事故のせいで、廊下にまで怪我人が溢れていた。ペイルマンとショーンは挨拶もそこそこに、人々の隙間を縫って控え室に向かい、白い無菌服へと着替えた。

「……このままではいかんな」

 着替えながらペイルマンは古トランクから書類を取りだし、ショーンにすぐさま頭に叩き込むよう命じた。

「何ですか、これ」

「改良した高速回復呪文 《ソーセージ入りのパイ》だ。疲労回復以外にも、劇的な消炎鎮痛効果と、精神安定効果がある。マナ効率も非常に良い。廊下の患者には片っ端からこれを掛けろ。ワタシは重傷者を見る」

「えっと……呪文を改変したんですか?……まさか未認可?」

「——絶対に誰にも言うなよ、絶対だぞ」

 ペイルマンは真鍮眼鏡の右筒をギィギィ伸ばし、控え室から出て行った。


(……おいおいおい……)

 ショーンはため息をつき、十数枚の紙束をペラペラめくった。

 新たに製作した呪文は、新規・改変に関わらず、帝国の認可が必要だ。

 何段階もの審査があり、承認にはとてつもなく時間が掛かるらしい。

 未認可の場合、身内で小ぢんまり実験する分は問題ないが——他人への使用や大規模実験には、とうぜん正式な許可がいる。もし、未認可使用がバレたら……

(……彼に脅されて仕方なくって言おう……)

 呪文内容を頭に叩き込んだショーンは、彼のトランクに紙束をそっと戻し、覚悟を決めて外へ向かった。



「……うぅ……うう」

「大丈夫ですか、今から回復呪文を掛けますからね、痛みが取れますから」

 ショーンは廊下に溢れる怪我人に声をかけ、次々に呪文をかけて行った。

「……う、痛え、痛えよお……」

 背中を火傷して廊下に寝ている、貧民街の老人も。

「なにするの! やめてぇーッ、こわいこわい!」

 足を脱臼し混乱している物売りのおばさんも。

「……すまない、痛みが軽くなった」

 尻尾を燃やされて取れてしまった、寡黙な駅員が紳士的に礼を言った。


【気力回復はこれで充分! 《ソーセージ入りのパイトード・イン・ザ・ホール》】


 ハイスピードで数をこなし、なんとか1階にいる患者は見終わり、2階へ上がろう……とすると、階段の踊り場で説教している婆さんがいた。

「——だから言ったじゃない、バチが当たったのよ!」

 声の主は、市場の青物屋のエリナ婆さんだった。

 奇しくもショーンが市場でクレイト商人を見かけた日に、野菜の大量に差し入れてくれたエリナ婆さん……その彼女が、娘親子に向かって怒鳴っていた。

 25歳くらいの娘さんは、右顔から腰にかけて血だらけで包帯を巻いており、4歳くらいのお孫さんは、頬に絆創膏を貼り、母の左腕にもたれてうつらうつらしていた。

「コリンさんはね、防災訓練に出てくださいって毎年ずっと仰ってたのよ。市場にビラまで配って。なのに貴方たちったら毎年スープを貰いにいくだけ! みんなそうよ、だからバチが当たったの……あら、ショーンさん⁉︎」



「…………もうその辺で……お静かに」

「あらあら失礼! まさか病院のお手伝い?」

「はい……ちょっとお孫さんを預かってもらっていいですか、娘さんの治癒を開始します」

 ショーンの体は無心で回復呪文を唱えていたが、頭の中は先ほどのコリンの話が何度も再生されていた。

(もし皆がちゃんと防災訓練に出ていたら……爆破事件は起きなかったんだろうか)

(……いやまさか、だってコリン駅長も組織の人間なんだろ?)

(事件の隠蔽とか脱走目的だったんじゃ……それともただの腹いせ?)

(いや、答えは全部……か?)


 考えている間に、無事に娘さんへ治癒を終えた。

 今まで月夜のように暗かった彼女の顔が、一段明るくなった気がした。エリナ婆さんは孫をぶんぶん振って喜びを表現している。

「んまああ、さすがはアルバ様ね! それに何て美味しそうな匂いなんでしょう! なんと言う呪文なの?」

「はい……次の方がいますので、失礼します」

(このことは後で警察に伝えなきゃ……紅葉にも)

 ショーンはそそくさと立ち去り、2階へ上がった。彼の顔は数段暗くなっていた。


 

 このフロアにも相変わらず多くの怪我人がいた。

 2階は院長をはじめとする先生ごとの診療室があるのだが……スタッフの多くは重傷者の手術に回っているせいか、新米看護師が1人で半べそをかきながら手当を行っていた。

 ショーンも焦りつつ治癒に協力していたが、半分ほど呪文を唱えたところで、ついにマナ切れになってしまった。

「おおアルバ様……わたくし次の番なんですけど、まだですか……?」

「——ごめんなさい、マナが回復するまで休憩します‼︎」

「そんなぁ……!」

「1時間後に治しますから、今は寝ててください!」

 シワシワのお婆さんを置いて行くのは忍びなかったが、逃げるようにして2階奥の「Staff only」の扉を開けた。

 病院長ヴィクトルの書斎だ。鍵が空いてて助かった。

 ほんの数日ぶり、体感1年ぶりにも感じる。

 来客用のソファで少し休ませてもらおうと、入ったそこには——


「あれ?」

 思ったより大勢の人間が、書斎にいた。

 警官、銀行員、役人……何人か見覚えのある人物もいる。

 町長秘書のブロークン氏に、マーム夫妻の息子さん……中でも、ひときわ豪華なドレスを纏っていたのは、立派な金の鰐の尾を持つ女性……町長夫人ダイアナだった。

 彼らに囲まれるように、治療用の寝台に眠っているのは……


 我らが第55代サウザス町長、金鰐族のオーガスタス・リッチモンドであった。


挿絵(By みてみん)

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