2 僕はもう目を閉じない
『あー運転室、運転室。すぐにこの列車を止めてくれ!』
車掌室に残された面々は、各自対応に追われていた。
『何ぃ、もうすぐ到着する?——違う爆弾だ! 駅に爆弾が仕掛けられてる恐れありと!』
列車の最後尾にいる車掌が、先頭車両の運転室と、必死に連絡を取っている。
『ブーリン警部! 貨物駅にも爆弾です——即刻、退避命令を!』
オールディス警部補は、貨物駅にいるはずの駅員や警察官に待避指示をした。
「諸君、安全のため、これより車掌室の切り離しを行う! 各自ブレーキに備えて!」
もう1人の車掌が、車内前方にあるハンドル装置に、慌ただしく手を掛けた。
ペイルマンは静かにデッキを去り、隊員をかき分け自分の席に戻ろうとしたが……席に辿りつく前に、車掌室が列車本体から切り離されてしまった。
「ウオッっと!」
彼はごろごろと豆玉のように転がり、仁王立ちするクラウディオにぶつかった。
「これは失敬……先輩」
「ガッハッハ!」
クラウディオの懐で、栗のような頭をゴリゴリとぶつけながら、ペイルマンは呟くように尋ねた。
「……先輩、爆弾が本当にあるとして、あやつに処理できると思いますか?」
「さあてね、我々は静かに見守ろうではないか! そして来たるべき時に備えよう」
クラウディオは急ブレーキによる重力と、太っているペイルマンの全体重を支えながら、何も掴むことなく自信満々に両腕を組み、車体が完全に止まるまで待った。
蒸気機関車はいよいよサウザス西区に入ってしまった。
サウザス西区は全長約5km、貨物駅は少し手前の4kmほどの位置にある。
列車は時速60kmで動いており、通常ならあと5分もしないうちに到着する。
ッボポポボッポーーーッッ!
と、異常な汽笛音が鳴っている。急ブレーキをかける合図だ。
左手には西区のお屋敷風景が、右手には大型倉庫と貨物駅の全景が、ぼんやりと見えてきた。
いまだショーンと紅葉は、貨物車輌の真ん中を超えたあたりにいる。
果たして間に合うだろうか——
「——違う、僕が間に合わせるんだ!」
“もっと患部をよく見ろ、レンズを100倍まで拡大するのだ!”
ショーンは紅葉の背にいながら、真鍮眼鏡のレンズを拡大した。
正面の煙突の煙を避けるべく、体を右へ傾けて顔をつき出す。
貨物駅の細部が見えた。しかしこれだけでは異常は見つからない。
列車の急ブレーキによる振動と重力、さらに重心が右に傾いた紅葉は、しかし怯むことなく無言でショーンを支え、前から2輌目の貨物室に力強く手をかけた。
「——これからどうする、どうやって見つける……っ」
“まず1つ目は《熱探知》。熱源を真鍮眼鏡に表示させる方法だ”
【真実は可視光線の外側にもある。 《セラ・カルダリア》】
ショーンは真鍮眼鏡に熱探知の呪文をかけた。これで爆弾を見抜けないだろうか。
「くそ……ッ!」
蒸気機関車の蒸気と黒煙が邪魔だ。
緊急停止がかけられたとはいえ、機関車はすぐに止まれない。
まだボイラーから高熱の蒸気を発しながら動いている。
紅葉はついに1輌目の貨物車へと足をかけた。
“きっと奴は《ヘルメス》で使ったマナに吸着させて、森のどこかで脱ぎ捨てたんだ”
【黄金を抱いて跳び立て! 《ヘルメスの翼》】
蒸気から逃れるべく衝動的に呪文をかけた。一時的に足に翼を授ける俊足呪文。
ショーンは紅葉の背から飛び立った。
「…………っ⁉︎」
貨物車輌を抜け、石炭が積まれた炭水車にたどり着いた紅葉は、一瞬ショーンを落としてしまったかと、焦って背後を振り向いた。
アルバの服を翻して宙に浮き、金色にひかり輝くショーンの足を確認し——
安堵した彼女は無言で頷き、積まれた黒い石炭を踏み、運転室まで駆けて行った。
ショーンは上空に浮かんだまま、冷静に真鍮眼鏡のレンズを調節した。
夜の闇で、熱探知の熱の色層がよく見える。
人間の熱、機械の熱——
貨物駅からは駅員たちが散り散りになって逃げ出している。
一瞬安堵して線路上に視線をやったショーンは、奇妙などす黒い塊を捉えた。
貨物列車の進行方向……線路脇にある謎の盛り上がった物体。
きっとあれだ。
まずい、思ったより駅から手前にある——800mかそれくらい。
ブレーキがかかった列車は、かなり減速しているものの未だ線路上を動いている。
もし起爆したら列車が吹っ飛び、横倒しになる。
クソッ——何の呪文を使えば防げる⁉︎
“あの呪文が《光るモグラ》と呼ばれることを知らんのかね?”
そうだ、爆弾と接触する直前に、モグラの口が開いて地面の奥へ飲みこめば……
そのための距離、速度、そして強度——
必要マナ量を左脳で高速計算し、同時に右脳は体内の複数箇所へマナを送りこむよう指令した。
“貴様の真鍮眼鏡は一体何のためにある!”
ちゃんとよく見る。真鍮眼鏡をさらに拡大した。
紅葉が運転室の屋根からドア側面に降り、運転手らを助けようと待機していた。
貨物駅まであと1km。しかし列車が爆弾に届くまで200mを切った。
早く止めないと——‼︎
“ああ、ショーン君か、大きくなったなあ”
コリン駅長の顔がノイズのように頭に一瞬浮かんでしまった。
ショーンは空中で思わず目をつぶってしまう。
“戦いになったら目を閉じないこと。目を閉じたら、いざって時に逃げられなくなるっす!”
ペーター刑事の大事な教えが、気付け薬のようにショーンの意識を呼び戻す。
せっかく戦いの極意を教わったのに。
木の葉の仮面の男と対峙した時、ショーンは約束を破り目をつむってしまった。
もう、けして——
「そうだ、目を閉じない——僕はもう目を閉じないいいいッ!!!」
黄金に輝く槍が手のひらで形作られた。
【神の槍は地をも穿つッ!! 《グングニル》】
神槍グングニルの光とともに、黄金の光るモグラが、夜の線路の上を穿っていった。




