1 それってアルバ様のことですか
【Frail】フレイル
[意味]
・もろい、かよわい、虚弱な、誘惑に負けやすい。
・干しぶどうやイチジクなど乾燥果実を詰めるイグサの籠。
[補足]
ラテン語「fragilis (壊れやすい)」に由来する。主に健康や希望といった無形なものに対し、虚弱で儚く、壊れやすいことを表す。また誘惑に負けやすく悪に陥りやすい人物を指すこともある。
3月10日風曜日、夕方。レストラン『ボティッチェリ』前。
ラヴァ州警察が再び店をとり囲み、市場の人々は心配そうに様子を見ていた。
「ダーリン……」
とくに野菜卸のソーシャは、グズグズと瞳を濡らし、ハンケチを口紅で赤く汚していた。
『市場の支配者であるコスタンティーノ兄弟の末弟・エミリオが、殺しの罪で捕まった──』
このセンセーショナルなニュースに、いつもは鼻息荒く飛びつく新聞記者らが消沈した面持ちで取材をしている。犠牲になったのは彼らの仲間であるサウザス新聞記者、アーサー・フェルジナンドだ。
クレイト市や帝都の記者なら、その事実すらも垂涎のネタに昇華するだろうが……さすがにこの平穏な田舎町で、そんなスクープを有りがたがる人間はいなかった。
「知らぬ。エミリオが歩けるなんて、兄弟は誰も知らなかった」
「確かにエミリオは町長を恨んでいた。我々もだ。だが、そのアーサーとやらは知らん。殺す理由などない!」
「ああ。キッチンで使っている包丁だ。誰でも取れる位置に置いてあった。指示?——するわけないだろう」
「屋根裏部屋はただの物置だ。別に隠し部屋ではない」
「何かの間違いだ。エミリオは優しい子だ。あの子に会わせてくれ!」
「——いいから何があったかイチから白状するんだ!」
似たような顔で次々に喋りだす砂鼠族の兄弟たちに、ブーリン警部は怒気をこめて机を叩いた。
3月10日風曜日、夜6時半。
砂犬族のマルセル・サマーヘイズが尻尾と耳をダラリと垂らし、病院の建物を哀しげに眺めていた。昼の勤務終わりにそのまま駆けつけ、警備服をまだ着ている。
「おおいチビ〜。そこで何やってるんだ」
殺人犯が搬送されて厳戒態勢が敷かれた結果、病院から追い出されてしまったアントンが、同僚の顔を見つけて寄ってきた。
「アントン先輩こんばんは……マドカ先輩の様子はいかがですか」
「ンンン、ボクにも分からないんだ。羽根が炎で焼かれてたって」
「……そうですか」
マルセルはしょんぼりと犬の尻尾を振った。
「で、でも命は無事だと思うぞお。犯人のエミリオの方はワカンないけど」
普段あまり関わりのない同僚に、お互いギクシャクと会話を進める。
「そ、そうだお前、マドカさんと仲良いだろお。なんで火事現場にいたのか知ってるか?」
「それは………マドカ先輩は…… “被害者” のアーサーさんと仲良しでした」
マルセルはギリッと唇で犬歯を噛んだ。
「……彼のお婆さんのお葬式に参加して……事件に巻きこまれたんだと思います」
「アーサーって、ええと、殺された新聞記者だっけ?」
「はい」
「そっか、アーサー記者のか……」
アントンはマルセルの弁に対し、心ここにあらずな様子で腕を掻きむしり考えていた。
「何か気になることでもあるんですか、アントン先輩」
「実は昨日の夜、ショーンたちがウチの病院に来たんだ」
「ショーン……さん?」
「あいつら、町長が起こしまくってた傷害事件について確かめに来て。なんと被害者はエミリオでさ。……まあ他にも被害者はいるけどね」
「そのショーンさんって……」
「んで証拠を持って新聞社に問い詰めにいったんだ。そんときアーサー記者にも会ったんじゃないかなあ。まさかそれが事件の引き金に……? でもショーンはすぐ警察と護送に行っちゃったしなあ……」
「ちょちょ、ちょっと待ってください。それって——アルバ様のことですか」
マルセルのひ弱そうな瞳が、チリッと光を灯して輝いた。




