1 その列車、アンストッパブルにつき
【Logistics】ロジスティックス
[意味]
・物流、物資輸送。
・原材料の調達から生産、在庫、販売まで行う管理システム。
・軍事用語で(物資の調達・輸送する)兵站術、兵站業務。
[補足]
フランス語「logistique (需品系将校の仕事)」に由来する。元は兵站を表す軍事用語であり、その後ビジネスの物流管理業にも使われるようになった。一見「logic (論理)」の派生語に見えるが、実は「lodge (宿泊する、軍隊が宿営する)」が由来のようだ。しかし極めてロジカルに行われる業務に変わりはない。
「諸君、あと10分ほどで到着する! いますぐ準備を——」
「オールディス警部補、いますぐ列車を止めてください!」
紅葉とショーンは立ち上がろうとする警官隊をかき分け、ものすごい形相で車内の最前方へやってきた。
「ど、どうした……」
「運転室に連絡して今すぐ列車を止めてっ!」
紅葉はそう叫びながら正面ドアをこじ開けた。
猛烈な強風が車掌室に吹きこみ、小さな車体が大きく揺れた。ペイルマンが「何しとる、小娘!」と背後で叫んでいたが、紅葉はすでに連結部のデッキへ姿を消していた。
「——貨物駅に、爆弾が仕掛けられている可能性がありまぁあす!」
説明不足の紅葉のために、ショーンは大声で補足し、彼女の後に続いた。
紅葉は周囲を気にもとめず、デッキの手すりに足をかけて体を乗りだし、列車上部へと頭を突きだしていた。
目の前には直方体のコンテナである貨物車が7輌、整然と並んでいる。列車先頭には、蒸気機関部がシュンシュンと黒煙を煙突から噴きたて、線路を突き進んでいた。
「まずいな、もうすぐ西区に入る……!」
ショーンが怒鳴った。まだサウザス町は見えてないが、見覚えのある郊外の看板広告が過ぎ去っていく。
「君たち、そこでどうするつもりだ!」
オールディス警部補が手すりの上に立つ2人に叫ぶ。
「どうする、紅葉っ……!」
「先頭に行く——爆弾と列車を止めるよ、ショーン」
「本気か⁉︎」
今いる車掌室は列車の最後尾にある。周囲は凄まじい突風が吹いている。
鬼神のごとき気流の渦は、紅葉の髪を90度に揺らし、ショーンのブワッとした衣服を巻き上げていた。
「行くってどうやってさ!」
「もちろん屋根を歩いてくんだよ」
「ムチャだろっ、こんなツルツルしてるのに!」
貨物コンテナの表面は等間隔に溝が入っているとはいえ、掴む所はほとんどない。停車中ならまだしも、この速度下ではあっという間に滑り落ちてしまうだろう。
「——両手を出せッ、小娘!」
治癒師のペイルマンが、坂を転がる酒樽のようにオールディス警部補を突き飛ばし、デッキにやってきた。
【井の中の蛙、壁をよじ登り虹をも渡る! 《雨粒のような指》】
吸着呪文 《雨粒のような指》。
指にかけるとカエルのように壁にへばりつけるようになる。笠蝦蟇族のペイルマンらしい吸盤タイプの呪文だ。壁にくっつくとはいえ、登るには相応の筋力と運動能力が必要なのだが——
不意に呪文をかけられた紅葉は、動じることなく、両手をペタペタ重ね合わせて感触を確かめ……ニイっと暗く不敵に笑った。
「ショーン、しっかり捕まって!」
「うわ待っ……!」
紅葉は、ビビるショーンの体を背負い、貨物コンテナの屋根に全身を乗りあげた。
ごおう、ごうごう、ごおおう、ごうごう。
今まで体験したことのない風がショーンの背中を襲う。竜巻の内部にいるようだ。
(クソッ、もっと脱いでおけばよかった……!)
ヒラヒラしたアルバの衣服が、嵐の中の洗濯物のごとく列車の上で舞っている。
40ノット以上の強風と、ショーンの体重と服とで、とてつもない重みを感じるはずの紅葉は、己の力を——今までの実生活では、限りなく抑えてきた筋力を存分に生かし、コンテナの溝にしっかりと手をかけ、なるだけ素早く匍匐前進していた。
(このまま先頭へ行って爆弾を止める……ほんとに爆弾なんてあるのか⁉︎)
ショーンは紅葉に問いかけようとしたが、その時ちょうど列車がカーブし、車体が大きくグラついた。
「うわっ……!」
「グゥ……っ!」
ちょうどコンテナの連結部を渡ろうとしていた紅葉は、コンテナのヘリに齧り付くようにへばりつき、小さな両指だけで全体重を支え、振り落とされぬよう抵抗を試みた。
「うぅぅ……っがアアああッ!」
彼女は激しい揺れと重力に身体を慣れさせ、慎重に溝に足をかけ、上体を起こしていく。
「……だいじょうぶ、このくらい大丈夫だよ……」
紅葉は自分に言い聞かせるようにショーンに伝えた。列車の屋根に、《雨粒のような指》を吸着させて、紅葉は再びコンテナ上を突き進む。
「絶対にショーンを先頭まで連れてくから……っ!」
貨物駅まであと幾許もない。
冷静に、しかし迅速に、彼女はショーンを背に乗せて進んでいく。
(──こんなに騒いで、爆弾が貨物駅に無かったらどうしよう──)
ショーンの脳内に懸念がよぎった。爆弾のことは、紅葉が新聞記事から推測したことで、確証などない。
(いや違う、なきゃ無いでいいんだ——だってみんな無事なんだから!)
グッと唇を噛み締めた。際限のない風がショーンの前髪を打つ。
(でも、もしあったら僕が——僕がアルバとして爆破を止めるんだ‼︎)
轟音と振動と煙の匂いと、紅葉の背中の温かみを感じながら、ショーンは必死にどう対処すべきか、何の呪文を打つべきかを超高速で考えていた。




