6 シクラメンを添えてインタビュー
「ウェッぷ……」
オールディスの説明からしばらく経って、貨物列車の車掌室内は、小声で話し合う前方と、仮眠をとる後方とに分かれていた。
紅葉もペイルマンも敷物にくるまり寝入っており、クラウディオはアイマスクまでして眠っている。
ショーンはというと、列車に酔いながら【星の魔術大綱】を読んでいた。
「《サザンクロス》は読み終わった……ええっと……次は《ラディクル》……っぷ」
昨日の戦闘でみた呪文の数々、基本説明からマナの計算法、注意事項までしっかり読みこむ。学生の頃は気づかなかった数多くの発見があり、授業と実践の違いを身につまされた。
「うーん、やっぱラディクルのページには載ってないな」
失神呪文 《ラディクル》を跳ね返したあの謎の黒い三角形の呪文。あの邪悪な雰囲気とクラウディオの驚愕ぷり……恐らく【星の魔術大綱】には載っていない禁術呪文だろう。
「禁術なんか使われた日にゃ止まんないって……」
ほとんどのアルバは禁術について当たり障りのない情報しか知らない。つくづくフランシス様に相談する時間がもっと欲しかった。
「くっそ……えっと……次は《グングニル》っと……」
今のショーンにできるのは地道な復習だけだ。緊張と酔いで吐きそうになり、その度に水を飲みながら文字を追い、計算式を頭に叩き込んでいった。
貨物列車はとうとうグレキス駅へ差し掛かっている。
ここを通過するとサウザス地区だ。
ショーンが吐きながら呪文の勉強を続ける一方、紅葉は静かに目を閉じ、深い思考の井戸に潜っていた。
……あの見慣れぬ香辛料売り。自分も市場で買い物したときに見かけた。細かな様子までは流石に記憶してないけど……
『——宴会で町長を酔わせて薬を盛り、サウザス外へ連れ出す計画をしていた』
オールディスの説明の通りなら、町長を町外へ連れだしたのはクレイト商人の仕業だろう……
でも尻尾はサウザス駅で吊るされて、本体も公営庭園で見つかった……計画は途中で失敗した? それとも本体は一時的にサウザス外にいて、後日公園へ戻された……?
「…………いや」
……マルセル君とショーンが導きだした消臭呪文、それに州警察がたくさん巡回していたのを考えると、流石に連れ戻されたとは考えにくい。本体はサウザス外に出てないと考えよう。
じゃあ町長の尻尾……コリン駅長が外へ尻尾を持っていく手筈だったとしたら……コリンなら列車の貨物室にでも忍ばせて簡単に町の外へ持っていける。でも予定外のことがあって急遽駅で尻尾を吊り下げた……とか。
「うーん……」
素人推理で頭が痛くなり、紅葉は顔を左右に振った。頭を振るついでに、ふとアーサーを探し回っていた水曜日、モイラ室長からコリン駅長のインタビュー記事を買ったのを思い出した。
(……あの時からモイラさんは駅長を疑っていたんだろうか。あれって、どこにやったっけ。確かあの夜、ショーンと話し合っている時にショーンに見せて……)
「ショーン‼︎」
「うわっ⁉︎」
「ちょっと鞄見せて!」
寝てると思っていた紅葉が急にカッと目を見開き、ショーンのサッチェル鞄を奪った。ショーンは慌てて奪い返そうとしたが、紅葉に中身をブチまけられて漁られた。
「何すん——ッ」
「…………あった」
鞄の表ポケットに例の新聞記事が入っていた。
紅葉は記事をショーンと自分の前に広げた。
「何それ……あ、コリン駅長の引退記事か!……あれ、何でこんなの持ってるんだっけ?」
「シッ、黙って!」
紅葉はほじくるように記事を読んだ。何か……大事な情報は載ってないか?
(コリン駅長が、駅長室内でシクラメンの鉢植えを傍に置き、微笑んでいる)
——コリン・ウォーターハウス氏(森栗鼠族、59歳)が、サウザス駅長に就任して今年で7年目。今年で定年を迎えますが、心境の方はいかがでしょうか。
『いやー、寂しいですね。サウザスはとても居心地のよい町で、妻も大変気に入ってますから』
——そう言って頂けるとサウザス町民として嬉しいです。定年後は故郷へお戻りに?
『ええ。この歳になると息子たちの傍にいた方が安心ですし、いま住んでいる屋敷も次の駅長が住むことになっていますから』
——すこし寂しいですが、ご家族の元に戻られるのは喜ばしいですね。駅長のお仕事はいかがでしたでしょうか。苦労した点などはありますか。
『最初は慣れない事が多くて大変でしたね。私は長年運転手をしてましたから、今まで直接お客様とお相手する機会がなかったんです。駅長になって間近にお客様と接するようになり、初めて気づいた部分がたくさんありましたよ』
——例えばどんな部分でしょうか。
『人と物の流れですね。いかに人が時間や曜日に沿って行動しているか。季節や行事によって人流と物流がどう変わるか。州鉄道は町運営の大きな根幹であり、お待たせする事があってはなりません。それに伴い駅員の配置を変更したり、時刻表の改良を進言したりもしましたね』
——まあ、人と物の流れですか。
『はい。列車とは、旅や仕事へ出かける乗り物、または物や手紙を送る手段でもあります。よりスムーズに人や物が運ばれると、それだけで町や州の経済が良くなる』
——つまり、列車をよりスムーズに動かすことが駅長のお仕事なのですね。それが経済発展にもなると。
『その通りです。ニコニコと列車を見送り、駅の掃除をしているだけではないのです (笑)』
——なるほど (笑)。では運転手時代と比べて、駅長のお仕事の方が合っていたという事でしょうか。
『いいえ、そんな事はありません、運転は大好きです。列車はもう長い事していませんが、今でも大きな物を運転するのはたまらない喜びです。ショベルカーの重機免許を取りましたよ。マイカーですね (笑)。これで庭を掘り起こしました』
——お庭ですか。コリン駅長と言えば立派なお庭をお持ちですね。以前からガーデニングを?
『ええ、以前は妻のマリアが趣味でやっていたものです。私は運転手時代はできませんでした、不規則な生活でしたので。本腰をいれたのはサウザスに来てからですね、サウザスの土は畑に不向きなので、土づくりは苦労しました』 (マリア夫人とお庭写真をパシャリ)
——素晴らしいお写真ですね! 最後にコリン駅長がこのお仕事で、一番心に残っている出来事はなんでしょうか。
『それはやはり10年前の事件です。少女が柱に吊り下がって列車にぶつかり……大変痛ましい出来事でした。私はちょうど運転手で、ブレーキを引いたのですが、間に合わず……、彼女は私の腕のなかで名前を告げ、意識を失ったのです』
──10年前 (皇暦4560年10月12日) の少女吊り下げ事件ですね。コリン駅長も当事者でいらっしゃる。
『はい、アルバ様がつきっきりで治癒してくださいました。私もサウザスへ出向くたびに、何度も病院に通って経過報告を聞きに。彼女が助かってあれほど安堵したことはありません。私がサウザスへ正式に赴任するきっかけでもあります』
——心境の変化はありましたか。
『ええ、もちろん。事故防止には特に力を入れるようになりました。蒸気機関車はやはり危険ですからね。お客様を呼んで避難訓練をしたり、近隣の方と協力して防災訓練もばっちり行っております』
——素晴らしい、ここでお知らせです。サウザス駅前にて 03月11日12時から防災訓練を行います。訓練後は駅前でスープパーティーを行いますので、ぜひ奮ってご参加ください。
『みなさん、ぜひご参加ください。私もスープを作ってお待ちしてますよ!』
——最後に一言お願いします。
『長年駅長としての私を支えてくださったお客様、スタッフたちに感謝の意を述べたいです。ここを去る前に、私が手塩にかけて育てた大輪の花束を二つお渡ししようと思っております。新しい駅長就任の際も、引き続きラヴァ州鉄道並びにサウザス駅をご愛顧頂きますようよろしくお願いします』
——コリン駅長、ありがとうございました!
「うーん、これがモイラ室長が渡してきた記事? 例の事件について大したことは言ってないな」
「……コリン駅長は自分のショベルカーを持っている」
文句をいうショーンを無視し、紅葉は自分の事件ではなく、その上の会話に着目した。
「ねえ、お屋敷にそんなのあったっけ……?」
「ショベルカーっていっても小型のだろ、物置にあったとか」
「ううん……庭小屋も見せてもらったけど無かったはず……自宅に無いならどこにあると思う?」
「そりゃ大型倉庫じゃないか、僕の親もあそこに色々預けて行っちゃったし」
大型倉庫──サウザス南西に12棟もある巨大な倉庫だ。
郵便局の裏手にあり、貨物駅とも直結している。主に運送用の貨物置き場として使われているが、個人的な雑貨や家具を預けることも可能である。預けたまま金を払わず放置したり、持ち主が亡くなることもあり、たまに処分セールをやっている。高級家具が格安で売られたりするから人気のイベントだ。
「……ショベルカー……大型倉庫」
紅葉はグルグルと思考を巡らせた。
(町長の大きな尻尾を吊り下げる……はしごだと大変だし時間がかかる……ショベルカーを使えば楽だ。ショベルカーは大型倉庫にある……駅からすぐに取って来れる)
「……ショベルカーで町長の尻尾を吊り下げた……私のことも?」
10年前の最初の事件、コリンは運転手だから、紅葉を吊り下げたのは彼ではない。
それとショベルカーは安ギャリバーより遥かに高価だ。趣味でわざわざ新品を買うだろうか……中古で買ったとしたら……前の持ち主がいる?
「ショベルカーの前の持ち主……それが私を吊り下げた犯人……なんじゃ」
ガタンゴトン! と大きな音を立てて貨物列車が線路を走った。
グレキス地区を抜け、いよいよサウザス地区に突入する。
サウザスにいる州警察陣と連絡が取れるようになり、オールディス警部補らがトランシーバーでしきりに連絡を取っていた。仮眠をとっていた者たちも目を覚まし、活動準備をし始めていた。
「…………」
「紅葉……?」
紅葉はまだまだ目を見開き、新聞を持ってその場で考えこんでいた。
ショーンは怪訝な顔で様子をうかがったが無視された。
(コリン駅長は旅客だけでなく物流……貨物の方も把握している)
(コリン駅長はサウザス駅を爆破した……駅にいく前にモイラ室長に止められて)
(じゃあもし無事にトレモロ行きに乗っていたら……サウザス駅は爆破されてた?)
(爆破本来の目的は逃げるためじゃないはずだ……モイラさんがいなかったら、トレモロ行きの列車で逃げた後、起動させてたはず)
(じゃあ目的は? 現場を混乱させるため、証拠を隠滅するため……駅員を殺すため)
(サウザスには大きな旅客用の駅のほか、小さな貨物用の駅もある)
(大輪の花束……スタッフに渡すならともかく、お客様に花束ってどういう事だろう……ふたつ?)
紅葉は新聞を捨て、真っすぐな目線で呆然として告げた。
「花束って爆弾のことだ……」
彼女の顔から一気に血の気が引いた。唾液がカラカラになった口で続けた。
「爆弾は2つ……貨物駅にも仕掛けられている」




