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5 お香入れすぎ注意

 厳戒態勢のサウザス病院の廊下に、ツカツカとハイヒールの靴音が響いた。

「すみません、ただいま面会は全てお断りを……」

 看護師がロングコート姿の女を制したが——女は自分の名刺と1グレス札をバッと看護師の腰に押し付け、低い声で質問した。

「マドカ・サイモンの病室はどこ?」

「…………」

「取材よ」

 数十秒後、招かれざる来訪者はマドカの病室のカーテンを開け、近くの椅子に腰掛けていた。

「起きなさい、何があったのか教えて」

 包帯をグルグルに巻かれ、意識を薄靄の中へ漂わせていた入院患者は、新聞室長モイラの言葉で、ほんの僅かにまぶたを開けた。

「————アーサーはどこ?」

「デズ神の元へ行ったわ」

 間髪入れずにモイラ室長が答えた。

「…………そう……」

 マドカは乾燥した唇を舌で湿らせ、肺にこびりついた昨日の煙を吐き出すように、長くながく息を吐いた。





 3月12日森曜日、時刻は午後13時40分。

「無事に着いて何よりだ、諸君」

 長い長いトンネルの先に、黒マントを着けた猫狼族のアルバが立っていた。裏にはコーラルピンクの制服のラヴァ州警察と、若草色のクレイト市警もそれぞれ数名控えている。

「私はベンジャミン・ダウエル。クレイトで帝国調査隊をしている」

「初めまして、サウザスの……ショーン・ターナーです」

 さすがにペイルマンの隣で治癒師を名乗る勇気はなかった。

「フン、貴様に名乗る名はない!」

「良いだろう、トーマス・ペイルマン殿。2人ともアルバ統括長がお呼びだ。時間がなくてね、食事と支度を済ませたらすぐに面会してほしい」

「小僧はともかく、なぜこのワタシが!」

「さてね、フランシス様へ直接聞きたまえ」


 2人のアルバはベンジャミンに連れられ、慌ただしく州議会堂の東棟へ向かわされた。一方、紅葉はラルク刑事に連れられて、別棟の警察本部へ行ってしまった。

 気遣う間も挨拶する間も碌にないまま、かりそめの仲間たちはあっという間に散り散りになった。

「すみません、ダウエルさん。あれから護送団はどうなりましたか?」

「何事もなくクレイトに着いたよ。全員治療を受けている、場所は言えないがね」

「ではユビキタスは? 仮面の男の正体は目星がついていますか?」

「小僧! 廊下でそんなことホイホイ聞くもんじゃない!」

 ペイルマンに一喝され、ショーンはグッと舌を引っこめた。



 州議会堂。

 クレイト市のみならず、ラヴァ州全体を統括している政府機構だ。

 中央にある立方体の議会場を中心として、「四角塔」と呼ばれる石造りの塔が城のように何本も伸びている。塔内部にはラヴァ州政府の様々な統括室が入っており、機密性が高いほど上層階にある。なかは迷路のように入り組んでおり、何度も階段を直角に曲がるので、慣れないうちはサイコロ内部にいるような感覚に陥ってしまう。


 現在向かっているアルバ統括室は、東から2番目の四角塔の上階にある。4階が来客用の歓談室や職員食堂、5階と6階で通常業務が行われている。そして最上階の7階に、今からお伺いするアルバ統括長様の根城がある。



 ショーン一行は、ひとまず4階の歓談室に通されて一息ついた。

「はー、景色が綺麗だ……」

 ぐるぐると暗い石造りの階段を上がった先は、見晴らしのよいクレイト市の景色が広がっていた。

 長い窓が三方にあり、南窓にはまんまるの青い満月湖。北窓には白く輝く白銀三路。西窓には他の四角塔や、立派な建物群の三日月街が映っている。

 窓の上部には色とりどりのステンドグラスがあしらわれ、学問の神でアルバの神でもある【森の神 ミフォ・エスタ】の肖像が描かれており、昼の太陽光に反射して歓談室内をキラキラ光らせていた。

 また部屋の周囲にはフカフカのソファに、高級ランプに、シャンデリアがぶらさがり、中央の真四角の石テーブルには、赤い蝋燭が灯され、ショーンとペイルマンの民族に合わせたランチが湯気を立ててセッティングされていた。


 ショーンがもの珍しげに窓の景色を眺める間に、ペイルマンは一目散に席に着いてナプキンを胸に付けていた。ベンジャミンは懐中時計を取りだし、細かく時間をチェックしている。

「君たち、謁見の前に正式な衣装はあるか? なければ早急に用意させよう」

「ワタシは今ので良い!」

「ええと大丈夫です……僕も持っています」

「それは良かった、では私はこれで失礼」

 ベンジャミンが黒マントを翻して優雅に去っていった。



 着慣れぬジャケット姿のままだったショーンは、急いでソファの上でトランクを開けた。

 駅でラルク刑事が渡してくれたトランクには、ショーンが元々着ていたアルバの服が、クリーニングされて入っている。

 コンベイの職人が仕立ててくれた服は、美しくピカピカに整われ、砂まみれになったとは微塵も感じさせない出来だったが……相変わらずお香がこれでもかと振り撒かれており、着替え中はもちろん食事中までくしゃみが止まらなかった……!

「ックシュイッ——‼︎」

 ショーンが盛大にくしゃみをするたび、テーブルの蝋燭がゆらゆら揺れた。

「——ッ、イックシュ!」

「いい加減にしろ小僧、ヤママユガのムニエルが台無しだ!」

「あなたが香をしこたま入れたせいでしょうが!」

「ワタシが入れたのは真鍮メガネの白檀だ! それはダンロップの趣味だ!」

「知るかっ、コンベイの奴らはみんな鼻が狂って——ッヘック……‼︎」



【消臭はこれでスッキリ! 《パフューム・フレイル》】



 唐突な消臭呪文が室内に響き渡った。

 ショーンは時が止まったかのように驚愕し、クシャミの続きが喉の奥へ引っこんでしまった。

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