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【星の魔術大綱】 -本格ケモ耳ミステリー冒険小説-  作者: 宝鈴
第22章【Logistics】ロジスティックス
131/339

1 その列車、アンストッパブルにつき

【Logistics】ロジスティックス


[意味]

・物流、物資輸送。

・原材料の調達から生産、在庫、販売まで行う管理システム。

・軍事用語で(物資の調達・輸送する)兵站術、兵站業務。


[補足]

フランス語「logistique (需品系将校の仕事)」に由来する。元は兵站を表す軍事用語であり、その後ビジネスの物流管理業にも使われるようになった。一見「logic (論理)」の派生語に見えるが、実は「lodge (宿泊する、軍隊が宿営する)」が由来のようだ。しかし極めてロジカルに行われる業務に変わりはない。





「諸君、あと10分ほどで到着する! いますぐ準備を——」

「オールディス警部補、いますぐ列車を止めてください!」

 紅葉とショーンは立ち上がろうとする警官隊をかき分け、ものすごい形相で車内の最前方へやってきた。

「ど、どうした……」

「運転室に連絡して今すぐ列車を止めてっ!」

 紅葉はそう叫びながら正面ドアをこじ開けた。

 猛烈な強風が車掌室に吹きこみ、小さな車体が大きく揺れた。ペイルマンが「何しとる、小娘!」と背後で叫んでいたが、紅葉はすでに連結部のデッキへ姿を消していた。

「——貨物駅に、爆弾が仕掛けられている可能性がありまぁあす!」

 説明不足の紅葉のために、ショーンは大声で補足し、彼女の後に続いた。


 紅葉は周囲を気にもとめず、デッキの手すりに足をかけて体を乗りだし、列車上部へと頭を突きだしていた。

 目の前には直方体のコンテナである貨物車が7輌、整然と並んでいる。列車先頭には、蒸気機関部がシュンシュンと黒煙を煙突から噴きたて、線路を突き進んでいた。

「まずいな、もうすぐ西区に入る……!」

 ショーンが怒鳴った。まだサウザス町は見えてないが、見覚えのある郊外の看板広告が過ぎ去っていく。

「君たち、そこでどうするつもりだ!」

 オールディス警部補が手すりの上に立つ2人に叫ぶ。

「どうする、紅葉っ……!」

「先頭に行く——爆弾と列車を止めるよ、ショーン」

「本気か⁉︎」



 今いる車掌室は列車の最後尾にある。周囲は凄まじい突風が吹いている。

 鬼神のごとき気流の渦は、紅葉の髪を90度に揺らし、ショーンのブワッとした衣服を巻き上げていた。

「行くってどうやってさ!」

「もちろん屋根を歩いてくんだよ」

「ムチャだろっ、こんなツルツルしてるのに!」

 貨物コンテナの表面は等間隔に溝が入っているとはいえ、掴む所はほとんどない。停車中ならまだしも、この速度下ではあっという間に滑り落ちてしまうだろう。

「——両手を出せッ、小娘!」

 治癒師のペイルマンが、坂を転がる酒樽のようにオールディス警部補を突き飛ばし、デッキにやってきた。



【井の中の蛙、壁をよじ登り虹をも渡る! 《雨粒のような指(レイン・ドロップス)》】



 吸着呪文 《雨粒のような指(レイン・ドロップス)》。

 指にかけるとカエルのように壁にへばりつけるようになる。笠蝦蟇族のペイルマンらしい吸盤タイプの呪文だ。壁にくっつくとはいえ、登るには相応の筋力と運動能力が必要なのだが——

 不意に呪文をかけられた紅葉は、動じることなく、両手をペタペタ重ね合わせて感触を確かめ……ニイっと暗く不敵に笑った。

「ショーン、しっかり捕まって!」

「うわ待っ……!」

 紅葉は、ビビるショーンの体を背負い、貨物コンテナの屋根に全身を乗りあげた。



 ごおう、ごうごう、ごおおう、ごうごう。

 今まで体験したことのない風がショーンの背中を襲う。竜巻の内部にいるようだ。

(クソッ、もっと脱いでおけばよかった……!)

 ヒラヒラしたアルバの衣服が、嵐の中の洗濯物のごとく列車の上で舞っている。

 40ノット以上の強風と、ショーンの体重と服とで、とてつもない重みを感じるはずの紅葉は、己の力を——今までの実生活では、限りなく抑えてきた筋力を存分に生かし、コンテナの溝にしっかりと手をかけ、なるだけ素早く匍匐前進していた。

(このまま先頭へ行って爆弾を止める……ほんとに爆弾なんてあるのか⁉︎)

 ショーンは紅葉に問いかけようとしたが、その時ちょうど列車がカーブし、車体が大きくグラついた。


「うわっ……!」

「グゥ……っ!」

 ちょうどコンテナの連結部を渡ろうとしていた紅葉は、コンテナのヘリに齧り付くようにへばりつき、小さな両指だけで全体重を支え、振り落とされぬよう抵抗を試みた。

「うぅぅ……っがアアああッ!」

 彼女は激しい揺れと重力に身体を慣れさせ、慎重に溝に足をかけ、上体を起こしていく。

「……だいじょうぶ、このくらい大丈夫だよ……」

 紅葉は自分に言い聞かせるようにショーンに伝えた。列車の屋根に、《雨粒のような指》を吸着させて、紅葉は再びコンテナ上を突き進む。

「絶対にショーンを先頭まで連れてくから……っ!」

 貨物駅まであと幾許もない。

 冷静に、しかし迅速に、彼女はショーンを背に乗せて進んでいく。


(──こんなに騒いで、爆弾が貨物駅に無かったらどうしよう──)

 ショーンの脳内に懸念がよぎった。爆弾のことは、紅葉が新聞記事から推測したことで、確証などない。

(いや違う、なきゃ無いでいいんだ——だってみんな無事なんだから!)

 グッと唇を噛み締めた。際限のない風がショーンの前髪を打つ。

(でも、もしあったら僕が——僕がアルバとして爆破を止めるんだ‼︎)

 轟音と振動と煙の匂いと、紅葉の背中の温かみを感じながら、ショーンは必死にどう対処すべきか、何の呪文を打つべきかを超高速で考えていた。

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