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6 笛の音色と雁竹茶

 コンベイ街の夜は、笛師が唄を詠みながら道中を練り歩く。街の人々は仕事のあと、それを肴に晩酌をするのが毎日の楽しみだ。

 だが、あいにく5階にあるペイルマンの治癒室には、一度も笛の音色は聴こえてこなかった。

「……僕は…フェルジナンド氏とは昨晩はじめて新聞社でお会いしました……彼から警護官の経歴詐称について教えていただいて、その後すぐに護送へ出かけたので、後のことは分かりません。紅葉は……まだ治療中なので」


「私は大丈夫……答えられます。アーサーさんとは事件について何度かお話しました。レストラン『ボティッチェリ』が怪しいとお聞きして、それ以外は知りません」

 紅葉は簡潔に答えて唇を閉じた。

 ショーンはアルバの組織について、どこまで州警察に伝えるべきか迷っていたが——

(そういう事にするのか……紅葉)

 例の組織についてはアルバ全体に関わってくる。警察に告げる前に、アルバ統括長に相談しないと……ショーンはそう意志を決めて唇を噛んだ。



「すみません、これ以上は——」

「待ってください、マルセルです。最後にお聞きしたいことがあります」

「うん、なんだ?」

 向こうの警察が慌ただしい中、マルセルが滑りこんできた。

「アーサーさんは呪文について何かご存知だったんでしょうか。ショーン様が何かお教えしましたか?」

「呪文? 彼に?……いや、僕は教えてない」

「——そうですか」

「ただアーサー氏はマドカの友人だろ? マドカは僕の呪文をいくつか知ってるから、彼女から聞いたか、あとは【星の魔術大綱】でも読んで独自に調べたかは……」


『警部、石棺をズラしました! 今から突入します!』

『──オーガスタスを発見しました!』

「よしっ、上出来だ、他に誰かいるか?」

『……いいえ、彼ひとりですっ……衰弱していますが、息はあります!』

「すまないが、これから私も現場へ向かう。ダンロップ、あとは頼む!」





 サウザスからの電信はここで切れた。

 コンベイの面々は、長く深いため息をつき——ただし、ペイルマンは変わらず治療を続けていた。

「町長さん…………生きてたんだ」

「紅葉、体の容体はどうだ?」

「うん、痛いけど大丈夫。我慢できるよ」

 腕を動かそうとした紅葉を、ペイルマンは「動くな、小娘!」とドスのきいた声で制した。

 紅葉は眉を寄せて寝台で固まり、ショーンは椅子に深く座って頭を抱えた。

 一度だけ見たアーサーの顔が瞼の奥で点滅している。

 しばらく何も聞きたくなかった。

 現在、夜8時。


「——諸君、新聞記者の……いや、少し休憩しよう。茶でも淹れるか」

 ダンロップは部屋の隅にある茶瓶を沸かし始めた。

 ショーンは全身が泥のように困憊していた。

 しばらくして出てきたのは……コンベイ産の雁竹(かりたけ)茶だ。

 甘く温かいのに涼しい味。秋の黄昏時を思い出す。

 ショーンは泣きながら口に湯呑みを運び、そのほとんどをこぼしてしまった。

 茶をこぼしているのにすら気づいていないアルバを、ダンロップは静かに肩を抱き、近くの寝台に彼を寝かせた。

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