3 笛と香薬と竹細工の街 コンベイ
3月10日風曜日、コンベイ地区郊外・第56区。時刻は昼の12時40分。
召集されたコンベイ警察の一団は、州警察らとクレイトに向かう護送チームと、傷病者を連れてコンベイへ戻る治療チームの二手に分かれた。傷病対象者は、失神中のアルバ1名、一般人1名、警官2名の計4人。
コンベイ側の治療チームを任されたダンロップ警部は、鉄屑と化したギャリバーの車体群を見て、当初は拒んだ。
「おい待て、危険はないか。傷病者を連れてアルバもなしで、こんな強い呪文を使われたらひと溜まりもない」
「ハァーッハッハ、問題ナッシング! こんな呪文の使い手はそうそう転がってないし、本日使用した人物は疲弊している」
「黙ってろ、クラウディオ。……すまない警部、道中気をつけてくれ。ただもし再び襲われるとしたら、我々クレイト側のほうが可能性は高い」
頭をさげて説得するクラウディオに、ようやくダンロップ警部は溜飲を下げた。応急処置を受けた怪我人たちも乗せ終わり、両チーム出立の準備ができる。
「……分かった。コンベイ街でも護衛は必要か?」
「ああ、念のためよろしく頼む。コンべイにはアルバが1人いるだろう。彼に協力を要請してくれ。ラヴァ州のアルバ統括長の名を出してもいい」
「まさか “あれ” か……警察嫌いだ、手強いぞ。そもそも奴の戦闘の腕は立つのか?」
「——いないより、マシだ」
誰も得しない密約を結び、クラウディオとベンジャミン率いる護送チームは、クレイトへと旅立った。
『あーあー、こちら、ダンロップ。こちらダンロップ。現在12時45分。これから4名の負傷者を連れてそちらへ帰る。ペイルマンを確保しておけ。逃げようとしたらフランシス様の命だと伝えろ』
コンベイの黄土色の大地を強い風が吹き荒れる。囚人護送車ブラック・マリアのネジがコロコロ転がっていく。この残骸の後始末は、果たして誰が持ってくれるのか——。
岩牛族のダンロップ警部はチッと舌打ちし、メットをつけて街へと帰っていった。
笛と香薬と竹細工の街・コンベイ。
この街は昔からファンロン州と交流があり、その繋がりはウィスコス渓谷より長い歴史が存在する。ラヴァ州でありながらファンロン文化の影響をうけ、異国情緒あふれる街並みとなっている。朱色や苔色の屋根瓦に、灰褐色の石畳が敷かれ、灯りや生垣には黄枯色の竹細工が多く使われている。コンベイといえば竹細工が有名で、小さな爪楊枝から竹籠に始まり、机に椅子や寝台まで有りとあらゆる家具を作る。
その竹で作られた笛、これがまた絶品だ。サウザスの家庭的な太鼓隊とは違い、技量のいる笛を吹くのは専門職だ。「笛師」と呼ばれる竹笛吹きが、ファンロンの着物で伝統歌を詠みながら街を練り歩き、人々に癒やしと安らぎを与えてくれる。また他にも香を焚く文化があり、家の表札の下に季節や家柄に応じた香を焚きあい、つねに美意識を争っている。嗅覚が鋭敏な民族には辛い風習だ。
何かと特色の多いコンべイだが、これだけでは終わらない。最も有名なものは薬である。軟膏、硬膏、貼り薬に飲み薬、医療用に美容用、ファンロンから仕入れた薬草を煎じ、あるとき香物を混ぜ、多くの秘薬を作りだし、ラヴァ州のみならずルドモンド全土へ出荷している。酒場ラタ・タッタのオーナー夫妻も、コンベイの湿布薬を愛用している。
『——なに、言うことを聞かない? 知るか、縛っておけ。牢にブチ込むと伝えろ!』
またこの街にはひとり、厄介なアルバの治癒師が住んでいる。彼もまたコンベイが産んだ特色のひとつなのかもしれない……。
「なんだってこいつらを連れてきたんだ、ええ、ダンロップ! なんの呪いも術もかかってない、ただの怪我だ、医者に見せればいい!」
「アルバだと思われる賊が出てきた。こいつらを守れ、ペイルマン」
「なんだってこのワタシが、ワタシの経歴を知らんのか? 《治癒師》だ、チーユーシ! 警護なんか貴様らの仕事だ!」
「仕方ないだろう、敵は呪文の使い手だ。この街に常駐するアルバはお前しかいない」
「フン!」
鼻息を荒くしたペイルマンは、一番左の寝台で眠っている羊猿族の男の頭に、水を竹ざるで掬って丸ごとバシャンと被せた。
「うわああっ」
「小僧、起きろ! まったく、マナ切れなんぞで寝とってからに!」
「ここ……どこ?」
羊猿族の男は目を白黒させて辺りを見回した。
ペイルマンは彼を無視して奥の部屋に行き、しばらく彼らのボロボロの荷物をゴソゴソ漁り……真鍮色に光る眼鏡を持ってきた。所有者らしき彼の手元へ渡したが……彼は重くて持っていられないようで、すぐに床へ取り落とした。
「——フン、だらしがない!」
「その男は、笠蝦蟇族のトーマス・ペイルマン。アルバの治癒師だ」
ダンロップ警部は深いため息をつきながら、びしゃびしゃになった若い男──サウザスに常駐するアルバに対し、我が街コンベイの同胞たるアルバの名前を告げた。




