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6 この世で最も下賤な職業

 しかし——これまた予想に反し、コリンは大袈裟に首を左右に振った。

 神のご加護が風に揺られて去っていく。

「どうだろう、彼はショッキングな目にあったんだ。紅葉くんと同じく記憶を失っているかもしれないね」

 モイラの脳裏に、新聞室でうなだれる紅葉の姿がフラッシュバックした。

(嘘……もしかして記憶をいじる呪文が使われた……?)

 モイラに最悪の予感がよぎる。

 しかしここで怯むわけにはいかなかった。多少強引にでも推理を進めなければ。


「——7日火曜日の深夜、オーガスタス町長は警護官と酔っぱらって役場に帰ってきた。宴会後に町長が戻ることは珍しい。おそらくレストラン『ボティッチェリ』で、コスタンティーノ兄弟や警護官たちが、彼を役場へ戻るよう誘導したのよ。彼らは全員ユビキタスの仲間だったの……そしてユビキタスは、中庭から町長室の窓を呪文でこじ開け、町長を連れ去ろうとしたに違いないわ。多少室内で揉める声が響いても、ドアの前で待機中の警護官は知らんぷりした」


 野次馬が本格的に集まってきた。

 ある者は物売りの太鼓を止め、ある者は防災訓練のスープを飲みながら……

 彼らの周りに大きな人の輪が形成されていく。


「しかし強靭なオーガスタスは逃げおおせ、駅長であるあなたに助けを求めたのよ。朝イチの列車で密かに町を脱出するために。貨物列車でも乗せてもらってね。あなたは酒が飲めない、匂いも苦手よね。事件の夜、オーガスタスは酔っていた……あなたは自宅の庭にオーガスタスを誘導し、酔い覚ましと言って睡眠薬でも飲ませたんじゃないかしら。そして眠りこんだのを見計らって尻尾を切断したの。尻尾の切れ端は、その時に花壇に落ちたに違いないわ」


 モイラの推理には実は大きな穴がある。鱗の黒土の成分について触れられてない。

 コリンがその件を指摘しようとしたが……察知したモイラはその前に声を荒らげた。


「そう、あなたは切断した尻尾を駅へ持っていき、線路上の鉄門へ吊り下げた! 10年前に起きた事件と同じようにね! あなたは駅長で、誰よりも駅周辺の天候、職員や業者の動き、客の出入り時刻を把握している。そう……誰にもバレずに、早朝の駅で尻尾を吊るすなんて難事業、最初からあなたにしかできなかったのよ……‼︎」


 皆、モイラの推理に夢中で聞き入っていた。これでいい。

 人は真実よりも、センセーショナルなものを信じる生き物だ。

 コリンはもう簡単には逃れられない。


「そして町長の本体はユビキタスに引き渡し、彼が公営庭園の地下へ隠したの。

 町長時代に鉄格子を勝手に撤去した人物だもの、庭園の合い鍵を作っておくなんて容易い。ユビキタスは学校中に呪文をかけ、みずから不審な行動をとり容疑者として捕まった。彼の護送により、事件が解決ムードになったのを見計らって、エミリオが動き、アーサーを殺して彼の自宅に火をつけたのね」


 マリア夫人はコリン駅長に体をぴたりと寄せた。

 森栗鼠族の大きな尻尾が、何か隠すように2人の体を覆っている。


「アーサーを殺したのはなぜ!

 最初から彼を殺すことが目的だったの⁉︎ ——答えなさい‼︎」



 モイラが激昂し、緋色のハイヒールがさらに赤土の中にめり込んだ。

 大衆が固唾を呑んで様子を見守る。

 コリンはがくりと首を垂れ、観念したように肩で笑った。

「ふふ、ふふふふふ……事実だろうと虚構だろうと舌先三寸で紙面に書き立て、けして自らの手は汚さない…………横領と暴行を繰り返す町長よりも、愚鈍で役立たずの帝国魔術師よりも、盗っ人花売りの少女よりも、下の下の、この世で最も下賤な職業であるキミが、単騎で立ち向かってくるとは……なんと熱心で部下想いな——その勇気と執念は讃えよう」

 グッと背中を曲げたコリンは、帽子を取って一礼した。



「だが愚かだ。」



 コリン駅長はご自慢のステッキの取っ手を外し——

 中の隠しスイッチを押した。


挿絵(By みてみん)


 ドゴオオオオオオオン!!!!

 一瞬にして轟音が鳴り響き、サウザス駅舎が吹っ飛んだ。

 同時に駅長夫妻の周囲にも黒い煙がバッと広がり、モイラは衝撃で後ろへ吹きとんだ。

 駅舎は黒いコークスと火花を撒きちらしながら爆発し、駅一帯が惨禍と化した。

 野次馬たちは散りぢりに逃げ、特に駅の近くにいた人々は甚大な被害に遭った。

 スープを手に持つ子供たちも、靴底がめくれた花売りの子らも、みな一様に泣き叫ぶ。

 飛び散った火花の一部がモイラのコートへ引火し、倒れる彼女の体に燃え広がった。



「モイラしつちょぉおお!」

 逃げ惑う大衆の波に逆らって、新聞室の事務員ナタリーが駆け寄ってきた。会社で尋常ならざる様子だったモイラを、密かに尾行していたのだ。

「——ナタリー!……逃げなさい!」

「いいえっ、助けますっ!」

「ダメっ……これ以上、ジャーナリズムの火を絶やさないでぇっ……!!」

 モイラは猛火に飲まれながら、辞世のことばを告げて気を失った。ナタリーは煙を浴びぬよう目と口を極限まで閉じ、必死にモイラのコートを脱がせ周囲の乾いた土を被せた。だが炎の勢いはなかなかおさまらず、自身の両腕も火に炙られた。


「いやああ、どうしよぉ……っ!」

 そのとき爆発と同時に飛びでた郵便局員たちが、混乱のさなか、迅速に消火栓のパイプを繋ぎ、上空から水を浴びせてくれた。

「……あっ、だ、たすかっ…………ぶ、ぶじですかっ、しづぢょぉおおお!」

 ナタリーは煙を吸った喉を潰しながら必死で呼んだが、モイラの意識は戻らなかった。

 駅長夫妻……いや、ウォーターハウス夫妻はとうにその場から姿を消していた。

 カーンカーンとけたたましい消防車の音が中央通りから聞こえてくる。

 昨日も東区で延々と聞き続けた音に、サウザス町民の動揺は、町長事件が起きた当日の比ではなかった。


 この報は速やかに州警察およびクレイトへ届けられ、アルバ統括長であるフランシスと、謁見中のペイルマンの耳にも届いた。

「——小僧に小娘、早急にサウザスへ向かう事になった!」

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