2 ひとつ確かめたいことがあるんです
「ふん、ショーンに “様” なんてつけるもんじゃないぞお。アイツのせいで危うく父ちゃんが捕まりそうになったんだ!」
「——それはいいから教えてください!」
アントンはマルセルに昨晩の出来事を話し始めた。
昨日深夜にショーン一行が、昔オーガスタス町長が起こした傷害事件について病院まで調べに来たこと。被害者は当時の第3秘書エミリオで、彼は重篤な歩行障害を負ったが世間に公表されなかったこと。
だがアーサー記者は事件について知っており、ショーン一行は隠蔽した新聞室に問い詰めにいったこと。また町長の被害者はエミリオ以外にも大勢いて、病院ではリストを控えていること。
ショーンは早朝ユビキタスの護送について行ったので、結局どうなったかは分からないこと——
(病院のカルテを一般人に見せた件はうまくごまかし)アントンは説明を終えた。
「なるほど……エミリオ氏とアーサーさんはそういう繋がりがあったんですね」
「でも、いくら新聞側が隠蔽したからって殺すまでいかないよなあ。しかもただの記者だし」
「ええ、自宅まで燃やすのはさすがに……別の意図があると思います」
街の電灯がマルセルの影を揺らした。もさもさの尻尾が神経質に左右に揺れる。
「い、意図ってなんだよお、まさかエミリオが真犯人とかか? 前から歩けたみたいだし……」
「真犯人──というより犯人の一味だと思います。全部が彼の仕業ではないでしょう。この事件は呪文も使われてますから」
「あ、そっか……呪文かあ」
役場の町長室の窓には【呪文痕】が残っており、学校の窓にも同様の痕が見つかっている。さらに病院の書斎からユビキタスの【星の魔術大綱】が発見され、病院長ヴィクトルの証言から、ユビキタスが呪文を使えることが発覚した。
「呪文の練習には才覚と努力が必要だと聞いてます……さすがにエミリオまで、周囲に知られず呪文を習得しているとは考えづらい……」
「そうだな、あのコスタンティーノ兄弟なら絶対どこかで自慢してるはずさ」
アントンは、昔サウザス名士として出席した、歴代の町長就任パーティーを思い出していた。ユビキタスの時も、オーガスタスの時も、第3秘書に任じられたエミリオの紹介スピーチで、他の兄弟たちは大騒ぎでクラッカーを鳴らしていた……。
——クン。
乾燥した夜風が吹く。マルセルは鼻を突きだして街の匂いを嗅いだ。
「……そう、この事件には呪文が使われている」
「まさかショーンが犯人か⁉︎」
「…………違うと思います」
マルセルはアントンの顔を見ないようにして再び言い直した。
「この事件には呪文が使われている——つまり呪文の使い手でなければ解けない」
「……というと……?」
「先輩、ショーン様と電信かなにかで話せないでしょうか」
急に青く鋭い顔つきになった後輩に、アントンは「そりゃ警察に頼めば……」とモゴモゴしゃべった。
「ひとつ確かめたいことがあるんです」
「た、確かめたいことって何だよお」
「この事件の一番重要人物——町長の居場所についてです」
一方その頃、ショーンは顔を真っ赤にして、紅葉の “修復” に取り組んでいた。
「ほれほれ、そんなへっぴり腰じゃあ夜が明けるぞい!」
「うがァッ!」
いま取り組んでいるのは、壊れた細胞をマナの一粒一粒でコーティングし、高速修復していく術式である。
「もっと患部をよく見ろ、レンズを100倍まで拡大するのだ! 貴様の真鍮眼鏡はいったい何のためにある!」
「うほあああッ!」
ただでさえ瓶底くらいしか残ってないショーンのマナで、そこまで行き届くことなんかできない。
「いいか、マナが足りないときは予め拡大して患部をしっかり診ておくんだ! 闇雲にすぐ治そうとするから無駄が出る!」
へっぽこ治癒師の面倒を見るスパルタなペイルマンに対し、ダンロップ警部はゆったり窓辺に座り梅昆布を齧っていた。
「せんせー、ショーン・ターナーさんへ州警察から電話信号ですー」
ナターシャが奥の部屋から声をかけてきた。
「後にしろ!」
「火急の用だそうですよー」
彼女はゴロゴロと小型の受信機台を手術室まで持ってきてしまった。
「仕方ない——私が出よう」
ダンロップ警部がトントンと電信に応じた。最初はトンツートンツーと、ショーンでも分かる電信信号だったが、急にトトトトトツーと、警察の使う暗号を交えた高速電信に代わっていった。
「ターナー殿! 役場の警備員のマルセルという名に覚えはあるか?」
「マルセル! ……えー、と誰だっけ」
たしか以前、紅葉から聞いた名前だが、ショーンは直に会った事はない。
「そのマルセルが、サウザス町長の失踪について質問したいことがあるらしい」
「質問って、僕にですか?」
「…………マルセル……くん?」
治療途中の紅葉が、窮屈そうに瞳をこじあけ、震えながら目を覚ました。




